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007 後妻でも……
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私は藤色のドレスを選び使用人へ渡し、母が置いてった他の古いドレスをクローゼットへと片付けました。
婚約の話し合いは一週間後。
ヨハンのお父様であるアーノルト辺境伯様とは、お話ししたことがなく、遠目でお顔を拝見したことがあるだけです。
アーノルト辺境伯様はアルドが八歳の頃から指導してくださっていたので、アルドから、そして同級だったヨハンからも話は聞いていますが、悪い方ではないと思っています。
だから私は、後妻でも良いのです。
私はずっと、今の自分の置かれた状況を心の何処かで仕方がないことだと諦めていました。婚約を申し込んでくださった令息方にも迷惑をかけてきましたし、こんな私を嫁にもらっていただけるだけで十分有難い話でございます。
父がどう判断するか分かりませんが、母は背中を押してくれそうです。私の為に力になりたいと言ってくれたアルドの為にも、私も行動を起こさなければなりません。
そして、力を貸してくれたであろうヨハンの為にも。
今回のお話が、もしヨハンからの婚約の申し込みだとしたら、恐らくまたカーティアへと話は回されてしまっていたでしょう。それが二度目の求婚だったとしても。
きっとヨハンは、そう考えてこのような形を取ったのだと思います。
私だって、一度目の時のように……。
あの日と同じ思いはしたくありません。
今なら、あの日言えなかったことをヨハンに伝えることが出来ると思います。
決して、あの頃の私達には戻れないけれど。
◇◇◇◇
「後妻なんてあり得ないんですがっ!!」
アーノルト家の執務室にてアルドは叫んだ。
職務中のヨハン=アーノルトは、アルドに目を向けることなく書類の束に視線を落としたままである。
「聞いてらっしゃいますか? ヨハン様っ!?」
「うるさい。父に聞こえたらどうするのだ」
アーノルト伯爵への嫁入りは嫌だ。
そう言っているのと同じ事。
本人に聞かれて良い言葉ではない。
「あ、申し訳ありません。ですが――」
「俺が婚約を申し込んだら、またあの屑女がくるだろう。少しは頭を使え」
「……く、くず……」
「お前のもう一人の姉のことだ」
「あ、ああ。そうでしたか。――ではなくて。僕はてっきりヨハン様がベル姉様と婚約してくださるのだとばかり思っていたので、もう何が何だか……」
「アルドは考えが顔に出やすい。詳細を教えるつもりはない」
頭を抱えて狼狽えるアルドに、ヨハンは同情しつつ冷たくあしらった。
落ち込んでいるくらいが丁度良い。
姉を後妻として娶られるのに浮き足立っていては怪しまれる。演技など出来ないのだから、可哀想だが少しだけ悶々としていてもらいたい。
「ええー。酷くないですか? ベル姉様を安心させてあげたいのに」
「ならば、一度で良いから俺に剣で勝ってみせろ。アルド。お前は次の手がすぐ顔に出る。表情を殺すことが出来るようにならならいと無理だろうな」
「僕、これでも学園では一番強いのですよ。相手の裏をかくことだって出来るんですから!」
アルドは胸を張ってそう言った。
同年代でアルドに勝てる奴はいないだろう。
しかし、それは剣の技術と力によるものであって、裏をかいているわけではない。
「自惚れるな。それは相手が弱くて読みが甘いか、分かっていても速さで避けられないだけだ。安心しろ。ベルティーナは、 」
言いかけて恥ずかしくなったのか、ヨハンの言葉は尻すぼみに消えていった。
「へ? 今、何と仰いましたか?」
「こほんっ。ベルティーナに、来週迎えに行くと伝えておいてくれ。父の代わりに俺が行く。それから余計なことは絶対にロジエ領内で口にするなよ。何処で誰が聞き耳を立てているか分からないのだからな」
「分かりました。ベル姉様を俺のだって仰るくらいですから、信じます!」
「……なっ」
「では、失礼します」
アルドが深く一礼し執務室を出ると、ヨハンは溜め息混じりに呟いた。
「聞こえていたなら……聞き返すなよ」
婚約の話し合いは一週間後。
ヨハンのお父様であるアーノルト辺境伯様とは、お話ししたことがなく、遠目でお顔を拝見したことがあるだけです。
アーノルト辺境伯様はアルドが八歳の頃から指導してくださっていたので、アルドから、そして同級だったヨハンからも話は聞いていますが、悪い方ではないと思っています。
だから私は、後妻でも良いのです。
私はずっと、今の自分の置かれた状況を心の何処かで仕方がないことだと諦めていました。婚約を申し込んでくださった令息方にも迷惑をかけてきましたし、こんな私を嫁にもらっていただけるだけで十分有難い話でございます。
父がどう判断するか分かりませんが、母は背中を押してくれそうです。私の為に力になりたいと言ってくれたアルドの為にも、私も行動を起こさなければなりません。
そして、力を貸してくれたであろうヨハンの為にも。
今回のお話が、もしヨハンからの婚約の申し込みだとしたら、恐らくまたカーティアへと話は回されてしまっていたでしょう。それが二度目の求婚だったとしても。
きっとヨハンは、そう考えてこのような形を取ったのだと思います。
私だって、一度目の時のように……。
あの日と同じ思いはしたくありません。
今なら、あの日言えなかったことをヨハンに伝えることが出来ると思います。
決して、あの頃の私達には戻れないけれど。
◇◇◇◇
「後妻なんてあり得ないんですがっ!!」
アーノルト家の執務室にてアルドは叫んだ。
職務中のヨハン=アーノルトは、アルドに目を向けることなく書類の束に視線を落としたままである。
「聞いてらっしゃいますか? ヨハン様っ!?」
「うるさい。父に聞こえたらどうするのだ」
アーノルト伯爵への嫁入りは嫌だ。
そう言っているのと同じ事。
本人に聞かれて良い言葉ではない。
「あ、申し訳ありません。ですが――」
「俺が婚約を申し込んだら、またあの屑女がくるだろう。少しは頭を使え」
「……く、くず……」
「お前のもう一人の姉のことだ」
「あ、ああ。そうでしたか。――ではなくて。僕はてっきりヨハン様がベル姉様と婚約してくださるのだとばかり思っていたので、もう何が何だか……」
「アルドは考えが顔に出やすい。詳細を教えるつもりはない」
頭を抱えて狼狽えるアルドに、ヨハンは同情しつつ冷たくあしらった。
落ち込んでいるくらいが丁度良い。
姉を後妻として娶られるのに浮き足立っていては怪しまれる。演技など出来ないのだから、可哀想だが少しだけ悶々としていてもらいたい。
「ええー。酷くないですか? ベル姉様を安心させてあげたいのに」
「ならば、一度で良いから俺に剣で勝ってみせろ。アルド。お前は次の手がすぐ顔に出る。表情を殺すことが出来るようにならならいと無理だろうな」
「僕、これでも学園では一番強いのですよ。相手の裏をかくことだって出来るんですから!」
アルドは胸を張ってそう言った。
同年代でアルドに勝てる奴はいないだろう。
しかし、それは剣の技術と力によるものであって、裏をかいているわけではない。
「自惚れるな。それは相手が弱くて読みが甘いか、分かっていても速さで避けられないだけだ。安心しろ。ベルティーナは、 」
言いかけて恥ずかしくなったのか、ヨハンの言葉は尻すぼみに消えていった。
「へ? 今、何と仰いましたか?」
「こほんっ。ベルティーナに、来週迎えに行くと伝えておいてくれ。父の代わりに俺が行く。それから余計なことは絶対にロジエ領内で口にするなよ。何処で誰が聞き耳を立てているか分からないのだからな」
「分かりました。ベル姉様を俺のだって仰るくらいですから、信じます!」
「……なっ」
「では、失礼します」
アルドが深く一礼し執務室を出ると、ヨハンは溜め息混じりに呟いた。
「聞こえていたなら……聞き返すなよ」
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