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009 アーノルト辺境伯
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屋敷に着くと、私たちはアーノルト伯爵様が療養されている部屋へ通されました。
アーノルト伯爵様は正装し、ベッドの上で身体を起こした状態で私達を迎えてくださいました。顔色は良く、想像していたよりもお元気そうな姿に安堵しました。
両親がアーノルト伯爵様とお会いするのは二年ぶりです。私の婚約が破談になった日です。互いに昔の事など気にされていない様子で一安心しました。
「ようこそ。ロジエ伯爵。それからロジエ夫人。そしてベルティーナ。このような姿で申し訳ない」
「いえいえ。お招きいただきありがとうございます」
私達はベッドの脇に用意されたソファーに腰掛けました。サイドテーブルには契約書が置かれています。恐らく婚約に関する契約書だと思われますが、文字がゴマ粒の様に小さくて読めません。テーブルに虫眼鏡が置いてあるのは、この契約書を読むためでしょうか。
そして、ヨハンが契約書の隣に立つと、アーノルト伯爵は口を開きました。
「ロジエ伯爵。早速だが、婚約についての話をしても良いだろうか。恥ずかしい話だが、こうしてベッドから出られなくなる時間が、どんどん長くなっておるのだ。私に残された時間はもう少ないのかもしれん」
「そんなことは……」
「そこでだ。兼ねてから息子から話に聞いていたベルティーナを、アーノルト伯爵夫人として迎えたいと思い、申し出たのだ。ベルティーナは、アルドに似て誠実で聡明な女性だと聞く。そんな女性に私は最期を看取って欲しいのだ」
私を水色の瞳で見つめ、アーノルト伯爵様はそう仰いました。その眼差しはヨハンと似ていますが、歴戦を潜り抜けてきた辺境伯様としての威厳や風格も兼ね備えておられます。
私もこの方のお側に仕えて力になりたい。自然とそんな言葉が胸の打ちから溢れてきました。
「ですが……。ベルティーナは婚期を逃したとはいえ、まだ二十一にございます。これからも長い人生が娘にはあるのです」
「それを承知の上で頼んでいるのだ。ヨハンにはアルドと同い年の妹がいるだろう。もし私が先に逝っても、ベルティーナになら任せられると思っている。もちろんヨハンのことも。それに、大切な娘をいただくのだから、それなりの物は用意している。迷惑でなければ、アルドやベルティーナの妹君にも、私の知り合いを紹介してやろう。細かい内容はこの契約書に書かれている」
アーノルト伯爵様がサイドテーブルの契約書へ視線を伸ばすと、ヨハンがそれを手に取り、虫眼鏡片手に内容を読み上げました。
「ベルティーナ=ロジエ様をアーノルト家に迎えるに当たっての諸々の契約についてです。まず持参金は必要ありません。ベルティーナがもし未亡人となった際もアーノルト伯爵家で世話をいたします。先程、話が出ましたが、ベルティーナ様の弟妹様には、ご希望があればご縁談の仲介をさせていただきます。また、ロジエ領とアーノルト領間の税についてですが――」
その後も領間の移動の際の税金の軽減や、物品の流通についての優遇に災害時の援助など、途中から父は遠くの壁にかけられた絵画へと、視線と心をお預けになられるほど、長い契約内容が語られ続けました。
そして最後にヨハンはこう締め括りました。
「ただし、これらの領間での優遇措置は、父が信頼を置くアルド=ロジエが爵位についてから有効性を持たせたいと思っております」
アーノルト伯爵様は正装し、ベッドの上で身体を起こした状態で私達を迎えてくださいました。顔色は良く、想像していたよりもお元気そうな姿に安堵しました。
両親がアーノルト伯爵様とお会いするのは二年ぶりです。私の婚約が破談になった日です。互いに昔の事など気にされていない様子で一安心しました。
「ようこそ。ロジエ伯爵。それからロジエ夫人。そしてベルティーナ。このような姿で申し訳ない」
「いえいえ。お招きいただきありがとうございます」
私達はベッドの脇に用意されたソファーに腰掛けました。サイドテーブルには契約書が置かれています。恐らく婚約に関する契約書だと思われますが、文字がゴマ粒の様に小さくて読めません。テーブルに虫眼鏡が置いてあるのは、この契約書を読むためでしょうか。
そして、ヨハンが契約書の隣に立つと、アーノルト伯爵は口を開きました。
「ロジエ伯爵。早速だが、婚約についての話をしても良いだろうか。恥ずかしい話だが、こうしてベッドから出られなくなる時間が、どんどん長くなっておるのだ。私に残された時間はもう少ないのかもしれん」
「そんなことは……」
「そこでだ。兼ねてから息子から話に聞いていたベルティーナを、アーノルト伯爵夫人として迎えたいと思い、申し出たのだ。ベルティーナは、アルドに似て誠実で聡明な女性だと聞く。そんな女性に私は最期を看取って欲しいのだ」
私を水色の瞳で見つめ、アーノルト伯爵様はそう仰いました。その眼差しはヨハンと似ていますが、歴戦を潜り抜けてきた辺境伯様としての威厳や風格も兼ね備えておられます。
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「ですが……。ベルティーナは婚期を逃したとはいえ、まだ二十一にございます。これからも長い人生が娘にはあるのです」
「それを承知の上で頼んでいるのだ。ヨハンにはアルドと同い年の妹がいるだろう。もし私が先に逝っても、ベルティーナになら任せられると思っている。もちろんヨハンのことも。それに、大切な娘をいただくのだから、それなりの物は用意している。迷惑でなければ、アルドやベルティーナの妹君にも、私の知り合いを紹介してやろう。細かい内容はこの契約書に書かれている」
アーノルト伯爵様がサイドテーブルの契約書へ視線を伸ばすと、ヨハンがそれを手に取り、虫眼鏡片手に内容を読み上げました。
「ベルティーナ=ロジエ様をアーノルト家に迎えるに当たっての諸々の契約についてです。まず持参金は必要ありません。ベルティーナがもし未亡人となった際もアーノルト伯爵家で世話をいたします。先程、話が出ましたが、ベルティーナ様の弟妹様には、ご希望があればご縁談の仲介をさせていただきます。また、ロジエ領とアーノルト領間の税についてですが――」
その後も領間の移動の際の税金の軽減や、物品の流通についての優遇に災害時の援助など、途中から父は遠くの壁にかけられた絵画へと、視線と心をお預けになられるほど、長い契約内容が語られ続けました。
そして最後にヨハンはこう締め括りました。
「ただし、これらの領間での優遇措置は、父が信頼を置くアルド=ロジエが爵位についてから有効性を持たせたいと思っております」
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