縁談を妹に奪われ続けていたら、プチギレした弟が辺境伯令息と何やら画策し始めた模様です

春乃紅葉@コミカライズ2作品公開中〜

文字の大きさ
10 / 35

010 契約

しおりを挟む
「そ、それは、私は信頼できない。ともとれる言葉なのだが」

 父は笑顔を取り繕い、ヨハンへと厳しい視線を向けます。ヨハンはそれを感情のない笑顔で受け止めると、明るく言葉を返しました。

「滅相もございません。もし、ベルティーナが嫁いですぐにこのような措置を取れば、ロジエ伯爵が娘をアーノルトへ売ったようにも取られかねませんので、配慮した所存です」

 後妻として娘を嫁にやり、その代わりに自身の領土を潤わす。それが悪いことでは無いけれど、周りからは好奇の目を向けられるでしょう。

 ヨハンは更に言葉を続けます。

「アルドは優秀ですが、ロジエ伯爵様には到底及びません。ですが、爵位に就きアーノルトとの友好関係を示せば、アルドは領民からの信頼を我が物とするでしょう。そうなればロジエ領は更なる発展を遂げることが出来ます。このアーノルト領と共に」
「おお。それは中々良い話だな」

 父は顔を綻ばせ、母と視線を交わすと納得したように頷き合いました。ロジエ領は大きな川と山々を所有し、様々な作物が育つ良い土地です。財政的にも急ぎで何か講じなければならない状況にはありません。

「貴方。アーノルト伯爵がここまでロジエの事を敬い策を講じてくださったのよ。アルドやカーティアの為にも、ベルティーナの門出をお祝いしてあげましょう?」
「そうだな。ヨハン。契約書をくれ」
「はい。こちらにサインをお願いします」

 断りたければ断れと言っていた父は、私に確認することもなく軽快に羽ペンを滑らせ、ゴマ粒文字の契約書にサインをしました。ヨハンはサインを確認すると、思い出したかのように言葉を付け足しました。

「あ。言い忘れましたが、ベルティーナは今日からアーノルト家で過ごしていただきます。ひと月後に結婚式を開きますので、ご承知置きください。契約書にはその旨も記載されておりますが、勿論、読まれましたよね?」
「も、勿論読んだとも。いやぁ。急で驚いているところだよ」

 父はゴマ粒に目を走らせていますが、読んでおられなかったのでしょう。動揺して瞬き過多になっております。

「急ですまない。ひと月後は私の誕生日でな。元々パーティーの準備を進めていたのだ。招待状も送ってある。それをベルティーナとの結婚式に変更するだけなのだ。改めてロジエ家の方々にも招待状を手配するよ」

 アーノルト伯爵様の誕生パーティーは毎年行われていますが、私との婚約が破談してから、ロジエ家に招待状は来なくなっていました。

「で、ですが、ドレスも何も……」
「それはもう用意している。二年前にヨハンがベルティーナに婚約を申し込んだだろう? あの時にもう注文していたのだよ。急で申し訳ないが、私に残された時間はもう――」
「いえ。こちらは大丈夫です。しかし、何も持たずに来てしまったのですが……」
「母の部屋をベルティーナに使っていただきます。必要なものは大抵揃っておりますからご安心ください」

 両親は顔を見合わせ、母は父を説得するように視線を送ると、アーノルト伯爵様へ視線を伸ばしました。

「まぁ。全てお任せしてしまって申し訳ないわ。あの、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
「カーティアのお相手は、いつご紹介してくださいますか?」

 母の質問に、アーノルト伯爵様とヨハンは顔を見合わせて微笑んでおられます。

「ロジエ伯爵夫人。式には多数の貴族が参列する。その中に気になった者がいたら伝えてくれ。――そうだ。嫁に出た長女も参列するぞ。御主人とその弟君も一緒だ」

 母はその言葉に高揚し、胸に手を当て感嘆の声を漏らしました。それもその筈です。ヨハンの二つ下の妹君は、昨年第二王子様とご結婚されたのですから。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

婚約者の姉に薬品をかけられた聖女は婚約破棄されました。戻る訳ないでしょー。

十条沙良
恋愛
いくら謝っても無理です。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

【完結】私から全てを奪った妹は、地獄を見るようです。

凛 伊緒
恋愛
「サリーエ。すまないが、君との婚約を破棄させてもらう!」 リデイトリア公爵家が開催した、パーティー。 その最中、私の婚約者ガイディアス・リデイトリア様が他の貴族の方々の前でそう宣言した。 当然、注目は私達に向く。 ガイディアス様の隣には、私の実の妹がいた── 「私はシファナと共にありたい。」 「分かりました……どうぞお幸せに。私は先に帰らせていただきますわ。…失礼致します。」 (私からどれだけ奪えば、気が済むのだろう……。) 妹に宝石類を、服を、婚約者を……全てを奪われたサリーエ。 しかし彼女は、妹を最後まで責めなかった。 そんな地獄のような日々を送ってきたサリーエは、とある人との出会いにより、運命が大きく変わっていく。 それとは逆に、妹は── ※全11話構成です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、ネタバレの嫌な方はコメント欄を見ないようにしていただければと思います……。

現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央
恋愛
 聖女は十年しか生きられない。  この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。  それは期間満了後に始まる約束だったけど――  一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。  二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。  ライラはこの契約を承諾する。  十年後。  あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。  そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。  こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。  そう思い、ライラは聖女をやめることにした。  他の投稿サイトでも掲載しています。

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。 ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

家の全仕事を請け負っていた私ですが「無能はいらない!」と追放されました。

水垣するめ
恋愛
主人公のミア・スコットは幼い頃から家の仕事をさせられていた。 兄と妹が優秀すぎたため、ミアは「無能」とレッテルが貼られていた。 しかし幼い頃から仕事を行ってきたミアは仕事の腕が鍛えられ、とても優秀になっていた。 それは公爵家の仕事を一人で回せるくらいに。 だが最初からミアを見下している両親や兄と妹はそれには気づかない。 そしてある日、とうとうミアを家から追い出してしまう。 自由になったミアは人生を謳歌し始める。 それと対象的に、ミアを追放したスコット家は仕事が回らなくなり没落していく……。

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

処理中です...