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027 何が有益か
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応接室には、既に父の怒号が響いていました。
「相手がヨハンとは、どういうことかね? 契約書の文字がわざとらしく小さ過ぎて見間違えたのだよ。契約書を白紙に戻してくれ」
マルセル様もヨハンも、そしてアルドもそれに淡々と耳を傾けています。私が部屋に通され、一番扉に近いヨハンの隣の端の席へ着くと、父はこちらを睨み口を開こうとしましたが、ヨハンの言葉に遮られました。
「ロジエ伯爵様。契約の際、確かにお読みになったと仰っていましたよね。見間違いで契約を白紙に出来るとでもお思いですか? 契約不履行として賠償金を請求しますよ」
「ヨハンっ。義理の父に対して何だその態度はっ!?」
父はヨハンの毅然とした態度が気に触った様子で、私へ向けていた怒りをヨハンへと移しました。
ヨハンはその敵意に対しても、無機質な表情で受け流しています。
そして、場の空気を一変させるように、朗らかな笑い声がマルセル様から上がりました。
「はははっ。これは息子が失礼したな。己の常識に反する事を言われると、すぐに反発してしまうのだ。普段はもう少し婉曲的な言い方が得意なのだが、義理の息子になる故、ロジエ伯爵に甘えているのだよ」
「甘えだと? 金で脅して大切な娘を奪い取ろうとすることがか?」
「はい。そうです。お義父様に甘えているのです」
ヨハンの笑顔に父は顔をひきつらせ狼狽えております。隣に座るアルドも同様ですが、ヨハンは笑顔のまま言葉を続けました。
「ところで今日は何のご用ですか? 白紙にすればロジエは破産されるでしょうから、ご冗談だったと受け取っておきます。ご不満な点を簡潔に述べて早々にお帰り願いたいので、仰っていただけますか? こちらの事情で申し訳ないのですが、父の体調を考慮しまして、なるべく短い時間でお願いしたいのですが?」
「な、……。ならば簡潔に言おう。私は娘をアーノルト伯爵の後妻だと思い承諾したのだ。よって、周りに誤解されない為に、優遇措置をアルドの代まで引き伸ばした。それなのに、相手がヨハンだと言うのなら今すぐその優遇措置を発動してもらおう!」
父は力強く言い切りました。
私とヨハンの婚約については認めてくれるともとれる言葉に、少々驚きました。やはり、アーノルトから示された措置の内容について、父は満足しているのでしょう。
ヨハンは笑顔を崩さず返答しました。
「何故ですか? アルドが爵位を継いでから実施した方が、アルドの地位も確立され、長い目でみても有益ですよ」
「しかし、今すぐ実施した方が、私の力でロジエ領を盛り立てることが出来るではないか。その上でアルドに引き継いだ方が、ロジエの為なのだ」
「……本当に、ロジエの為ですか? 只でさえ今代のロジエ伯爵が娘の縁談で愚行を働き、貴族の間ではいい笑い話にされていると言うのに。アルドの代で革新的な事を掲げることが出来なければ、ロジエは衰退しますよ」
父はヨハンの言葉を受け、みるみる顔を赤くし、椅子から勢い良く立ち上がりました。
「何だとっ!? そうか。そっちがその気なら、ベルティーナは連れて帰る。ロジエ家から嫁が欲しいならカーティアを寄越してやる」
「ベルティーナを連れ帰ることも契約違反ですよ。花嫁修行の為、ベルティーナはアーノルトでお預かりする旨が契約書に書かれていますから」
テーブルにおかれた契約書の一部分を指差し、ヨハンは父へ丁寧に説明しますが、虫眼鏡がなければただのゴマ粒にしか見えません。ヨハンはどこに何が書かれているのか把握している様子です。
「うるさいっ。そんなもの読めんっ。契約は白紙だっ」
父が怒鳴りながら契約書を鷲掴みにしようとすると、隣に座るアルドが先に掠め取りました。
「父上。契約書を破損させると違約金が発生しますのでお止めください。それから、虫眼鏡を使いましたが、僕は全文読めましたよ。契約時に同行していたエイベルも全て承諾していましたし――」
「アルド。お前は誰の味方なのだっ。ロジエ家が馬鹿にされているのだぞ!」
アルドは顔色を曇らせ、契約書をテーブルに置くと、そっと父の手を握りました。
「そうでしょうか。僕はアーノルト辺境伯様とヨハン様を支持いたします。ロジエにとって何が有益か、今一度、考えていただけませんか?」
「相手がヨハンとは、どういうことかね? 契約書の文字がわざとらしく小さ過ぎて見間違えたのだよ。契約書を白紙に戻してくれ」
マルセル様もヨハンも、そしてアルドもそれに淡々と耳を傾けています。私が部屋に通され、一番扉に近いヨハンの隣の端の席へ着くと、父はこちらを睨み口を開こうとしましたが、ヨハンの言葉に遮られました。
「ロジエ伯爵様。契約の際、確かにお読みになったと仰っていましたよね。見間違いで契約を白紙に出来るとでもお思いですか? 契約不履行として賠償金を請求しますよ」
「ヨハンっ。義理の父に対して何だその態度はっ!?」
父はヨハンの毅然とした態度が気に触った様子で、私へ向けていた怒りをヨハンへと移しました。
ヨハンはその敵意に対しても、無機質な表情で受け流しています。
そして、場の空気を一変させるように、朗らかな笑い声がマルセル様から上がりました。
「はははっ。これは息子が失礼したな。己の常識に反する事を言われると、すぐに反発してしまうのだ。普段はもう少し婉曲的な言い方が得意なのだが、義理の息子になる故、ロジエ伯爵に甘えているのだよ」
「甘えだと? 金で脅して大切な娘を奪い取ろうとすることがか?」
「はい。そうです。お義父様に甘えているのです」
ヨハンの笑顔に父は顔をひきつらせ狼狽えております。隣に座るアルドも同様ですが、ヨハンは笑顔のまま言葉を続けました。
「ところで今日は何のご用ですか? 白紙にすればロジエは破産されるでしょうから、ご冗談だったと受け取っておきます。ご不満な点を簡潔に述べて早々にお帰り願いたいので、仰っていただけますか? こちらの事情で申し訳ないのですが、父の体調を考慮しまして、なるべく短い時間でお願いしたいのですが?」
「な、……。ならば簡潔に言おう。私は娘をアーノルト伯爵の後妻だと思い承諾したのだ。よって、周りに誤解されない為に、優遇措置をアルドの代まで引き伸ばした。それなのに、相手がヨハンだと言うのなら今すぐその優遇措置を発動してもらおう!」
父は力強く言い切りました。
私とヨハンの婚約については認めてくれるともとれる言葉に、少々驚きました。やはり、アーノルトから示された措置の内容について、父は満足しているのでしょう。
ヨハンは笑顔を崩さず返答しました。
「何故ですか? アルドが爵位を継いでから実施した方が、アルドの地位も確立され、長い目でみても有益ですよ」
「しかし、今すぐ実施した方が、私の力でロジエ領を盛り立てることが出来るではないか。その上でアルドに引き継いだ方が、ロジエの為なのだ」
「……本当に、ロジエの為ですか? 只でさえ今代のロジエ伯爵が娘の縁談で愚行を働き、貴族の間ではいい笑い話にされていると言うのに。アルドの代で革新的な事を掲げることが出来なければ、ロジエは衰退しますよ」
父はヨハンの言葉を受け、みるみる顔を赤くし、椅子から勢い良く立ち上がりました。
「何だとっ!? そうか。そっちがその気なら、ベルティーナは連れて帰る。ロジエ家から嫁が欲しいならカーティアを寄越してやる」
「ベルティーナを連れ帰ることも契約違反ですよ。花嫁修行の為、ベルティーナはアーノルトでお預かりする旨が契約書に書かれていますから」
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