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4 父が嫌った一族

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「どなたですか……?」


 尋ねてしまってからハッとした。
 人違いだと思わせるべきだった。

 まだ言い直せる。


「ここのお嬢様のお名前はデルミーナ。デルミーナ様です」


 彼は手を離さなかった。
 そればかりか、食いつくように屈んで顔を寄せてきた。


「!」

「それではぐらかしたつもりか?」


 声を潜めた、秘密めいた叱責。
 
 なに? 
 まさか、取り立て?

 没落に留まらず、父にはまだ借財があったのだろうか。
 だから私の所在を聞きつけて、ヒューグラー伯爵家まで押しかけて来た?

 使用人に落ちた私に、なにが返せると言うのか。


「アンネリーゼの娘ティファニーだろう? 親族に仕えているのか?」

「……え?」


 母の名前。
 戸惑っていると、私の手からトレイが取り上げられた。
 釣られるように見あげた先に、怒ったような顔があった。
 彼は若い貴族で、ただでさえ高圧的なのに、目鼻立ちが整っている分その表情に迫力まで加わっている。

 私に怒られても困るっつーの。
 没落した事で、カロッサ伯爵家のケリはついたはず。

 焦りに苛立ちが勝った。


「ヒューグラー伯爵は姪の君を働かせているのかと聞いているんだ」

「見てのとおりです」


 私が言い返すと、彼はあからさまな舌打ちをして目を逸らした。


「そうか。じゃあ君はここにいるんだな」

「他に行くところもありませんから」

「わかった」

「母をご存知なんですか?」


 母の葬儀の時、もし彼がいたら15才前後の少年だっただろう。
 そういう記憶はない。

 彼は私の質問には答えず苦々しい顔をすると、やけに恭しい手つきでトレイを返した。私は使用人らしくお辞儀をして、その場を離れた。
 一刻も早くそうしたかったから。

 私は雑用を探し回った。
 体を動かしていれば気が紛れた。

 そして夜が更けていった。

 宿泊する招待客は客室へ。
 日帰りの招待客は、徐々に帰り支度を始めている。

 荷物運びを手伝っていると、年の近いメイドに声を掛けられた。


「ティファニー。旦那様があんたをお呼びみたい」

「え?」


 嫌だった。
 だけど、そうもいかない。

 指示された部屋へ行くと、そこには伯父ヒューグラー伯爵とあの高圧的な貴族の男性がいた。険悪な空気に、私はたじろいだ。


「入れ」


 私は言われた通り、険悪な空気を放つ3人目として加わり、扉を閉めた。仕方ない。馴れ馴れしくお貴族様と口を利いた件について、お叱りでも頂くのだろう。
 そんな不貞腐れた気持ちで俯いた時、唐突にそれは告げられた。


「知ってるか? レマー伯爵だ」

「!?」


 私は弾かれたように顔をあげた。
 そして、肩越しに私を捉える彼の鋭い視線を受けて、鳥肌が立った。

 レマー伯爵家。
 それは父が生前、心底忌み嫌っていた一族だ。

 どんな因縁があるかまでは聞かされていない。
 けれど確かに実在し、今私の目の前にいる。

 私の名を、知っている。


「お前を買い取るそうだ」

「!?」

「新米の使用人としてはいい値がついた。ご苦労」


 私は言葉を失い、立ち尽くしていた。
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