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8 批判的な見解と、こちらの運命
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「それは感心しませんね」
私がその批判を浴びたのは、ユリアーナが私の元婚約者と結婚してから初めて参加した晩餐会での事だった。
遠巻きに、こちらを見ながら噂話に興じる皆々様の視線。それに飽きて広間を抜け出し、談話室の奥の窓際に置かれたチェス盤で遊んでいたところ、節くれ立った細く大きな手が割り込んできて、
「お上手ですね。よろしければ、お相手をお願いできますか?」
と言うので、快諾した。
向かい合って座り、砂時計を用いて持ち時間をしっかり管理しつつ、淡々と対戦に興じていたら、姉妹間の略奪婚について低姿勢に尋ねられた。
「お祝いを言うべきか、あなたの罵倒に乗っかるべきか」
という気遣いに、私は気をよくしてあらましを話したのだ。
どなたかご存じないけれど、招待客である事には違いない。
それに、談話室の奥の一角で、心地よい空気が私たちから発生している自覚があった。チェスの好敵手は物静かで淡々としており、顔立ちからして知的で、肌が白かった。その日光を浴びるのが嫌いな感じが、更に知的で好印象。恐らく読書好きで、もしかすると専門的な知識すら有する人物かもしれない。なぜなら眼鏡をかけている。
気に入っていた。
年齢は、私より少しばかり若いかもしれない。
信頼めいた直感に従ってみたものの、彼は私たち姉妹の企みに批判的なのかもしれない。
「済んだ事ですし、今更です」
私は静かに返した。
「いえ、違います。悪手です。あと3手でチェックメイト」
「えっ?」
トイファー伯爵令嬢姉妹の略奪婚の真相についてではなかったようだ。
私とした事が、うっかりいたしました。
ときめいた。
「……」
盤面を見つめても、3手で終わる道筋がわからない。
「妹君のご結婚については、実に興味深い顛末ですよ。いい話を聞かせて頂きました。もちろん他言無用と承知しています。ご安心を」
「お待ちになって」
「はい。まあ、1手、お戻りください」
「ええ……」
腑に落ちないものの、置き直した。
直後。
「チェックメイト」
「えっ!?」
驚いて顔を上げたとき、初めて彼の微笑みを見た。
ときめいた。
「あなた方姉妹のだまし討ちに触発されて、つい悪戯心で」
「まぁ……」
チャーミング。
「次は清々堂々戦いますよ。あなたは令嬢だからといっても油断できないほどチェスが強い。次からは、小細工なしです」
「手加減なさらないで」
チェス盤を一旦きれいにして、砂時計を返す。
「どこで腕を磨かれたのか、伺っても?」
「妹です」
「件の妹君。なるほど」
「同じ顔でも違う事を考えているのが面白くて」
「興味深い」
「いつも私が負けるのです。だから、ご覧いただいたようにひとりで練習する癖がついて」
「更に興味深い」
「本人を目の当たりにしたければ、アルビン伯爵家と関りを持たれる事をおすすめします。ベリエス卿は落ち着きのない遊び好きの見栄っ張りですから、お芝居上手な妹を腕にぶら下げて、あらゆる社交的な催しに出現するはずです」
「本当に仲の良い姉妹なのですね」
「ええ」
私とユリアーナの仲のよさを理解しているのは、ビルギッタ。
彼女に続く理解者の出現に、私の心は熱く高鳴った。
「その後、憐れな愚か者について愉快な進展はありましたか?」
「……ええ」
誰かに聞いて欲しかったのよ。
私が心と顔面の直結した部類であれば、さぞニヤリとした事でしょう。
「元婚約者は義弟になりましたので、以後、愚義弟と」
「適切です」
「愚義弟は婚礼の宴の席で母に詰め寄り、言ったのです、『老けてもこれだけ美人なら先が楽しみですよ』と」
「ほう」
「すると母は怯え、取り乱し、責任が私にあると考えて詰るようになりました」
「それは災難では?」
「いいえ。物陰からこちらをじっと睨みながら泣くのですけれど、母が『呪いよ』と詰った直後にこちらもじっと見つめると、『ヒッ』と言って逃げるのです。それが面白くて」
「ふむ。危険では?」
「平気です。かつては私と妹の首を交互に絞めて葬ろうとした人です。弱った姿を見るのは、快感ですの」
「なるほど」
こうして話が弾み、次の対戦へ。
この方と過ごす時間は、チェスにしろ談話にしろ、とても楽しい。
私、生まれて初めて、ときめいている。
真の理解者をついに得た気分。
ところで、誰。
私がその批判を浴びたのは、ユリアーナが私の元婚約者と結婚してから初めて参加した晩餐会での事だった。
遠巻きに、こちらを見ながら噂話に興じる皆々様の視線。それに飽きて広間を抜け出し、談話室の奥の窓際に置かれたチェス盤で遊んでいたところ、節くれ立った細く大きな手が割り込んできて、
「お上手ですね。よろしければ、お相手をお願いできますか?」
と言うので、快諾した。
向かい合って座り、砂時計を用いて持ち時間をしっかり管理しつつ、淡々と対戦に興じていたら、姉妹間の略奪婚について低姿勢に尋ねられた。
「お祝いを言うべきか、あなたの罵倒に乗っかるべきか」
という気遣いに、私は気をよくしてあらましを話したのだ。
どなたかご存じないけれど、招待客である事には違いない。
それに、談話室の奥の一角で、心地よい空気が私たちから発生している自覚があった。チェスの好敵手は物静かで淡々としており、顔立ちからして知的で、肌が白かった。その日光を浴びるのが嫌いな感じが、更に知的で好印象。恐らく読書好きで、もしかすると専門的な知識すら有する人物かもしれない。なぜなら眼鏡をかけている。
気に入っていた。
年齢は、私より少しばかり若いかもしれない。
信頼めいた直感に従ってみたものの、彼は私たち姉妹の企みに批判的なのかもしれない。
「済んだ事ですし、今更です」
私は静かに返した。
「いえ、違います。悪手です。あと3手でチェックメイト」
「えっ?」
トイファー伯爵令嬢姉妹の略奪婚の真相についてではなかったようだ。
私とした事が、うっかりいたしました。
ときめいた。
「……」
盤面を見つめても、3手で終わる道筋がわからない。
「妹君のご結婚については、実に興味深い顛末ですよ。いい話を聞かせて頂きました。もちろん他言無用と承知しています。ご安心を」
「お待ちになって」
「はい。まあ、1手、お戻りください」
「ええ……」
腑に落ちないものの、置き直した。
直後。
「チェックメイト」
「えっ!?」
驚いて顔を上げたとき、初めて彼の微笑みを見た。
ときめいた。
「あなた方姉妹のだまし討ちに触発されて、つい悪戯心で」
「まぁ……」
チャーミング。
「次は清々堂々戦いますよ。あなたは令嬢だからといっても油断できないほどチェスが強い。次からは、小細工なしです」
「手加減なさらないで」
チェス盤を一旦きれいにして、砂時計を返す。
「どこで腕を磨かれたのか、伺っても?」
「妹です」
「件の妹君。なるほど」
「同じ顔でも違う事を考えているのが面白くて」
「興味深い」
「いつも私が負けるのです。だから、ご覧いただいたようにひとりで練習する癖がついて」
「更に興味深い」
「本人を目の当たりにしたければ、アルビン伯爵家と関りを持たれる事をおすすめします。ベリエス卿は落ち着きのない遊び好きの見栄っ張りですから、お芝居上手な妹を腕にぶら下げて、あらゆる社交的な催しに出現するはずです」
「本当に仲の良い姉妹なのですね」
「ええ」
私とユリアーナの仲のよさを理解しているのは、ビルギッタ。
彼女に続く理解者の出現に、私の心は熱く高鳴った。
「その後、憐れな愚か者について愉快な進展はありましたか?」
「……ええ」
誰かに聞いて欲しかったのよ。
私が心と顔面の直結した部類であれば、さぞニヤリとした事でしょう。
「元婚約者は義弟になりましたので、以後、愚義弟と」
「適切です」
「愚義弟は婚礼の宴の席で母に詰め寄り、言ったのです、『老けてもこれだけ美人なら先が楽しみですよ』と」
「ほう」
「すると母は怯え、取り乱し、責任が私にあると考えて詰るようになりました」
「それは災難では?」
「いいえ。物陰からこちらをじっと睨みながら泣くのですけれど、母が『呪いよ』と詰った直後にこちらもじっと見つめると、『ヒッ』と言って逃げるのです。それが面白くて」
「ふむ。危険では?」
「平気です。かつては私と妹の首を交互に絞めて葬ろうとした人です。弱った姿を見るのは、快感ですの」
「なるほど」
こうして話が弾み、次の対戦へ。
この方と過ごす時間は、チェスにしろ談話にしろ、とても楽しい。
私、生まれて初めて、ときめいている。
真の理解者をついに得た気分。
ところで、誰。
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