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10 幸せを願うにも建設的に

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 サイモンの腕の中でまどろんでいると、まるで天国にいるみたい。
 結婚生活は円満で、教会の建設も滞りなく進み、街は栄え、人生はとても満ち足りていた。日々は輝きながら足早に過ぎていき、でもその一瞬一瞬が愛おしい。


「ガートルード……」


 サイモンが私の名を呟いた。
 寝言だ。

 彼は愛情深く、ときおり情熱的な夫だった。
 私の体も魂も彼だけのために存在しているかのようで、深い幸福感に包まれている。彼が言うには、私は寝言は言わないけれど、たまに歯軋りしているらしい。

 
「おやすみなさい、サイモン」


 囁いて、私も瞼を閉じた。
 彼の体温を感じながら落ちていく眠りは、とても甘美だ。

 そして、季節が変わり……

 ついに。


『お姉様、あの約束覚えてる? 忘れたとは言わせないわよ! 娘が生まれたの!! だから、お姉様はひとり男の子を余分に産んで、こっちの後継ぎに頂戴ね!! 私はもう絶対に妊娠なんてしたくないんだから!!』

「……生まれたわ。女の子よ」

「顔が困惑しているよ、ガートルード。見せてごらん」

「あ」


 なにかを察したらしいサイモンが、いつにない強引さで私の手から手紙をさらった。そして目を通し、ムッとして、有無を言わさずに断言した。


「僕が書こう」


 普段おとなしい人が怒ると、もう止められない。

 彼は冷静に、そして冷徹に、ラッセル伯爵夫妻に宛てて手紙をしたためた。

 まず挨拶と、出産への祝福。
 そして、万が一のっぴきならない事情によって実子を養子に出す事があるならば、それは生家ギャリー公爵家の後継者とする時だけだと。


「もちろん、君にギャリーの後継ぎを産んでほしいなんて言うつもりはないよ」

「わかってるわ。私のための方便ね、ありがとう。だけど、もし本当に必要になったら、あなたのために建設的に考えようと思う」

「ありがとう、ガートルード。気持ちは嬉しい。だけど、大前提として、ふたりの人生を建設的に考えていこう。ふたりでね」

「ええ。そうよね」


 私はサイモンにそっと抱きつき、胸に頭をこすりつけた。
 自然に覚えた甘え方のひとつだ。


「私たちにはこのリトルトンがあるもの」

「でも、まあ、子供は多いほうが賑やかでいいかもね」

「あなたに伝えたい事があるの」


 サイモンに抱きついたまま、彼の手を取り腹部に導く。

 彼が、ハッと息を止めた。


「ガートルード……本当に……?」

「ええ」


 私は囁きを返す。
 彼が震えながら私を抱きしめ、大きな掌で顔を包み、熱く甘く優しいキスをする。息遣いから、もしかして泣いてしまったのかもと思った。

 けれど、目に涙を溜めつつも、彼は高らかに言い放った。


「よし! 妹との文通はしばらく中止だ! 君の心身の安全のために!」

「そうね。あなたを通してもらうようにする」

「任せてくれ! やった! ありがとう! ありがとうガートルード!!」


 感涙に咽び泣きながら、サイモンが私をまた抱きしめた。


「……愛してる……!」

「私も愛しているわ。本当に、幸せよ。サイモン、ありがとう」


 サイモンは甲斐甲斐しい夫でもあり、子供が生まれてからは物静かだけれど子煩悩な父親になった。私は自分が4男3女も産むとは思わなかったけれど、愛する家族と共に、素晴らしい日々を重ねていくことになる。

 このリトルトンで。


                              (終)
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