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12 私の試練と歓喜について
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ウスターシュと結婚して2年経った頃、ジャニスに求婚が舞い込んだ。
治療の結果、可憐な美しさに慎ましさが備わったエクトル伯爵令嬢は、レニエ侯爵ギャスパル・マニャールの心を射止めたのだ。そして壮麗な結婚式を挙げ、ジャニスはレニエ侯爵夫人となった。
「……っく、えぐ……っ、あんなに可愛がってあげたのに……っ、あんなに遠くへ嫁いでしまうなんて……ッ、ジャニスウウゥゥゥゥウッッ!! ジャァ~ニスゥゥゥゥッ!」
と、新しい呪いがエクトル伯爵家に降りかかってしまっても、結果はまずまず。
しかし義母の泣き声は昼は子供たちも騒ぐから気にならないものの、夜の威力が凄まじく、ついにエクトル伯爵にまで医者がついた。私は幼い子供たちを嗾け、エクトル伯爵夫妻の仲裁に奔走していた。
そして、ある夜、レニエ侯爵から恐ろしい手紙が届いた。
ジャニスは若い舞台俳優と不倫し、出奔した……と。
「「あ゛あぁぁぁぁ」」
エクトル伯爵とウスターシュが同じ角度で打ちひしがれる。
私は寝かしつけた子供たちの事を気にしながら、溜息をついてふたりにブランデーをすすめた。
「ウスターシュ……もしものときは、ジャニスを○せ」
「お義父様、私の夫を姉○しにしないで頂戴」
「ヴィクトリヤ……私は、どうしたら……」
どうもこうもない。
ジャニスという災害に対応していくしかない。
「精神医学を軽視して医者を解雇したのはレニエ侯爵です。今更、私たちに文句を言うのはお門違いよ。ジャニスは愚かではないわ。もう自分が病気だと知っているの。きっと来るわ。どうせ困り果てているはずだから」
私は困り果てる事がない。
いつだって、解決の道はある。なければ、拓くのみだ。
結婚4年目を祝う昼食会の只中に、はたしてジャニスは帰ってきた。
「ヴィクトリヤ、彼を愛しているの! 私を心から愛してくれるのは彼だけなのよ。初めて真実の愛に気づいたの。だからお願い! この子をお願いッ!!」
「……ジャニス」
「んぎゃぁ~ッ!」
3人目の乳児が、私の、腕の中へ。
一瞬、頭が真っ白になった。こんな事は、滅多になかった。
「私にはあなたしか頼れる人がいないのよ。どうか私に人生を歩ませてほしいの。彼と愛しあう人生を……!」
「んぎゃあ! んぎゃあ!」
母子が泣いている。
一拍置いて私の頭が弾き出した結論は、ジャニスに子育ては無理だという事だった。義母メリンダに母親代わりをさせるなど言語道断。
改めて泣き喚く乳児を抱き直し、私は微笑みを浮かべた。
「名前は?」
「ミラベルよ」
「女の子ね。父親は?」
わからない、とジャニスは言った。ジョエル・バダンテールという舞台俳優か、レニエ侯爵か。どちらかではあるらしい。
「それであなた、ミラベルよりジョエルを選ぶの?」
「ええ。それが正しいって心が叫ぶの」
私と娘の頬にキスをして、ジャニスは家族の誰にも会わず、逃げるように去っていった。ミラベルをあやしながら広間に戻ると、当然、宴が凍り付いた。
「──」
事態を悟ったエクトル伯爵が卒倒。
「あなた!? おっ、お医者様を!!」
錯乱した義母メリンダが自分の主治医に叫ぶ。
「ヴィクっ、ヴィクトリヤ……!?」
真っ青なウスターシュが片腕ずつにセザールとガブリエルを抱いて寄ってくる。
「神よ……」
執事が祈り始め、広間にいた使用人全員が天を仰いだ。
「ママ~」
「セザール、今度こそお兄様になれるわよ」
息子は穏やかな性格で、同い年の妹にも優しく、小さなウスターシュという人格の片鱗を醸し出し始めていた。大きなウスターシュのほうは、穏やかではいられないようだ。
「ジャニスか……」
「そう。私たちの、ジャニスよ」
それぞれ腕が塞がっていて、私とウスターシュには顔しか残っていない。ウスターシュが額をあわせ声を震わせた。
「すまない」
私はウスターシュの唇を食んで、鼻をこすりつけて答えた。
「ミラベルよ。この子も立派に育てましょう」
この家族は本当に問題ばかりだ。
でもウスターシュと結婚して本当によかったと思っている。ウスターシュは私を第一に考えて尊重してくれる、心優しい善い人間だ。もちろん愛しあってもいる。子供にも恵まれた。そして子供の教育を私に任せてくれる。
「環境は遺伝に勝つわ。証明する」
「本当に苦労をかけて……」
「やめて。問題が家の中だけなんて幸せよ。それに子宮を傷めずもうひとり娘ができたのだし、これが苦労なら喜んで受けて立つわ」
「ああ、ヴィクトリヤ」
そう、私はヴィクトリヤ。
いつも、なにが起きようと、状況を見極めて期待通りの結果に導く。
「ウスターシュ」
囁いて再び唇を求めた。
なんといっても今日は結婚記念日だ。
「愛してるわ」
惜しげなく愛を囁く。
なぜなら愛だけは、奇跡のようなものなのだから。
(終)
治療の結果、可憐な美しさに慎ましさが備わったエクトル伯爵令嬢は、レニエ侯爵ギャスパル・マニャールの心を射止めたのだ。そして壮麗な結婚式を挙げ、ジャニスはレニエ侯爵夫人となった。
「……っく、えぐ……っ、あんなに可愛がってあげたのに……っ、あんなに遠くへ嫁いでしまうなんて……ッ、ジャニスウウゥゥゥゥウッッ!! ジャァ~ニスゥゥゥゥッ!」
と、新しい呪いがエクトル伯爵家に降りかかってしまっても、結果はまずまず。
しかし義母の泣き声は昼は子供たちも騒ぐから気にならないものの、夜の威力が凄まじく、ついにエクトル伯爵にまで医者がついた。私は幼い子供たちを嗾け、エクトル伯爵夫妻の仲裁に奔走していた。
そして、ある夜、レニエ侯爵から恐ろしい手紙が届いた。
ジャニスは若い舞台俳優と不倫し、出奔した……と。
「「あ゛あぁぁぁぁ」」
エクトル伯爵とウスターシュが同じ角度で打ちひしがれる。
私は寝かしつけた子供たちの事を気にしながら、溜息をついてふたりにブランデーをすすめた。
「ウスターシュ……もしものときは、ジャニスを○せ」
「お義父様、私の夫を姉○しにしないで頂戴」
「ヴィクトリヤ……私は、どうしたら……」
どうもこうもない。
ジャニスという災害に対応していくしかない。
「精神医学を軽視して医者を解雇したのはレニエ侯爵です。今更、私たちに文句を言うのはお門違いよ。ジャニスは愚かではないわ。もう自分が病気だと知っているの。きっと来るわ。どうせ困り果てているはずだから」
私は困り果てる事がない。
いつだって、解決の道はある。なければ、拓くのみだ。
結婚4年目を祝う昼食会の只中に、はたしてジャニスは帰ってきた。
「ヴィクトリヤ、彼を愛しているの! 私を心から愛してくれるのは彼だけなのよ。初めて真実の愛に気づいたの。だからお願い! この子をお願いッ!!」
「……ジャニス」
「んぎゃぁ~ッ!」
3人目の乳児が、私の、腕の中へ。
一瞬、頭が真っ白になった。こんな事は、滅多になかった。
「私にはあなたしか頼れる人がいないのよ。どうか私に人生を歩ませてほしいの。彼と愛しあう人生を……!」
「んぎゃあ! んぎゃあ!」
母子が泣いている。
一拍置いて私の頭が弾き出した結論は、ジャニスに子育ては無理だという事だった。義母メリンダに母親代わりをさせるなど言語道断。
改めて泣き喚く乳児を抱き直し、私は微笑みを浮かべた。
「名前は?」
「ミラベルよ」
「女の子ね。父親は?」
わからない、とジャニスは言った。ジョエル・バダンテールという舞台俳優か、レニエ侯爵か。どちらかではあるらしい。
「それであなた、ミラベルよりジョエルを選ぶの?」
「ええ。それが正しいって心が叫ぶの」
私と娘の頬にキスをして、ジャニスは家族の誰にも会わず、逃げるように去っていった。ミラベルをあやしながら広間に戻ると、当然、宴が凍り付いた。
「──」
事態を悟ったエクトル伯爵が卒倒。
「あなた!? おっ、お医者様を!!」
錯乱した義母メリンダが自分の主治医に叫ぶ。
「ヴィクっ、ヴィクトリヤ……!?」
真っ青なウスターシュが片腕ずつにセザールとガブリエルを抱いて寄ってくる。
「神よ……」
執事が祈り始め、広間にいた使用人全員が天を仰いだ。
「ママ~」
「セザール、今度こそお兄様になれるわよ」
息子は穏やかな性格で、同い年の妹にも優しく、小さなウスターシュという人格の片鱗を醸し出し始めていた。大きなウスターシュのほうは、穏やかではいられないようだ。
「ジャニスか……」
「そう。私たちの、ジャニスよ」
それぞれ腕が塞がっていて、私とウスターシュには顔しか残っていない。ウスターシュが額をあわせ声を震わせた。
「すまない」
私はウスターシュの唇を食んで、鼻をこすりつけて答えた。
「ミラベルよ。この子も立派に育てましょう」
この家族は本当に問題ばかりだ。
でもウスターシュと結婚して本当によかったと思っている。ウスターシュは私を第一に考えて尊重してくれる、心優しい善い人間だ。もちろん愛しあってもいる。子供にも恵まれた。そして子供の教育を私に任せてくれる。
「環境は遺伝に勝つわ。証明する」
「本当に苦労をかけて……」
「やめて。問題が家の中だけなんて幸せよ。それに子宮を傷めずもうひとり娘ができたのだし、これが苦労なら喜んで受けて立つわ」
「ああ、ヴィクトリヤ」
そう、私はヴィクトリヤ。
いつも、なにが起きようと、状況を見極めて期待通りの結果に導く。
「ウスターシュ」
囁いて再び唇を求めた。
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「愛してるわ」
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なぜなら愛だけは、奇跡のようなものなのだから。
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