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025 Дмитрий
しおりを挟む僕には、できる事とできない事がある。
イーダを止める事はできないが、逆に、イーダの外界では自由だった。僕を憎み、駒として使いはしても、私生活に干渉されたことはない。つまり姉は、僕の生活に興味がないのだ。
僕はとにかく、まりえに許してもらいたかった。僕も楽になるし、まりえの悲しみも癒えるからだ。僕は駅の近くで小さな花束を買い、稽古場に急いだ。晴れた空は狭いが、朝陽はどの土地もかわらず澄んでいる。まりえは朝陽に似ている。僕の世界で、唯一の清らかな光だ。優しく、厳しく、遠い。
それに、嫌われたままは悲しい。耐えられない。
だが、まりえの姿はなかった。
柔軟がてら和気藹々と楽しそうなすばるたちに近寄り、タツオを睨む。
「あ、ミーチャ。おはよう」
タツオとイズルが、すばるを真似て「おはよう」「おはよう」と僕の国の言葉でくり返した。タツオは少し、開脚が甘い。
「おはよう、すばる。まりたんは?」
「まりたん? 今日、来ない。まだ」
「お休み?」
背中に隠した花束をふりながらしゃがみ、タツオの足首を外に開く。唸るが、抵抗しない。僕はタツオの脹脛から爪先までを難往復も撫で、筋の伸ばし方を教えた。タツオは素直だ。
「カメラない、今日。夜、ヒダカサン、シュザイ、あー……新聞」
舌足らずに単語を羅列するようになって、すばるの可愛さは爆発した。今も、マグマはドクドクと溢れて止まらない。ラーチカなんか、いい年こいて可愛いすばるといちゃいちゃしまくっている。祝福してるし、ふたりとも愛する家族だが、はっきり言ってぎっくり腰で死ねとときどき思う。
でも、僕がすばるを抱きたかったのは、少し前の話だ。
「まりたんと喧嘩しちゃった」
「いつ?」
すばるが、目をぱちっと開け、脇を伸ばしながら左に折れた。右手で左足の指をつまみ、左手は内腿をぽりぽり掻く。その手も、ぴんと伸ばした。
「昨日。廊下でウォトカを呑んでたら、見つかった」
僕は普段から早口ではないが、それがすばるの成長を助けている。簡単な日常会話は、僕が噛み砕けばちゃんと成立した。ラーチカのは気難しく聞こえるとか言っているが、どうだか。
「あほちん。日本、昼呑み、許されない」
すばるはあっけらかんと言って、左足に上半身を伏せた。
「うん。怒られた」
「まりたん怒る。まりたんイイコ」
タツオとイズルが僕を睨む。余所者を警戒する牡猿の目だ。僕はすばるにテーブルまで来てもらい、花束とカードを見せた。すばるは明るく笑って、ダーダーと子どものようにくり返す。
日本の、いちばん易しい文字を教えてもらった。
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