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5 真夜中の訪問

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「好きだぁ」

「きゃあ!」


 私は思わず悲鳴をあげた。
 
 夜、自室で寝る前に髪を梳かしていたら、誰かが控えめに扉を叩いたので、侍女の誰かが挨拶か牽制にでも来てくれたのかと思って、疑いもせず開けた。

 その途端、ハンスがなだれ込んで来た。


「おっとっと」


 千鳥足で、床に座りこむ。

 ……酔っているみたい。


「へっ、陛下?」

「やめてくれ。ハンスと呼んで……ティアナ、僕は君を思わない日はなかったよ。あの頃は子供で、どうしようもなかった。君がいなくなり、その後で君が酷く傷ついていると知らされた。僕が大人だったら、君を追い出したりしなかった。僕は君を……君を愛していたんだ」

「……どれだけ飲んだのよ」

「いっぱい」


 情けない顔で私を見あげる。
 国王となったハンスの威厳はきれいさっぱりどこかへ消えて、弱り切った半泣きの男性が私を呼ぶ。


「ティアナ……あぁ、ティアナ」

「……ここですよ、陛下」


 国王という立場は、他の誰にも実感できないほどの重責を背負っている。だからなのか、私は彼が酩酊している姿を見ても、嫌悪感を抱かなかった。むしろ優しい気持ちになって、懐かしい私の傍で安らげるというのなら、存分に安らいでほしいと思った。

 彼の傍に膝をついて、顔を覗き込む。


「陛下、ティアナです」

「おかえり、ティアナ」

「ええ。戻って来ましたね……陛下が呼んでくださったから」

「陛下じゃない」


 間違いなく陛下よ、ハンス。
 私たちはもう、子供の頃には戻れない。


「ハンスだ。僕はハンス。そして君はティアナ」

「ええ……そうです」

「君が暗号を覚えていてくれて、嬉しかった。でも、宮廷内で使っちゃだめだ。オットマーとベアノン、それにツェザールも解ける。新しい暗号を考える。だからそれまでは、母上の肩を揉んでいてくれ」


 私の腕を熱い掌で叩きながら、噛み締めるようにハンスは言った。
 子供の頃、秘密基地で熱心に計画を練っていた少年の頃のハンスが鮮明に蘇る。

 可愛い……。
 本当に、もし、あの頃のハンスみたいな男の子を産めるなら、死んでもいい。


「よし! 大事な話は済ませた。眠い」

「え?」


 ふらり、と立ち上がる。
 そしてハンスは私の腕を掴んだまま、ベッドに……ベッドに突っ込んでいった。


「えっ、えっ、えっ!?」


 たしかに、機会があれば男の子を産んでやるなんて意気込んだけど。
 そんな急に……!?

 しかも酔っぱらっている時に!?


「ハ、ハンス……! ハンス、お部屋に戻りなさい……!」

「嫌だ! 僕はもうティアナと離れない!」

「えええ……!?」


 相手はハンスだし、危険はなさそうだし、なんなら今夜、国王の子供をお腹に宿す事ができたら、それはそれでほぼすべての事が解決してしまっていいのだけれど……

 でも!

 やっぱり、こんな済し崩しの初夜なんて!


「いっ、いやっ」

「おやすみぃ」


 ぼふっ。

 
「……ハンス?」


 ハンスは私のベッドに沈み、すやすやと寝息を立て始めた。


「……どうしよう……」


 ハンスが、重責から解き放たれて、平安を得られるなら。
 それに越した事はない。


「……」


 私はランプの灯を消して、彼の隣に身を横たえた。
 そして、目を閉じた。

 ここは宮廷。彼は国王。間違いなんて起こらない。
 
 大丈夫。
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