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4 恋には恋を
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「そんなに思い悩む事はないよ、オリヴィア。君は悪くないんだから」
「……でも」
「うん? なんだい?」
アスター伯爵は、幼子に尋ねるような優しい問い方をした。
「初めてお話する方が、こんなに事情を知っているなんて……私……」
「ああ、それは。僕が君を見ていたからさ」
え?
「ど、どどど、どういう……?」
私は俯いていた顔をあげ、麗しい微笑みを見つめた。
「つまりはこういう事さ」
~~~ ア ス ター 伯 爵 の 回 想 ~~~
「ん? あの子は誰です?」
「ああ。あの子はデラクール伯爵のお嬢さんよ」
「名前は?」
「オリヴィア。例のモイラ・ヘニングの幼馴染なんですって」
「へえ。これは意外だな」
「手を出しては駄目よ。オリヴィアはもう婚約済だから」
「え? 相手は誰です?」
「ほら見て。ちょうど幼馴染と婚約者を引き合わせているところみたい」
「ふむ……」
「フラナガン伯爵令息レニー・ストックウィンよ」
「あの男は駄目だ。一見優しそうだが、誘惑に弱そうな目をしている」
「だからってあなたが出る幕はないわよ、シャロン」
~~~ 回 想 こ こ ま で ~~~
「と、いう訳さ」
「……」
私は、そっ……と後ろに下がり、アスター伯爵の手から逃れた。
「ん?」
失礼と承知で、目を逸らす。
「どうしたんだい? なにもふしぎはないだろう?」
「……はい」
でも、アスター伯爵。
親し気に名前を呼ぶような貴婦人と、私の噂話をしていた。
しかも、モイラの事もよく知っているようだ。
やっぱり。
どんなに優しく接してくれたとしても、アスター伯爵は、モイラやレニーと同じ、ふしだらな人間なのだ。
「おいおいおい。悪い意味じゃないよ。君の事はみんな褒めてる。可憐で清楚で礼節を弁えた、とても愛らしい令嬢だとね」
「……ありがとうございます」
嬉しさと恐ろしさと、早く逃げ出さなければという焦燥感。
だって、もしアスター伯爵と一緒のところを見られでもしたら、私も同じ種類の人間だと思われかねない。それに丸め込まれてしまうかもしれない。
私は、きっと、大きな付け入る隙を全身に纏っている。
なんといっても、ついさっき、幼馴染と婚約者のあんな場面に遭遇してきたばかりだ。……情景を思い出し、悲しみがこみあげた。
「ああ、オリヴィア。泣かないで」
今度は優しい指を避ける。
それでもアスター伯爵は、優しい笑みで労わるように私に頷き、橋の端に寄りかかって腕を組んだ。まるで、もう触らないよという意志表示のように。
「オリヴィア。君にいい事を教えてあげよう。恋の痛手は、恋で癒えるものさ。過去なんて、一瞬で吹き飛ぶ。君に相応しい相手が現れさえすれば一撃だ。そしてそれは、そう先の話じゃない。もしかすると、招かれた招待客の中に、運命の相手がいるかもしれないよ」
真心のこもった、励ましに聞こえた。
でも同時に、私を唆そうとしているのかとも、考えてしまう。
モイラも、レニーも。
私より少し大人で、とても面倒見がよくて、頼れる、優しい人たちだった。
替えの愛があちこちに転がっている人にとっては、些細な事なのかもしれない。
「まだ、辛い時期か」
「私の事は……」
「いや、ちょっと放っておけない。さっき転びそうになったし」
「でも、その……お連れの方がいらっしゃるのですし……」
「連れはいない」
「……」
では、さっきの親しそうな貴婦人ふうの話し相手は、いったい……。
「……!」
どなたかの、お相手と、火遊びを……!?
「……!」
「こらこら。なにを考えている。言ってみなさい」
私はどこかいい隠れ場所はないか目を走らせた。
森しかなかった。
森はすぐそこだけれど、石が転がっていて、また躓くかもしれない。
私は、決意した。
ハッキリさせておいたほうがいい。
私がモイラやレニーと、二度と親しくはならないように。
これ以上、アスター伯爵の助けは求めていないのだと言う事を。
「うん。なんだい?」
「お連れの方ではない方と、親密そうに、私の噂話を……」
がんばってまっすぐ見つめ声を絞り出していると、彼は気の抜けたように笑った。
「アハッ。あれは姉だ」
「……でも」
「うん? なんだい?」
アスター伯爵は、幼子に尋ねるような優しい問い方をした。
「初めてお話する方が、こんなに事情を知っているなんて……私……」
「ああ、それは。僕が君を見ていたからさ」
え?
「ど、どどど、どういう……?」
私は俯いていた顔をあげ、麗しい微笑みを見つめた。
「つまりはこういう事さ」
~~~ ア ス ター 伯 爵 の 回 想 ~~~
「ん? あの子は誰です?」
「ああ。あの子はデラクール伯爵のお嬢さんよ」
「名前は?」
「オリヴィア。例のモイラ・ヘニングの幼馴染なんですって」
「へえ。これは意外だな」
「手を出しては駄目よ。オリヴィアはもう婚約済だから」
「え? 相手は誰です?」
「ほら見て。ちょうど幼馴染と婚約者を引き合わせているところみたい」
「ふむ……」
「フラナガン伯爵令息レニー・ストックウィンよ」
「あの男は駄目だ。一見優しそうだが、誘惑に弱そうな目をしている」
「だからってあなたが出る幕はないわよ、シャロン」
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「と、いう訳さ」
「……」
私は、そっ……と後ろに下がり、アスター伯爵の手から逃れた。
「ん?」
失礼と承知で、目を逸らす。
「どうしたんだい? なにもふしぎはないだろう?」
「……はい」
でも、アスター伯爵。
親し気に名前を呼ぶような貴婦人と、私の噂話をしていた。
しかも、モイラの事もよく知っているようだ。
やっぱり。
どんなに優しく接してくれたとしても、アスター伯爵は、モイラやレニーと同じ、ふしだらな人間なのだ。
「おいおいおい。悪い意味じゃないよ。君の事はみんな褒めてる。可憐で清楚で礼節を弁えた、とても愛らしい令嬢だとね」
「……ありがとうございます」
嬉しさと恐ろしさと、早く逃げ出さなければという焦燥感。
だって、もしアスター伯爵と一緒のところを見られでもしたら、私も同じ種類の人間だと思われかねない。それに丸め込まれてしまうかもしれない。
私は、きっと、大きな付け入る隙を全身に纏っている。
なんといっても、ついさっき、幼馴染と婚約者のあんな場面に遭遇してきたばかりだ。……情景を思い出し、悲しみがこみあげた。
「ああ、オリヴィア。泣かないで」
今度は優しい指を避ける。
それでもアスター伯爵は、優しい笑みで労わるように私に頷き、橋の端に寄りかかって腕を組んだ。まるで、もう触らないよという意志表示のように。
「オリヴィア。君にいい事を教えてあげよう。恋の痛手は、恋で癒えるものさ。過去なんて、一瞬で吹き飛ぶ。君に相応しい相手が現れさえすれば一撃だ。そしてそれは、そう先の話じゃない。もしかすると、招かれた招待客の中に、運命の相手がいるかもしれないよ」
真心のこもった、励ましに聞こえた。
でも同時に、私を唆そうとしているのかとも、考えてしまう。
モイラも、レニーも。
私より少し大人で、とても面倒見がよくて、頼れる、優しい人たちだった。
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「まだ、辛い時期か」
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「いや、ちょっと放っておけない。さっき転びそうになったし」
「でも、その……お連れの方がいらっしゃるのですし……」
「連れはいない」
「……」
では、さっきの親しそうな貴婦人ふうの話し相手は、いったい……。
「……!」
どなたかの、お相手と、火遊びを……!?
「……!」
「こらこら。なにを考えている。言ってみなさい」
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私は、決意した。
ハッキリさせておいたほうがいい。
私がモイラやレニーと、二度と親しくはならないように。
これ以上、アスター伯爵の助けは求めていないのだと言う事を。
「うん。なんだい?」
「お連れの方ではない方と、親密そうに、私の噂話を……」
がんばってまっすぐ見つめ声を絞り出していると、彼は気の抜けたように笑った。
「アハッ。あれは姉だ」
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