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5 過ちが起きないように
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あ、姉?
「そう。姉だ。君は思っている事が顔に出るね。可愛い」
「……」
可愛いと言われて喜ぶ私は、モイラの寝室に置いて来た。
こうやって優しく接しながら嘘をつく人間には、もう、騙されない!
「ア……」
「ん?」
「アスター伯爵は、ひとりっ子でいらしたと、お聞きしました……ので」
だから放蕩息子でも爵位を継承できたのだと、いう、噂を……
「ああ。僕は養子だからね」
「養子」
「そう。君は遠方からの招待だし、知らなくても無理はないな」
私を、惑乱しようとしている?
どうして……
それこそ、私でなくても、お相手はたくさんいるのだろうし……
「なるほど。さっきから君が怯えてソワソワしているのは、あっちの醜聞のせいだったのか。うっかりした。君は知らない側の人だった」
「え?」
アスター伯爵は、きゅっと眉を絞った。
困惑とわずかな怒りを秘めたような、それを笑い話にするためのような、おかしな顔。いえ、顔はお綺麗なのだけれど。
見惚れる……のとは、違う。
目の離せない、華やかさ。
それは抗えない魅力だった。
「僕には5人の姉と2人の妹がいる」
「えっ」
そ、そんなに?
「加えて4人の伯母」
「……そう、ですか」
「僕が物心ついた頃には、実父の弟であるアスター伯爵の跡取りになっていた」
「……はい」
急に始まってしまった、身の上話。
私はじっと固唾を呑んで耳を傾ける。それしか、できる事がない。
「いちばん上の姉は15も離れていて、僕が生まれる前に、許嫁の婿入りが決まっていたんだ。そこへ来て父というか養父でつまり叔父は、結婚すらしていなかったからね。まあ、ちょうどよかったわけさ」
「はい」
「でも、立地的に少し距離があるし、万が一、成長してから急に顔を合わせて従姉妹と信じて過ちなんて事があったら目も当てられないってわけで、18才でアスター伯を相続するまで生家で過ごしたんだよ。両親、義兄と上の姉、妹たちとね。4人の姉は飛ぶように嫁いでいって、2番目の姉がさっきの話し相手」
「そう、だったのですね」
「ああ。もう小さい頃から母と姉と妹とよく遊びに来る伯母たちにこき使われて、すっかり女性の扱いはお手の物さ。それでいて公の場に顔を出すようになったら、いちいちどこかの夫人か令嬢が隣にいるものだから、妙な噂が広まってしまってね」
「それは……(本当かどうかはわからないけれど、本当なのだとしたら、誤解やとばっちりで名誉を傷つけられたという事なのだし)大変でしたね」
「慣れたよ」
アスター伯爵がひらりと手を振った。
「ヴァレンティナも君を小鳩みたいだって言っていた。つまり可愛いって意味」
「……ヴァレンティナ?」
「ああ。だから、2番目の姉」
私は、その名前に聞き覚えがあった。
でも、だとすると……この人……
「あ、たぶん君の思い描いているヴァレンティナで合ってるよ」
「カメロン侯爵夫人……?」
「そう。つまり僕は、親戚の家に遊びに来ているわけ。だからさっきの話は、姉からなにかと妙な噂がつきまとう弟に向けて『余計な騒ぎを起こすんじゃないわよ』と釘を刺したという事なんだよ」
「……」
「っていうかね。姉は自分の屋敷で大スキャンダルを起こされて憤怒してるよ。ただ僕は言ったね。『姉上、これが騒ぎというものですよ』と。これ幸いってわけじゃないよ? 僕も君が気の毒だし、太々しい浮気モノ共が憎い。別の機会ならよかったと心から思う。でも、オリヴィア。早めにわかってよかったんだ。君の心は傷つけられたが、体と名誉は守られる。ここには君の味方しかいない」
一気に押し寄せた情報に、私は正直、面食らっていた。
カメロン侯爵家の奥方であるヴァレンティナは、その華やかさと政治手腕で女傑として有名な貴婦人だ。それに加え、彼女の妹のうちふたりが、それぞれ別の同盟国の王家へ嫁いでいる。
そんな有名な人たちの親族だという嘘は、すぐバレるはず。
でも、もし嘘なら、私が今この場で真に受けなければいいだけの話。戻ってから確かめればいいのだし、そのためにも今すぐ引き返したっていい。
まだ、アスター伯爵が噂通りの破廉恥な人である可能性は充分ある。
私に優しすぎるし、話が出来過ぎているし、それにこんなに素敵なのだから。
「……」
今のナシ!
私は、過ちは、犯さないっ!
「そう。姉だ。君は思っている事が顔に出るね。可愛い」
「……」
可愛いと言われて喜ぶ私は、モイラの寝室に置いて来た。
こうやって優しく接しながら嘘をつく人間には、もう、騙されない!
「ア……」
「ん?」
「アスター伯爵は、ひとりっ子でいらしたと、お聞きしました……ので」
だから放蕩息子でも爵位を継承できたのだと、いう、噂を……
「ああ。僕は養子だからね」
「養子」
「そう。君は遠方からの招待だし、知らなくても無理はないな」
私を、惑乱しようとしている?
どうして……
それこそ、私でなくても、お相手はたくさんいるのだろうし……
「なるほど。さっきから君が怯えてソワソワしているのは、あっちの醜聞のせいだったのか。うっかりした。君は知らない側の人だった」
「え?」
アスター伯爵は、きゅっと眉を絞った。
困惑とわずかな怒りを秘めたような、それを笑い話にするためのような、おかしな顔。いえ、顔はお綺麗なのだけれど。
見惚れる……のとは、違う。
目の離せない、華やかさ。
それは抗えない魅力だった。
「僕には5人の姉と2人の妹がいる」
「えっ」
そ、そんなに?
「加えて4人の伯母」
「……そう、ですか」
「僕が物心ついた頃には、実父の弟であるアスター伯爵の跡取りになっていた」
「……はい」
急に始まってしまった、身の上話。
私はじっと固唾を呑んで耳を傾ける。それしか、できる事がない。
「いちばん上の姉は15も離れていて、僕が生まれる前に、許嫁の婿入りが決まっていたんだ。そこへ来て父というか養父でつまり叔父は、結婚すらしていなかったからね。まあ、ちょうどよかったわけさ」
「はい」
「でも、立地的に少し距離があるし、万が一、成長してから急に顔を合わせて従姉妹と信じて過ちなんて事があったら目も当てられないってわけで、18才でアスター伯を相続するまで生家で過ごしたんだよ。両親、義兄と上の姉、妹たちとね。4人の姉は飛ぶように嫁いでいって、2番目の姉がさっきの話し相手」
「そう、だったのですね」
「ああ。もう小さい頃から母と姉と妹とよく遊びに来る伯母たちにこき使われて、すっかり女性の扱いはお手の物さ。それでいて公の場に顔を出すようになったら、いちいちどこかの夫人か令嬢が隣にいるものだから、妙な噂が広まってしまってね」
「それは……(本当かどうかはわからないけれど、本当なのだとしたら、誤解やとばっちりで名誉を傷つけられたという事なのだし)大変でしたね」
「慣れたよ」
アスター伯爵がひらりと手を振った。
「ヴァレンティナも君を小鳩みたいだって言っていた。つまり可愛いって意味」
「……ヴァレンティナ?」
「ああ。だから、2番目の姉」
私は、その名前に聞き覚えがあった。
でも、だとすると……この人……
「あ、たぶん君の思い描いているヴァレンティナで合ってるよ」
「カメロン侯爵夫人……?」
「そう。つまり僕は、親戚の家に遊びに来ているわけ。だからさっきの話は、姉からなにかと妙な噂がつきまとう弟に向けて『余計な騒ぎを起こすんじゃないわよ』と釘を刺したという事なんだよ」
「……」
「っていうかね。姉は自分の屋敷で大スキャンダルを起こされて憤怒してるよ。ただ僕は言ったね。『姉上、これが騒ぎというものですよ』と。これ幸いってわけじゃないよ? 僕も君が気の毒だし、太々しい浮気モノ共が憎い。別の機会ならよかったと心から思う。でも、オリヴィア。早めにわかってよかったんだ。君の心は傷つけられたが、体と名誉は守られる。ここには君の味方しかいない」
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「……」
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私は、過ちは、犯さないっ!
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