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2 使用人とイモと愛

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 かつては母の生家でミルクメイドからスタートし、母が結婚するときには付き人としてついて来て、それからずっとハウスメイドとして母を支えてくれていたミネルヴァだけが、ヘーグリンド伯爵家で私より小さい。

 そんなミネルヴァは、グリフィスが嫌い。


「……」

「んまあっ。ミネルヴァ、あなたさすがね!」

「悍ましい」


 ミニマムなおばあちゃんであるミネルヴァが、それだけ言って背を向けた。手桶を持っている。ベッドでしくしく泣いている母の顔でも拭いてあげるのだろう。
 

「ついに口に出すようになったわね。怒らないであげて。切羽詰まってるの」

「怒らないわよぉ。他の使用人が逃げちゃう中、残ってくれているんでしょう? 愛だわ」


 ミネルヴァは素敵な少年だった頃のグリフィスを可愛がっていた。
 愛から翻った憎しみは、底知れず恐いものだ。


「愛よね。お母様も、うじうじ泣いてないでミネルヴァの背中でもさすってあげればいいのに。私がやろうとすると断るの」

「ふたりをそっとしておいてあげましょ」

「だけど、ミネルヴァとテリーしか残っていないのよ」


 テリーは商家生まれの帳簿係で、父の愚行にいち早く気づいてくれた恩人だ。今は、兄のお伴で留守にしている。


「私がミネルヴァに習って、5人分のイモを茹でてるの」

「まあ……っ」


 グリフィスが詰め物の詰まった胸を押さえた。
 ごっそり抜けば、苦しみも減ると思うけど。


「ああ、そうだ。逃げたんじゃないのよ。破産するかもって気づいた時に、テリーが兄だけじゃなく私にも教えてくれたの。だから、母と相談して、母と私の指輪とか髪飾りとかを売ってお金にして、みんなに分配して暇を出したのよ」

「あなた、立派ね」


 よしよし。
 グリフィスが、また私の頭を撫でる。


「今夜はパンもステーキもスープもあるわよ」

「だれが作るの……?」


 なんだか涙が出てきた。
 グリフィスが、前に回り込んで屈み、私の涙を拭ってくれた。


「ミネルヴァにも休んでもらいましょ。大丈夫。料理できる使用人を連れてきたから」

「ありがとう……!」


 私はついに、自分からグリフィスに抱きついた。
 
 父が破産するまで、私にとって人生の大事件とはつまり、グリフィスだった。
 私が婚約する少し前に、急に、グリフィスがレディになったのだ。

 今となれば、フェルド伯爵令息グリフィス・ネルソンが、背が高くて声の低い絶世の美女になってしまった事くらい、なんでもない。
 どんなにキモくても、愛は本物だ。


「チキンもある?」

「ええ。じゃあ、ステーキは明日にしましょうね」

「ミネルヴァはナマズのパイが好きなの……っ」

「釣ってきたわ」


 たとえ兄が父みたいに帰って来なくても、私にはグリフィスがいる。
 生きていける。

 そう信じる事ができて、力が湧いてきた。

 お腹が鳴った。
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