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3 兄の帰還

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「まぁ、グリフィス……あなたが助けてくれたなんて……っ」


 夜半。

 これはお礼のひとつも言わなければと思ったのか、母が頑張って起きてきた。
 一着だけ残した地味なドレスを着て、髪を結って、お化粧をして。でもやっぱりグリフィスの美貌に恐れ戦いて、ミネルヴァに抱えられて部屋に引っ込んだ。


「ごめんなさいね。あなたはキモい神よ」

「その調子よ、カリーナ。じゃんじゃん罵って♪」


 久しぶりにお腹いっぱいになって、超絶眠い。
 立ってるのがやっとだ。


「部屋は、自由に使って。リネンが綺麗なベッドもまだあるから」

「明日は洗濯と掃除ね」

「そこまで甘えられない」

「大丈夫。カリーナLOVEな使用人たちを連れて来たから、放っといても働くわ」


 悍ましい美貌がグッと迫って、額に軽いキスをされた。

 口紅……。
 私が気にするのは、もはや口紅だけになっていた。


「んんー……」

「安心して眠って。もう大丈夫なのよ、カリーナ。おやすみなさい」


 寒い廊下で別れる。
 私はその夜、ぐっすり眠った。
 
 翌朝、すっきりと目覚めた。


「……」


 ベッドに座ったまま、決意を固める。
 食べ物は大事だ。領民を飢えさせるわけにはいかない。立て直さなくては。兄はなんだか頼りにならない。だからテリーは私にも報告したのだ。グリフィスが来てくれた。私が頑張らなければ。


「よしっ」


 私は久しぶりに気合を入れて身形を整えた。
 昨日は、本当にボロボロの姿を見せてしまった。


「あぁーんっ、カッリィナァッ! きゃわゆいわッ! うぅんっ♪」

「……キモい」


 だって、クネクネするから。
 グリフィスが微妙な高さの低い声で浮かれ散らかして、クネクネするから。


「……本当に、心から感謝してる。一生かけて恩返しをするわ」

「そんなのいいのよぉ~ん♪ あなたが元気で笑ってくれてたら、それでい・い・のっ♪」

「掃除と洗濯ね」


 腕まくりも慣れたもの。


「女主になるなら、家事くらい理解しなくちゃ」

「勇ましいわっ! 素敵! 痺れちゃうっ!!」

「……」


 私たちの前を、胡乱な目つきでミネルヴァが通り過ぎた。
 そして、胡乱な目つきのまま戻ってきた。

 
「坊ちゃま……」


 そう声を絞り出して、ミネルヴァがグリフィスを抱きしめた。巨大なドレスの襞に、ミニマムなおばあちゃんがぼすっと埋まる。

 ああんミネルヴァ、とか言うかと思った。
 グリフィスは黙っていた。唇を噛んで、バサバサな睫毛をはためかせ、涙を堪えているようだった。

 なんだか感動した。
 その瞬間だった。


「?」


 馬車が停まる音がした。
 窓から顔を出すと、思った通り、兄がテリーと一緒に馬車を下りるところだった。

 帰ってきたのだ。

 どこかで食事にありついたのか、兄も血色がいい。
 グリフィスの馬車を、ムッとした顔で見つめていた。
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