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第三章
間違って当てちゃったYO!
しおりを挟むアーヴァイン・ヘルツは、遠方にかすかに見える怪しげな軍艦をマークしていた。
残念ながら、どこの船かまで識別はできないが、マリアをさらった船は国籍不明の軍艦だ。
あれに乗っている可能性は大いにありえる。
なるべく相手に気づかれないよう距離を取り、彼らの後をつけた。
日が落ちて、おあつらえ向きに月も隠れた闇の中、舷灯を含めたすべての明かりを消し、そっと船を近づける。
有効射程距離に入るまで、静かに、音を殺して。
第一斉射は確実に当たったと思う。
……いや、ちょっと待て。
当ててはいけないのだ。マリアが乗っているのかもしれないのだから。
脅して散り散りに逃げたところを一隻ずつ囲い込んで、降伏に持ち込むつもりだった。
だが、暗闇なので狙いが正確にいかない。
つんざくような発射音と共に、破壊された木片の黒い影が飛び散ったのが、かすかに望遠鏡で視認出来た──ように思える。
さすがに相手の船灯だけでは、正確な判断は出来ない。
「あれ、当たっちゃったんじゃね?」
普通こんなに暗かったら当たらないよ? つつっ、と冷や汗が額を流れる。
着弾域に落ちるくらいで良かったのに……。
遠距離からの攻撃は命中率が低い。しかし、二十四ポンド砲片舷斉射重量八百ポンド以上が一斉に火を吹けば、何発か当たることもあるらしい。
「この重武装の大型蒸気動力付きフリゲートには、それにふさわしい最新の搭載砲を設置しろ」とわがままを言ったのは、他でもないアーヴァインである。
一番手前の船には、確実に届いてしまった。
(あの女、大丈夫か……)
下手に命中精度がいいのも考えものである。
不安と胸騒ぎで船尾をウロウロしてしまった。
撃てと命じたのは自分だが、当たっちゃったYO。
しばらくして、標的の灯りが消えた。ほかの船もそれに倣ったらしい。
辺りが闇に包まれる。
(バカが。お互いにぶつかってバラバラになりやがれ。あ、でもそしたら俺のマリアたんが……)
アーヴァインは十分に距離を取っていた全艦に、艦載灯を灯させる。
バレたからには、コソコソやってもしょうがない。
発光性の塗料を塗りつけた信号旗を上げ、総帆を張るように命じた。
弱風の中、武装した護衛団は、確実に標的を追い込みはじめた。
やがて、標的の船団にもごく小さな灯りが灯る。おそらく旗艦だろう。ほかの船を導くために、一隻だけやむを得ずに点けたのだろうか。
衝突を憂慮しながら……。
風下に向かってトロトロと逃げていくその灯りを目指し、風向きを味方につけた──護衛などそっちのけの──護衛艦隊は、嬉々としてその速度を上げていった。
※ ※ ※ ※
夜の闇に紛れて逃げるには、時間が足りなかった。
おそらくすぐに追いつかれる。
だからせめて囮を使って引きつけ、その間に相手の艦尾に回り込みたかったのだ。
通常ならこの闇の中、敵に気づかれずに連携して接近など、出来るはずがない。
だがアカリア人には、敵艦にはほとんど聞こえないような音による、妙な伝達手段がある。
夜が白んできた。
やっと、まだ薄暗い靄の中、相手の艦の背中に食いつくことが出来た。
風が弱い。
停滞した朝靄が、今しばらくはこの奴隷船団を隠してくれるといいのだが。
「チンゲーニャ、今だ。ケツに砲弾をぶち込んでやれ」
「お下品でしゅよ、お客様」
ジョウリュウカイキュウの娘とは思えないような言葉を口にするマリアを、理解できないような目で見ながらも、奇妙な笛の音を鳴らす。
遠くで鳴っているような、耳をすませなければ聞こえないような、高い音。
離れた相手には聞こえるとは思えない、高周波の音だった。
アカリア大陸に生息する大コウモリ狩りで使う笛で、それを好物として食すこの部族の人間にだけは聞こえるのである。
「お尻の穴に挿入してやりますよ、皆様ー。がんばって回頭して、左舷向けて縦に並んでね」
笛の音を、マリアのために訳してくれた。
よけい生々しくなった言い方だが、笛の音になればあまり変わりがないのだろう。
ちょうど朝日が昇り、霧が晴れてきた。
マリアの命令で縦に並んだ五隻の軍艦が、囮を追い詰めていた艦の群れに向かって、一斉に火を吹こうとした。
その直前、マリアは見た。
見覚えのあるおケツ。メインマストの商船旗。
「新白波号!? これってもしかして西大陸貿易社じゃないの!? よせっ! 撃つなっ!」
マリアの制止は間に合わなかった。
耳をつんざくような音が、次々に轟音を響かせた。
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