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プライドが許さない

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「大丈夫だよ。今週末の夜会でシンシアには婚約破棄を突きつけるつもりだ。大勢の前で宣言してやる。俺が愛しているのはルイーザだけだって……」

はぁぁっ!?

伯爵令嬢のシンシアは、放課後偶然通りがかった学院の人気のない廊下で、なんの因果か婚約者の『婚約破棄計画』を立ち聞きしてしまった。

婚約破棄ってどういうことよ?
全く好きではない相手だけれど、なんで私がフラれなきゃならないの?
夜会で婚約破棄されるなんて、プライドが許さないっちゅーの!!

頭に血が上ったシンシアは、長い制服の裾を翻すと一目散にその場から駆け出した。



シンシアはメイソン伯爵家の次女である。
生まれつき可憐な見た目で賢かった彼女は、社交界でも深窓の令嬢として一目置かれている存在なのだが、それは世を忍ぶ仮の姿だった。
十八歳の伯爵令嬢シンシアの実態ーー彼女は儚い外見とは対極的な、見栄っ張りな女王様気質をしているのである。
大抵の場所では飼い慣らされた大きな猫をかぶりながら生きている為、このことを知る者はごく少ない。


この私をふるつもりでいるなんて……。
アイツもいい度胸しているじゃないの。
誰もが私を憧れの目で見るっていうのに!

その証拠に、ズンズンと苛立ちぎみに廊下を進んでいるにも関わらず、シンシアには「まぁ、シンシア様よ」「今日も美しいな」などと、学生達が囁く声が聞こえてくる。
そんな声に優雅な微笑みを返しつつ、シンシアはとある教室へと急いだ。

「失礼いたします。こちらにレナード様はいらっしゃるかしら?」

シンシアが一学年下の教室を訪れ、入り口から控えめに声をかけると、すぐさま中にいる生徒が反応してくれた。

「シンシア様!ええと、レナード様は席にはいらっしゃらないみたいですね」

チッ、居ないのかよ。

「あら、そうですの。どうもありがとう」

心の中では思いっきり悪態を吐いているのだが、浮かべる表情は清楚な令嬢そのもので、周囲が思わず助けたくなるほどだった。

「あの、レナード様なら少し前に出ていかれるのを見かけました。鞄を持っていらっしゃったので、お帰りになられたのだと……」

遠慮がちに背後から一人の令嬢が教えてくれる。

「まぁ、ご親切にありがとう。助かりましたわ」

ナイスな情報に思わずにっこりと微笑むと、令嬢は顔を真っ赤に染めた。

よし、今ならまだ追い付くわね。
レナード、待ってなさいよ!

シンシアは堂々と走れないことを焦れったく思いながらも、下品にならない早さでどうにか校門まで辿り着くと、馬車寄せでちょうど馬車に乗り込もうとしているレナードを発見した。

居たわ!

シンシアは辺りに学生が誰も居ないことを確認すると、レナードが乗った馬車に自分も強引に乗り込んだ。

「え?ちょっと何!?って、シンシア?何やってるの?」
「突然悪いわね。レナードに話があるのよ。乗せてってちょうだい」
「乗せるのは構わないけど、そんな盗賊みたいに乗り込んでこなくても……」
「失礼しちゃうわ。教室に行ったらもう帰ったって言うから、急いで追いかけてきたのに」

最初は驚いた顔でシンシアを見ていたレナードだったが、彼女が勝手に向かいに腰をおろすとなんだか少し嬉しそうにはにかんだ。

「あ、先に帰っててもらえるかしら?レナードの家に寄ってから帰るわ」

窓から自分の家の馬車に向かって早口で伝えると、走り疲れたシンシアはようやくホッと力を抜いた。

「で?話って何なの?」
「着いたら話すわ。あ、寄らせてもらってもいいわよね?」
「相変わらず勝手だなぁ。別にいいけど。みんな喜ぶし」

呆れ顔のレナードだが、シンシアの傍若無人な態度にも慣れた様子で窓枠に頬杖をついている。

やっぱりレナードには猫をかぶらなくていいからラクだわ。
しかもこの座面、うちの馬車より柔らかくて快適なのよね。

シンシアはしばらくの間、レナードとのたわいのない話を楽しんだ。



レナードはシンシアよりひとつ年下の十七歳で、カートナー侯爵家の長男という立場である。
幼馴染みの彼とは子供の頃からの長い付き合いで、家族と使用人の他では唯一シンシアの本性を知っている貴重な人物だった。
メイソン伯爵家より爵位が高いのにも関わらず、シンシアの性格を受け止め、穏やかでいつも愚痴を大人しく聞いてくれるレナードを、シンシアは弟のように思っていた。

「シンシアお嬢様、よくいらっしゃいました!」
「お嬢様のお好きなお菓子を今ご用意いたしますからね」

カートナー家でのシンシアの人気はすこぶる高い。
昔はよく入り浸っていた為、使用人との仲も良好なのだが、それにしても好かれ過ぎではないかと疑問に思ってしまうほどだ。

「私の猫かぶりも大したものよね。自分が怖くなるわ」
「そうだね。なんでこんなに分かりやすく偉そうで我が儘なのに、誰も気付かないんだろうね。ホラーだよ」

シンシアは遠い目をするレナードの脇腹にこっそり肘鉄を食らわせると、何事もなかったかのように勝手知ったる庭のガゼボへと歩き出す。
今日は内緒話をする予定なので、庭にお茶を用意して欲しいと頼んだのだ。
図々しいお願いも、シンシアが申し訳なさそうに頼めばたちまち意見が通ってしまう。
彼女は猫をかぶった自分の魅力を、最大限に活用していた。

「いたた……。でも僕の前でだけ見せる素のシンシアを可愛いと思うんだから、僕も大概だよな……」

レナードはこっそり呟くと、脇腹を擦りながらシンシアの後を追ったのだった。
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