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シンシアの計画

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とりどりの花が咲き乱れる庭園内のガゼボは、幼い頃からシンシアのお気に入りの場所だった。
相変わらずよく手入れがされている。

「それで?ここまでついてきた理由をそろそろ教えてよ」

紅茶とお菓子を並べた侍女が離れたのを見計らって、レナードが問いかけた。
年頃になってからは、婚約者がいるシンシアがこの屋敷を訪れる機会もめっきり減っていたので、レナードが疑問を抱くのも当然のことだった。
しかもシンシアは約束もなしに、力技で乗り込んできたのである。

「相変わらずここのスコーンは最高ね!ーーって、そうだったわ。レナードに頼みたいことがあるのよ」
「僕に?何を頼みたいの?」
「今週末、ここの屋敷で夜会があるでしょ?そこで私の婚約者が婚約破棄を宣言するんですって。笑っちゃうでしょう?だから、レナードは婚約破棄された私に交際を申し込んでちょうだい」

偶然にも週末の夜会はレナードの家、カートナー侯爵家主催であった。

「………………は?」
「だーかーらー、婚約破棄なんて格好悪くて冗談じゃないから、あなたの告白で惨めな私を塗り替えて、上書きして欲しいのよ」

レナードが珍しく固まったまま動かない。
頭の回転の早い彼にしては珍しいことだが、シンシアはレナードが口を開くまで待っていようと、スコーンにジャムとクリームをたっぷり塗って頬張った。

うん、やっぱり美味しいわ。
うちのスコーンは何か物足りないのよね。

「あのさ、なんで僕がシンシアに告白をするっていう発想になったの?」
「そんなの簡単よ。あんなおバカさんに大勢の前でフラれるなんてみっともなくて耐えられないけれど、そこでレナードが私に想いを伝えたらみんなそっちに意識が向くでしょう?『幼馴染みとの真実の愛』とか言われて、一気に微笑ましい話になるってわけよ。レナード、頭も顔もいいから羨ましがられるだろうし」
「羨ましいかどうかはわからないけど……僕の気持ちは?そんな人前で告白して、その後はどうするつもり?」

当然の質問である。
はっきり言って、シンシアにしかメリットが無いとんでもない提案だった。

「それは……どうとでもなるわよ。『カップル成立したけれど、やっぱり別れちゃいました~』ってなっても、どうせ誰も気にしないわ。レナードには迷惑かけちゃうけれど、あなたにはまだ婚約者もいないし。一時的に私を助けると思って、この通り!!」

シンシアが両手を合わせて頭を下げると、「仕方がないなぁ」という声が聞こえた。
どうやら計画に乗ってくれるらしい。
やっぱりレナードは優しくて頼りになる弟だとシンシアは安堵した。

「でもなんで破棄されると知ったの?伯爵に話したほうがいいんじゃない?」
「さっき廊下でうっかり聞いちゃったの。ルイーザっていう女に入れ込んでて、私が邪魔になったのね。元々お互い家の都合で結ばれた婚約だったけれど、そんなやり方ってないわよね。お父様が領地に行ってて留守だから、週末までにこちらから婚約解消を言い出すことも出来なくて」

シンシアに婚約者が出来たのは十歳の時だった。
お相手はひとつ年上のケンウッド子爵家の長男、トーリである。
なんでも亡くなったシンシアの祖父がその昔、ケンウッド家にお世話になったとかで結ばれた縁であり、爵位も財力も上のメイソン家がケンウッド家を支援する意味もあった。
子爵家は領地経営がうまくいっていないらしい。

特に結婚に夢を抱いていなかったシンシアは、政略的意味合いの婚約にも文句はなかった。
深窓の令嬢と評判のシンシアには、身分の高い令息からの釣書も多く届いていたが、堅苦しい家で更に大きな猫をかぶるのは面倒だったので、子爵家くらいがちょうどいいと考えたのである。
むしろ「格上の家から私がたくさんの持参金を持って嫁ぐんだから、子爵家で絶対大切にされるに決まってるわ」と、この婚約に前向きだった位だ。
実際、トーリの両親はシンシアに好意的で、いつも大事にしてくれていた。

そんな訳で、トーリが全く好みではないポッチャリ体型な上、シンシアに興味を示さず、留年して学院で同じ学年になってしまっても、婚約を維持し続けていたのだった。
愛情がなくても家庭は築けると思っていた。

「シンシアは婚約破棄をされることについてはなんとも思わないの?悲しいとか、寂しいとか」
「清々しいほど無いわね。めちゃくちゃ腹は立っているけれど。婚約を解消したいなら素直に言えばいいのに、夜会で宣言するっていうやり方が下劣だわ!私に恥をかかせようだなんて、トーリの分際で百年早いっちゅーの!!」

食いぎみに否定し、興奮のあまりシンシアは立ち上がってしまったが、そんな彼女をレナードは憐れみの目で見ていた。

「……うん、そうだよね、シンシアだもんね。その口が悪くてプライドが高いところ、僕は嫌いじゃないよ。黙っていれば可愛いのに……」
「煩いわね。こんなことレナードにしか頼めないのよ。あ、上手くやってくれたら何でも言うことを聞いてあげるわ。どう?」
「……何でも?」

キラリとレナードの瞳が光り、悪い笑みが浮かんだことにシンシアは気付いていなかった。

「いいよ。大船に乗ったつもりで安心してよ。僕がいいタイミングで出ていくからさ。うちの夜会でホストの僕が出ていけば、注目されるに決まってるし」
「助かるわ。よろしくね」

問題は既に解決したとばかりに、シンシアは美味しそうにお菓子の続きを食べ始める。
レナードは『楽しくなりそうだな』と思いながら、その呑気な様子を眺めていた。



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