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お前はすでに詰んでいる

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国王主催の夜会。
それは社交界に籍を置く者にとっては大きな意味を持つ。
招待されることが誉れであると同時に、失敗が許されない、責任感を伴うプレッシャーの場でもあるのだ。

今宵、マリナード侯爵家からはいまだ行方知れずの侯爵の代理として長男のエヴァン、そして社交界デビュー済みのエミリーが参加することになっていた。
次男のジェスは近衛騎士として会場の警固にあたり、三男のショーンはまだ社交界に出ていない為、屋敷で大人しく留守番と決まっている。

「さすが私のエミィだな。なんて可憐なドレス姿なんだ。誰にも見せたくないのが本音だが、今日は私がしっかりエスコートするからね」

正装である燕尾服でビシッと決めたエヴァンが、嬉しそうにエミリーへと近付いてくる。
幾重にも重なった柔らかいシフォン素材のイブニングドレスに身を包んだエミリーは、照れ臭そうに微笑んだ。
腰から裾へ向かって水色から淡い紫色へと変化するグラデーションが鮮やかなドレスは、上品な雰囲気でエミリーによく似合っていた。

「ありがとうございます、エヴァンお兄様。今日はよろしくお願いいたしますね」

マリナード家は代々、青みがかった銀色の髪を持つ者が多く、エミリーと三兄弟も髪色だけはそっくりであった。
三兄弟は、それぞれ印象は違えど涼やかな切れ長の紺碧の瞳とクールな立ち振る舞いから、「麗しの三兄弟」と呼ばれていた。
しかし、クールな表情はエミリーがいない場所限定だと周知されてからは、「麗しのシスコン三兄弟」と陰では言われている。

エミリーは家族で一人、黒目がちでくりくりとした丸い瞳の持ち主だった。
それが彼女を幼く見せているのだが、常に遠慮ぎみな態度もあってか目立つ存在ではない。
しかし、よく見れば可愛らしい顔立ちをしているのがわかる。
華やかな貴族令嬢の中では埋もれてしまうが、三兄弟はエミリーの控えめな容姿も愛してやまなかった。

「あー、僕もエミィお姉様となら一緒に夜会に行ってみたいです。可愛いお姉様とダンスがしたかったなぁ」

頬を紅潮させながらエミリーの着飾った姿をうっとりと眺めていたショーンだったが、ふいに表情を引き締めるとエヴァンに向き直った。

「エヴァン兄、ちょっと嫌な予感がする。不穏な空気を感じるから、お姉様から目を離さないでよね」
「なに?夜会で何か起こるというのか?――まさか、クソバカポンコツスカポンタンじゃないだろうな?」

お兄様、まだその呼び名を使っているのですね……。
もしやお気に入りなのでは?

エミリーが苦笑しつつも兄に声をかける。

「お兄様、エリオット様からは本日の夜会でのエスコートは出来ないと文をいただいております。欠席なのではありませんか?」

そう、常識的な令息であれば、国王主催の夜会で婚約者をエスコートしないことなどありえない。
あらかじめエスコートを断ってきたということは、何かしらの理由で夜会を欠席せざるをえないからと考えるのが普通である。
『しかし、あのポンコツだぞ?ポンコツ過ぎて、こちらの予想の範疇を越える行動を起こすかもしれない。用心するに越したことはないな』と、エヴァンは独りごちた。

「そもそもアイツは今まで一度もパーティーでエミィをエスコートせず、贈り物だって花束一つ寄越したことがない非常識なヤツだ。今回に限って殊勝にも断りの文を寄越したっていうのが引っかかる」
「そうかしら?」
「僕も妙だと思う。文を送るなんて当然のことを、あのバカが普通に出来るわけがない。裏があるね」

文を書いただけで不審がられるというのもある意味凄いと思いつつ、エミリーはショーンの手を握った。

「大丈夫よ、あちらにはジェスお兄様もいらっしゃるし。ショーンこそお留守番気を付けてね?」
「はい!何かあったら僕も駆けつけますから」
「まあ、それは冗談でも心強いわ。それでは行ってくるわね」

エミリーはエヴァンに手を引かれて馬車に乗り込むと、夜会へと出発した。
ショーンが二人を見送った後も、難しい顔で王宮の方角を見つめていることなど知るよしもなかった。



◆◆◆



夜会は和やかに進行していた。
国王、王妃も入場し、挨拶とファーストダンスも問題なく終わり、人々はそれぞれ歓談したり、食事を摘んだりして過ごしている。
壁際で真面目に警固しているジェスが、時折エミリーと目が合うと少しだけ口角を上げて微笑む素振りをみせてくれる。
そのたびに令嬢から小さい歓声が湧き、本当はそばまで近付きたいエミリーは、小さく手を振って応えるだけで我慢していた。

「エヴァン、ちょっとこちらへ来てくれないか?」

王太子のステファンに突然呼ばれ、エヴァンがエスコート中のエミリーを心配して離れることを躊躇していると、エミリーの親友であるセレスとアリアーナが背後から現れ、そっとエミリーを両脇から挟んだ。

「エヴァン様、エミリーのことならわたくし達にお任せくださいな」
「しっかりガードしておきますから」

感謝の気持ちを込めて二人に軽く礼をすると、エヴァンはエミリーの元から去って行ったが、わずか数分後、会場の雰囲気は一変したのである。

「マリナード侯爵家の地味女、前へ出てこい!!」

エミリーの婚約者エリオットが、ダンスフロアの真ん中で大声で叫んでいる。
地味女とは酷い言い草だが、どうやらエミリーを呼んでいるらしい。

「は?あの男、エスコートを断ったくせになぜここにいるの?」
「あっ!他の女の腰を抱いているわ!一体どういうつもり!?」

セレスとアリアーナの苛立ちを耳にした勘のいい貴族連中は、即座に状況を理解したようでエリオットに冷たい目を向けた。
古い慣習を尊ぶ彼らにとって、婚約者を蔑ろにする行為は断じて許されない。

セレスが恐々と目線をやった方角には、この状況を面白そうに笑う国王とステファン殿下、目を細めて呆れ果てる王妃、そして青筋立てて怒気を放つエヴァンの姿があった。
そして壁の方では、「俺をエミィの元へ行かせてくれ!」と叫びながら、両腕を同僚の騎士に押さえつけられているジェスの姿が……。

『タウラー家のバカ息子、終わったわね……』

セレスの思いは居合わせた皆共通のもので、ポンコツ婚約者エリオットは一言発しただけですでに詰んでいたのだった。








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