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第十三章 松田要とツンデレ

第三話 要の彼女(偽)

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 元旦、親戚の集まりで子どもの相手をし、お年玉と称して根こそぎ持っていかれあちこち疲弊した要は、小倉駅三階のよく理紗とのデートの待ち合わせに使っていた改札の前にいた。適当に白いビニール袋にコンビニ帰りのようにアロマキャンドルを忍ばせて一年半ぶりの女を待つ。

「要!」

 変わらない甘い声がする。声のする方を見れば、こんなに寒いのにミニスカートに黒タイツを履いた理紗が現れる。茶色の髪に、ボブカット、そして大きな胸、身長は150センチくらいで、余計に胸の大きさが強調されている。

「……おう」
「何嫌そうな顔してんの?」

 腰に手を当て上目遣いで見上げてくる理紗の目の前に、要は袋をガサっとぶら下げる。

「ほらよ」
「不機嫌だね」

袋の横からヒョコッと不貞腐れた顔が現れ、袋はまだ要が握ったままだ。

「いいから受け取れって!」

理沙は距離を取り頑なに受け取ろうとしない。

「えー……渡したら直ぐ帰る気でしょ?」
「当たり前だろ!」
「久しぶりに会ったのに態度冷たくない? ねえ、ご飯行こうよ!」
「行かねえ。さっさと受け取れ、受け取らねえなら置いとくぞ」

要はその場に袋を置こうとしたがその腕を掴まれる。

「要……?」

潤んだ瞳と強調する谷間に昔なら一発だっただろうが、今はそれが不快でたまらない。自分の方へ引き寄せようとする理紗の腕を振り払えば、意外といった顔をされる。理紗はきっとこれで男を今まで落としてきて、要もこれで落ちたのかもしれないが今は違う。

そんな不満そうな顔をした理紗の表情が少しづつ変わる。

 「えっ?」
 「おっと。はっ?」

理紗の表情が変わったのと同時に何かが要の黒いダウンジャケットの腕にしがみついてきた。
それは女だった。

(誰だよ、この女)

「もしかして要の彼女?」

 要の腕にしがみついたのは見た事もない女で、一言も言葉を発さないが理紗の言葉にコクリと頷く。

「へぇ、彼女いたんだ。」

何が何だか分からない要を他所に、理紗は彼女と勘違いしているのか目つきが険しくなり、女は女でずっとしがみついている。

(ちょっとタイプかも……いやいや俺には仁がいるだろ)

久しぶりに女性に対してこんな気持ちを抱き少しむず痒くなってしまう。しかし恋人がいる為、その邪念を振り払う。
だが好奇心から視線だけ下へ動かす。鼻から下はマフラーで隠れているが、上から見下ろしている為口紅の色までしっかり見える。ダークブラウンのストレートのロングヘアーに、毛先を巻いてある前髪は最近よく若い子がしているのを見かける。その前髪の下の伏し目がちな目は黒のマスカラが塗ってあるのか太くて瞳はよく見えない。しかしこの位置からでも分かる切れ目はスッとしていて、誰かに似ている。要の視線に気が付いたのか少しだけ視線を上に向けたその目は……

「じ、仁っ?! 痛っ!」

激痛が走った場所を見ると、膝丈の紺のスカートから伸びた黒タイツの足が、履いているショートブーツで要の足を踏みつけていた。

(仁?!)

痛みに耐えながら視線を戻せばもうどこからどう見ても佐久間仁にしか見えなかった。ファンデーションとチークを塗っているが、薄いのか、あの白い肌を覆うことは出来ていない。何より目が仁だった。

「じん?」

 女に似つかわしくない名前に理紗が怪訝そうな顔をする。

「じ……」

 理紗の視線と、仁からの見えない圧力を感じてしまう。

「……」
「……」
「じ……ジンギスカンでも食ったのか? 何か匂うぞ?」

(さ、最悪だー!!!俺がジンギスカンにされちまう)

あまりの展開についていけない頭が出した何とも危険な匂いを孕んだ言い訳に、自分の未来が燃えてなくなる。

(落ち着け、落ち着くんだ俺。仁は広島にいる。この女は……)

 横目で確認する。

(……はい。佐久間仁さんです。)

「そんな匂いしないけど?」
「ほんのり恋人だけに香るジンギスカンなんだよ!」

もちろんジンギスカンの匂いなんてしないし、そんな空想的な香りも存在しないが、理紗にはどうでもいいようだ。

「やっぱり彼女なんだ……こんばんは、私、松田要君の元カノの理紗って言います!」

ニコッと笑い仁に近づこうとする。この距離感を感じさせない笑顔と性格が昔は好きだった。

「……」

なぜ無言なのか、その謎が解けた今、この状況をどうにかしなければならない。

「恥ずかしがり屋なんだよ、近づくな!」

要は背中に仁を隠す。

「そうなのー? 要の好きなタイプとちょっと違くない?」

理沙は回り込んで仁を見ようとする。

 「どこがだよ、どんぴしゃタイプに決まってんだろ」
 「確かにこんな顔の子が好きとは言ってたけど……こんな無口好きだった? 背も女にしては高いし、昔は私が一番タイプだって言ってくれてたじゃん。それにさ……ね?」

要を奪いたい理沙は容赦なく仁を攻める。その悪魔の人差し指は仁の胸をさしていた。

(最低だろ……)

要はこんなあからさまに相手を卑下しマウントしようとする女と付き合っていた事が今更ながらショックだ。理紗が指さした先にはもちろん全く膨らんでいない胸だった。

「当たり前だろ! だってこいつ……」
「こいつ……?」

(男ですなんて言えねえ……)

要は必死に頭を回転させる。

「だってこいつ……今から成長するタイプの胸なんだよ!」

(するか!)

隣の仁は思わず要に突っ込みを入れてしまう。
どうやら柴にお願いした女装は上手くいったようで、ここまでくる間誰も仁を不審には思っていなかった。
しかし、要により早くもばれそうになっている。

「えっ? 未成年なの?」
「ちげえよ! 3……さ……さあ……いくつだったけなあ?」

引きつった笑顔を向けてくるが、その表情以上にやばいこの状況をどうにかする術は持っていない。
逃げるしかないと判断し、掴んでいる要の腕をクイクイと引っ張れば、

「とりあえずもういいだろ! それ持って帰れよ!」

と、その場を離れようとしてくれる要だったが、逃げ道は理紗によって塞がれる。

「そんなにその子が良いわけ?」
「当たり前だろ!」
「人の事は仕事が大切って振っといて?」

理紗から洩れた別れの原因に、仁は少し前の自分たちが重なり思わず声を出してしまう。

 「えっ? ……ッ」

急いで口元のマフラーをギュッと握ったが、もはや蚊帳の外のような状態になっている仁の声に気が付く様子もなく二人はヒートアップしていく。

「振ってねえだろ! 理紗が勝手に俺を振ったんだろ!」
「だって要が仕事ばっかりするからじゃん!」
「社会人なんだから当たり前だろ!」

仕事を優先されて要を振った女は今の状況には不満があるといった顔になる。

「でもまた彼女作ってんじゃん!」
「こいつはいいんだよ!」

もう一度理沙は仁を上から下まで見らる。営業でもこんな目で見られることもないせいか、仁の身が引き締まる。

「でも私の方が……」

意地になる理紗が言いたいことは分かる。胸が大きい、可愛い、背だって小さくて要にぴったり、性格は仁には理解できないが、要のタイプだったから付き合っていたのだろう。
それに隠しているが何より今要の隣にいるのは男だ。どんな罵倒でも受ける覚悟で仁は唇を噛みしめた。
だが、要は理沙の口を開かせない。

「何回も言わせんな」

低い要の声が聞こえる。

「こいつは特別なんだよ」

口角にも力を入れて緩むのをどうにか抑える。仁はマスカラで半分になった視界から理紗を見れば、感情が行き場をなくして力なくこちらを指さし、少し震えていた。

「でも昔は……」
「昔は昔だ。あん時は理紗が良かったかもしれない。でもこいつはそれ以上なんだ。悪いけど俺はこいつじゃないと駄目なんだよ」

理沙は力強い要の返答にゆっくりと指を下ろして、顔を歪ませ後ずさりながら駅に背を向ける。悔しさと悲しみを纏った後ろ姿は震えていた。
大通りに向かうために階段を降りていく理紗が見えなくなり、ようやく腕から手を離そうとしたが、要に肩をがっしり掴まれて引き寄せられる。そしてそのまま広告が貼ってあるだけのガラス窓の前に仁を連れていく。

頬をかきながら仁と視線を合わせない要が弱弱しい声を出す。

「一応確認するけどさ……」
「しなくていい」
「今の声だけで十分です」

顎を取られ上を向かされる。

「やべっ、まじ女だ」

 不名誉な言葉なのに嬉しく感じ視線をずらしてしまった。

「……帰る」
 「ちょっと待てよ! え……と……仁子?」
「最低、ジンギスカン男」
 「あれは…ああもう! とりあえずお前ん家いくぞ。あんまりこの姿見られたくない。俺だけのもんだから」
「……馬鹿じゃないの」
「馬鹿だよ、どうせ。ほら」

 要が手を出し、仁は重ねず躊躇う。迷っている白い手を要は強引に握った。

「今なら大丈夫だろ……どう見たって男女のカップルだ」

要のその言葉に、仁は握り直したが、ゆっくりと離す。

「離すなよ。大丈夫だって……お前本当に女みたいだから」
「違う」

そのまま指をからめる。

 「っ!! ……本当、俺にはお前しかいねえわ」

ギュッと握り返してくる要と……初めて恋人つなぎをした。
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