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第2部
迷子
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「ねぇ、あの屋台って何を売ってるの? あれって何のジュース?……あっ、見て! あっちで何かやってる!」
隣ではしゃぐ少女に、リューシは既視感を覚えた。この少女が空から降って来た日も、こんな風に喧しく質問攻めに遭っていた。自分の災難はあそこから始まったのだ。思い出したくもない。
結局、リューシはミハネと街に出る羽目になった。しつこくせがまれ仕事に支障が出たというのもあるが、やはり、侍女1人だけのお供で返すわけにはいかなかった。万一何かあれば、とばっちりを食うのは自分だ。こんな観光旅行の真似事をしている暇はないが、致し方ない。
目立たぬようにとわざわざローブのフードを被せているというのに、それが意味を為さない程騒いではとリューシは諦め半分で隣のミハネを見下ろす。
──本来、護衛であるリューシは彼女の少し後を歩かなければならないが、今は横並びになっている。というのも、ミハネがべったりくっついているのだ。恋人同士がするようにリューシの左腕に両腕を絡ませ、かれこれ30分もこの状態だ。歩きにくいといったらない。どういうつもりなのか知らないが、皇妃に皇后がベタベタするというのは異様だ。一体この娘は自分を何だと思っているのか。
しかし、それよりも気になるのは後ろからついて来るミエリャという侍女の挙動だ。
不自然にこちらを凝視するかと思えば、目が合った瞬間に逸らされる。一挙一動を監視しているかのようなその視線は、異様な光景に対する興味のみではないだろう。しかも、合間には何やらメモを取っているらしい。
何の為なのか、 意図が読めない。
「ミハネ様、そろそろ帰らねば皇帝陛下が心配なさるのでは?」
不審な侍女に然り気無く注意を向けつつ、あちらこちらを歩きたがるミハネに進言するが、彼女は「大丈夫、大丈夫!」と聞かない。
「リューシが一緒なんだから安心でしょっ?」
そう笑って一層腕にしがみついてくる。またミエリャから視線を感じた。
どいつもこいつも、何だというのだ。
「……陛下は私を快く思っておりません。私といたと知られる前に戻るのが得策でしょう」
突き放すように言うが、ミハネは「そんな事ないもん」とフードの下で頬を膨らませた。世の中ではこういうものを“可愛い”と言うのだろう。あざとい仕草に嫌気が差す。
「ラディはリューシの事誤解してるんだよ。こんなに優しくてカッコいいのに、何で『近づくな』なんて言うんだろ」
優しくて、カッコいい?
誰が。
ろくに人となりも知らず、なぜそう言い切れる。
顔をしかめそうになったその時、甲高い子供の声が耳についた。反射的に辺りを見回せば、膝の破れたズボンを履いた4、5歳の少年が泣いている。迷子だろうか。 あんなに大声で泣き喚いているのに、声を掛ける者はいない。
「リューシ?」
「いえ、何でも」
子供というのは非合理的な生き物だ。
何かあれば解決策を練る事もせずに泣く。それが最高の打開策だとでも言うように、ひたすら大声を上げて涙を溢れさせる。泣けば誰かが助けてくれると信じていられるのはそう長い期間ではないというのに。
あの少年はいつまであそこで泣いているつもりなのだろう。リューシは無感動に眺めた。
なあ、皇后サマ。
あんたの言う「優しくてカッコいいリューシ」なら、あの子に声を掛けてやるんだろう。「大丈夫だ」なんて無責任な台詞で安心させてやるのだろう。
あんた知ってるか?
俺は、そうはしない。
「あれ? あの子って迷子なんじゃない?」
リューシの視線を辿り、ミハネが声を上げた。絡めていた腕が解かれ、直ぐに子供の方へ駆けて行く。
「ねえボク、迷子になっちゃったの?」
屈んで子供の顔を覗き込み、猫撫で声で話し掛ける。が、子供は答えない。ただただ珠のような涙の粒を幼い頬に零すばかりだ。
「ね、お話してくれなきゃわかんないよ? お姉さんが一緒に探してあげるから……」
大丈夫大丈夫と頭を撫でて落ち着かせようと努めているらしいが、効果はない。子供はまるでミハネを視界に入れていなかった。彼の前にあるのは、自分がたった一人で往来の中に取り残されたという事実のみである。
これでは埒が明かない。チッと舌打ちし、リューシは子供に近寄った。
「おい」
威圧的な声に泣き声がピタリと止む。子供はびっくりしたような表情で目を瞬かせた。
「誰とはぐれた」
わざと屈まずに見下ろして問う。子供は酸素の足りない金魚の如く口を開閉し、やっとの事で「ママ」という単語だけを絞り出した。
「どこで」
「あめやさん……」
あめやさん。
そこの角にある飴屋か。
20m程先にある小さな飴屋を見やり、リューシは少年に視線を戻した。
「飴屋ではぐれて、どうした」
「えっと……」と口ごもり、少年は記憶を探るように目をキョロキョロさせる。
「ママがいなくなっちゃって……ぼく、そとにでた」
「もう一度飴屋に戻ってみろ」
「え……」
「お前の母親は恐らくそこにいる。いなくてもそこに捜しに来る」
よくある話だ。
ちょっと親の姿の見えなくなったのに驚いて、子供が外に飛び出してしまう。大抵の子供はその場で待つという選択肢を持ち合わせていない。
「さっさと行け」
低く言えば、少年は飛び上がって駆け出す。彼が飴屋の前に差し掛かった時、一人の女性が走り出て勢い良く抱き締めたのが見えた。
「行きましょう」
ポカンとしているミハネを促す。返事を待たずに歩き出せば慌ててついてきた。勿論、腕を組むのも忘れずに。
隣ではしゃぐ少女に、リューシは既視感を覚えた。この少女が空から降って来た日も、こんな風に喧しく質問攻めに遭っていた。自分の災難はあそこから始まったのだ。思い出したくもない。
結局、リューシはミハネと街に出る羽目になった。しつこくせがまれ仕事に支障が出たというのもあるが、やはり、侍女1人だけのお供で返すわけにはいかなかった。万一何かあれば、とばっちりを食うのは自分だ。こんな観光旅行の真似事をしている暇はないが、致し方ない。
目立たぬようにとわざわざローブのフードを被せているというのに、それが意味を為さない程騒いではとリューシは諦め半分で隣のミハネを見下ろす。
──本来、護衛であるリューシは彼女の少し後を歩かなければならないが、今は横並びになっている。というのも、ミハネがべったりくっついているのだ。恋人同士がするようにリューシの左腕に両腕を絡ませ、かれこれ30分もこの状態だ。歩きにくいといったらない。どういうつもりなのか知らないが、皇妃に皇后がベタベタするというのは異様だ。一体この娘は自分を何だと思っているのか。
しかし、それよりも気になるのは後ろからついて来るミエリャという侍女の挙動だ。
不自然にこちらを凝視するかと思えば、目が合った瞬間に逸らされる。一挙一動を監視しているかのようなその視線は、異様な光景に対する興味のみではないだろう。しかも、合間には何やらメモを取っているらしい。
何の為なのか、 意図が読めない。
「ミハネ様、そろそろ帰らねば皇帝陛下が心配なさるのでは?」
不審な侍女に然り気無く注意を向けつつ、あちらこちらを歩きたがるミハネに進言するが、彼女は「大丈夫、大丈夫!」と聞かない。
「リューシが一緒なんだから安心でしょっ?」
そう笑って一層腕にしがみついてくる。またミエリャから視線を感じた。
どいつもこいつも、何だというのだ。
「……陛下は私を快く思っておりません。私といたと知られる前に戻るのが得策でしょう」
突き放すように言うが、ミハネは「そんな事ないもん」とフードの下で頬を膨らませた。世の中ではこういうものを“可愛い”と言うのだろう。あざとい仕草に嫌気が差す。
「ラディはリューシの事誤解してるんだよ。こんなに優しくてカッコいいのに、何で『近づくな』なんて言うんだろ」
優しくて、カッコいい?
誰が。
ろくに人となりも知らず、なぜそう言い切れる。
顔をしかめそうになったその時、甲高い子供の声が耳についた。反射的に辺りを見回せば、膝の破れたズボンを履いた4、5歳の少年が泣いている。迷子だろうか。 あんなに大声で泣き喚いているのに、声を掛ける者はいない。
「リューシ?」
「いえ、何でも」
子供というのは非合理的な生き物だ。
何かあれば解決策を練る事もせずに泣く。それが最高の打開策だとでも言うように、ひたすら大声を上げて涙を溢れさせる。泣けば誰かが助けてくれると信じていられるのはそう長い期間ではないというのに。
あの少年はいつまであそこで泣いているつもりなのだろう。リューシは無感動に眺めた。
なあ、皇后サマ。
あんたの言う「優しくてカッコいいリューシ」なら、あの子に声を掛けてやるんだろう。「大丈夫だ」なんて無責任な台詞で安心させてやるのだろう。
あんた知ってるか?
俺は、そうはしない。
「あれ? あの子って迷子なんじゃない?」
リューシの視線を辿り、ミハネが声を上げた。絡めていた腕が解かれ、直ぐに子供の方へ駆けて行く。
「ねえボク、迷子になっちゃったの?」
屈んで子供の顔を覗き込み、猫撫で声で話し掛ける。が、子供は答えない。ただただ珠のような涙の粒を幼い頬に零すばかりだ。
「ね、お話してくれなきゃわかんないよ? お姉さんが一緒に探してあげるから……」
大丈夫大丈夫と頭を撫でて落ち着かせようと努めているらしいが、効果はない。子供はまるでミハネを視界に入れていなかった。彼の前にあるのは、自分がたった一人で往来の中に取り残されたという事実のみである。
これでは埒が明かない。チッと舌打ちし、リューシは子供に近寄った。
「おい」
威圧的な声に泣き声がピタリと止む。子供はびっくりしたような表情で目を瞬かせた。
「誰とはぐれた」
わざと屈まずに見下ろして問う。子供は酸素の足りない金魚の如く口を開閉し、やっとの事で「ママ」という単語だけを絞り出した。
「どこで」
「あめやさん……」
あめやさん。
そこの角にある飴屋か。
20m程先にある小さな飴屋を見やり、リューシは少年に視線を戻した。
「飴屋ではぐれて、どうした」
「えっと……」と口ごもり、少年は記憶を探るように目をキョロキョロさせる。
「ママがいなくなっちゃって……ぼく、そとにでた」
「もう一度飴屋に戻ってみろ」
「え……」
「お前の母親は恐らくそこにいる。いなくてもそこに捜しに来る」
よくある話だ。
ちょっと親の姿の見えなくなったのに驚いて、子供が外に飛び出してしまう。大抵の子供はその場で待つという選択肢を持ち合わせていない。
「さっさと行け」
低く言えば、少年は飛び上がって駆け出す。彼が飴屋の前に差し掛かった時、一人の女性が走り出て勢い良く抱き締めたのが見えた。
「行きましょう」
ポカンとしているミハネを促す。返事を待たずに歩き出せば慌ててついてきた。勿論、腕を組むのも忘れずに。
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