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第4話
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それからというもの、毎週金曜日にとなり部屋の本田さん家に通う日々が始まった。
手土産は決まって猫缶や猫のおもちゃ。
仔猫には、本田さんがキセキという名前を付けた。
あれから半年。
あの日、今にも死にそうだったキセキは、すくすくと成長して今では立派なお猫様だ。
毛並みは白と茶の斑模様で、耳は小さめ。大きな目は、猫らしくなく少し垂れていて、そんなところがまた可愛い。
キセキが来てから、僕の中でなにかが変わっていった。
仕事以外では、ほぼ引きこもりのような日々を送っていた僕。
週一で玄関を抜けるようになったからか、毎日ちゃんとした服を着るようになって、キセキの餌を飼うために買い物にもよく出るようになった。
こころなしか仕事も楽しく思えてきて、前向きになれているような気がする。
そして、それは本田さんも同じだったようで。
本田さんは、僕が来ない日はコンビニ弁当やカップラーメンで済ませてしまうようだったけれど、僕が来る金曜日は必ず、手の込んだ晩ご飯を用意してくれた。
栄養に悪いからと、僕が来ない日もちゃんとしたものを食べるように指摘すると、彼女は再び差し入れをくれるようになった。
彼女の言い分によると、ひとり分の料理では逆にお金がかかってしまうのだという。
それからは、仕方なく、僕は食費を渡して差し入れを受け取ることにした。
そんな日が、さらに半年続いたある日のことだった。
「――帰省?」
「はい。いい加減、母に帰ってこいと言われてしまいまして」
「いいんじゃないですか。親もひとり娘の顔が見たいんでしょう」
「じゃあ、キセキのことをおまかせしてもいいですか!?」
「あぁ……そうなるのか」
思わず額を押さえた。
「母は猫アレルギーなので、連れて行けないんです。ほかに頼れるひともいないですし……お願いします!」
ぱん、と顔の前で手を合わせ、頭を下げる本田さんに、僕は深いため息を漏らす。
「ペットホテルとか……」
「そんなのダメです! あんな狭いところに押し込められたら、キセキが可哀想です!」
……まぁ、分からなくもないけれど。
ふと、彼女が少し悲しそうに微笑んだ。
「……野上さんがそんなにキセキを引き取りたがらないのは、過去に飼ってたミィちゃんのことですか」
ぴくりと手が止まる。
「……あぁ、そういえばしましたっけ、そんな話」
たしか、キセキの里親を決める話で揉めたときに少し漏らした程度だったかと思うが。
「野上さんは、ミィちゃんを助けられなかったことをずっと後悔してたんですよね。だからもう、生き物は飼わないって」
「…………」
自分のせいで自分よりも弱いいのちが失われてしまったら、きっとすごく辛い。しかも、それが子供の頃の経験ならなおさらです。
彼女はそう呟き、目を伏せた。
「でも、野上さんに助けられたミィちゃんは、きっと幸せだったと思いますよ」
「……君になにが分かるんだよ」
「……すみません」
「……いや。……僕のほうこそごめん。……たしかにミィは、僕が助けたことで少しは長く生きられたかもしれない。でも、僕が助けなかったら川に流されるだなんて苦しい思いはしなくても済んだかもしれない。ほかのひとに拾われていたら、今も生きていたかもしれない。そう思ったら、とてもじゃないけど……」
本田さんが、そっと僕の手を取る。
「後悔しない生き方なんてないですよ」
「え……」
「だから、野上さんの後悔はきっと正しい。でも……ミィはたぶん、そうやって野上さんが自分のことを引きずったまま生きることを望んではいないと思います」
その手はとても力強く、生命力に満ちていた。
僕はぐったりと力を抜く。
「……帰省はどれくらい?」
「一週間です」
「……まぁ、そのくらいなら」
「本当ですか!? ありがとうございます! えっと、じゃあキセキの荷物は全部まとめて野上さんの部屋に移動させましょう」
「そこまでするんですか? たった一週間なのに大袈裟じゃ」
「キセキにストレスがかからないようにするには、それがいちばんでしょう!」
「……ですね」
こうして、彼女の帰省に伴うキセキの引越しが始まった。
手土産は決まって猫缶や猫のおもちゃ。
仔猫には、本田さんがキセキという名前を付けた。
あれから半年。
あの日、今にも死にそうだったキセキは、すくすくと成長して今では立派なお猫様だ。
毛並みは白と茶の斑模様で、耳は小さめ。大きな目は、猫らしくなく少し垂れていて、そんなところがまた可愛い。
キセキが来てから、僕の中でなにかが変わっていった。
仕事以外では、ほぼ引きこもりのような日々を送っていた僕。
週一で玄関を抜けるようになったからか、毎日ちゃんとした服を着るようになって、キセキの餌を飼うために買い物にもよく出るようになった。
こころなしか仕事も楽しく思えてきて、前向きになれているような気がする。
そして、それは本田さんも同じだったようで。
本田さんは、僕が来ない日はコンビニ弁当やカップラーメンで済ませてしまうようだったけれど、僕が来る金曜日は必ず、手の込んだ晩ご飯を用意してくれた。
栄養に悪いからと、僕が来ない日もちゃんとしたものを食べるように指摘すると、彼女は再び差し入れをくれるようになった。
彼女の言い分によると、ひとり分の料理では逆にお金がかかってしまうのだという。
それからは、仕方なく、僕は食費を渡して差し入れを受け取ることにした。
そんな日が、さらに半年続いたある日のことだった。
「――帰省?」
「はい。いい加減、母に帰ってこいと言われてしまいまして」
「いいんじゃないですか。親もひとり娘の顔が見たいんでしょう」
「じゃあ、キセキのことをおまかせしてもいいですか!?」
「あぁ……そうなるのか」
思わず額を押さえた。
「母は猫アレルギーなので、連れて行けないんです。ほかに頼れるひともいないですし……お願いします!」
ぱん、と顔の前で手を合わせ、頭を下げる本田さんに、僕は深いため息を漏らす。
「ペットホテルとか……」
「そんなのダメです! あんな狭いところに押し込められたら、キセキが可哀想です!」
……まぁ、分からなくもないけれど。
ふと、彼女が少し悲しそうに微笑んだ。
「……野上さんがそんなにキセキを引き取りたがらないのは、過去に飼ってたミィちゃんのことですか」
ぴくりと手が止まる。
「……あぁ、そういえばしましたっけ、そんな話」
たしか、キセキの里親を決める話で揉めたときに少し漏らした程度だったかと思うが。
「野上さんは、ミィちゃんを助けられなかったことをずっと後悔してたんですよね。だからもう、生き物は飼わないって」
「…………」
自分のせいで自分よりも弱いいのちが失われてしまったら、きっとすごく辛い。しかも、それが子供の頃の経験ならなおさらです。
彼女はそう呟き、目を伏せた。
「でも、野上さんに助けられたミィちゃんは、きっと幸せだったと思いますよ」
「……君になにが分かるんだよ」
「……すみません」
「……いや。……僕のほうこそごめん。……たしかにミィは、僕が助けたことで少しは長く生きられたかもしれない。でも、僕が助けなかったら川に流されるだなんて苦しい思いはしなくても済んだかもしれない。ほかのひとに拾われていたら、今も生きていたかもしれない。そう思ったら、とてもじゃないけど……」
本田さんが、そっと僕の手を取る。
「後悔しない生き方なんてないですよ」
「え……」
「だから、野上さんの後悔はきっと正しい。でも……ミィはたぶん、そうやって野上さんが自分のことを引きずったまま生きることを望んではいないと思います」
その手はとても力強く、生命力に満ちていた。
僕はぐったりと力を抜く。
「……帰省はどれくらい?」
「一週間です」
「……まぁ、そのくらいなら」
「本当ですか!? ありがとうございます! えっと、じゃあキセキの荷物は全部まとめて野上さんの部屋に移動させましょう」
「そこまでするんですか? たった一週間なのに大袈裟じゃ」
「キセキにストレスがかからないようにするには、それがいちばんでしょう!」
「……ですね」
こうして、彼女の帰省に伴うキセキの引越しが始まった。
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