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革命編 五章:決戦の大地
異変の予兆
しおりを挟む魔鋼で形成された遺跡によって浮遊する同盟都市は、ガルミッシュ帝国の在る大陸を揺らしながら地盤ごと地面から引き抜かれる。
しかし真の『聖人』へ進化した傭兵エリクと帝国皇子ユグナリスが同盟都市に侵入した事で、ウォーリスはその二人を排除すべく自ら動く決断を見せた。
その間に邪魔が入らぬように、側近アルフレッドは未来の魔導人形軍を操る者達に対する戦術行動を開始する。
対象となるその場所は、最も落とし易い状況へ陥っているガルミッシュ帝国の帝都だった。
皇国から赴いたグラドを含む独立兵団の若い兵士達は、帝都の生存者達を箱舟に乗せて安全地帯まで避難させようと乗船を補助する。
長く険しい戦いの中で疲弊し負傷した兵士達も集められ、その中には飛竜と女勇士パールも含まれていた。
一方で再び姿を現した合成魔獣達の知らせを聞いた帝国宰相セルジアスは、フォウル国の戦士達と共に避難までの時間稼ぎを行おうとする。
しかし覚悟し貴族街の内壁屋上まで戻ったセルジアスが見たのは、見覚えの無い様々な魔導人形達が押し寄せる合成魔獣達と激戦を行う光景だった。
「――……アレは、魔導人形……。まさか、魔導国の救援も来てくれているのか……!?」
セルジアスは合成魔獣と戦う魔導人形を一目見て、それが魔導国の救援ではないかと考える。
しかし実情は異なり、突如として現れた銀色の魔導人形に魔導国から派遣されている人員達は歓喜以上の困惑が浮かび上がっていた。
「……あんな高性能な魔導人形、魔導国でも見た事が無い……」
「知らない機構ばかりだ……。魔導砲を腕に付けて、しかも変形までするなんて……」
「動物型の魔導人形までいるぞ……。どうやって四足獣の動きを、あの小さな機構で再現してるんだ……!?」
「空を飛んでる魔導人形までいるぞ……!?」
「……あんな巨大な質量の魔導人形が、どうやって自重を支えてるんだ……?」
拘束されていない魔導技師や魔法師達はそう呟き、魔導国の技術ですら辿り着いていない魔導人形達の存在に驚きを浮かべる。
そして彼等が言うように多種多様な魔導人形が存在し、瘴気を帯びた合成魔獣達を相手に互角以上の戦いを繰り広げていた。
『――……』
「グギォオオアアッ!!」
球体型の魔導人形は赤い単眼を輝かせ、両腕の魔導砲で地上を這う中型から小型の合成魔獣達を焼却していく。
それを免れた小型の合成魔獣達に対しては、四足獣型の魔導人形が鋭く尖り振動しながら動く牙で噛みつきながら抑え込むように援護していた。
空から襲って来る鳥獣型の合成魔獣に対しては、飛行型の魔導人形達が相手を行う。
未来では手に備えられた剣だけで戦う飛行型だったが、現代では外付け用の魔導砲銃で迎撃しながら空を飛ぶ合成魔獣達を撃ち落としていた。
更に未来でケイルやグラド達が戦った巨人型魔導人形は、大型の合成魔獣達に素早い殴打を浴びせながら吹き飛ばしている。
それに抗いながら巨人型魔導人形に噛み付く合成魔獣達の咬筋力は、その銀色の金属で出来た魔導人形の機体を引き裂く事も出来なかった。
大小様々な魔導人形達が連携によって、再侵攻して来た合成魔獣達は勢いを弱める。
更に戦術的にも理に叶った布陣で敷かれる魔導人形達は、見事に合成魔獣達を足止めさせながら排除できていた。
そうした光景が暗闇の中で薄らと視えるセルジアスに、背後から声が掛かる。
そこに居たのは、フォウル国の救援を差し向けてくれた妖狐族クビアだった。
「――……凄いわねぇ。魔導人形」
「クビア殿……。……あの魔導人形は、魔導国の救援でしょうか?」
「そうだって言いたいとこだけどぉ。あんなヤバそうな魔導人形を作ってたらぁ、流石に『子』の魔人達が黙ってないはずよぉ。巫女姫様が知ったらぁ、絶対に壊させるわねぇ」
「では、アレは魔導国の魔導人形ではないと……?」
「そうねぇ、『青』なら何か知ってそうだけどぉ。……まぁ、見る限り今は敵ではなさそうだしぃ、大丈夫じゃなぁい? 魔人 も合成魔獣《アレ》の相手をするのも大変そうだしぃ」
クビアはそう言いながら、魔導人形達の背後で身構えているフォウル国の戦士達を見る。
死霊となり瘴気を帯びた合成魔獣を倒す事は、例えフォウル国の魔人であっても容易ではない。
エリクやユグナリスのように巨大な生命力を攻撃に転換して瘴気ごと肉体を滅ぼすか、魔導人形達のように吸収できない程の照射速度と破壊力の魔力攻撃を浴びせなければ、あの合成魔獣達を倒すのは不可能だった。
あのままフォウル国の戦士達と合成魔獣達が激突すれば、勝敗は合成魔獣が圧倒する形で終わっただろう。
そしてそのまま貴族街まで合成魔獣が乗り込み、避難を終えていない生存者達が今度こそ全て喰われ尽くしていたに違いない。
クビアは悪魔化したベイガイルとの戦いで瘴気を帯びた合成魔獣達の危険性を正しく理解しており、思考の中でそうした結論を得られている。
そんなクビアを見るセルジアスは、秘かに魔法学園で助けてくれた【魔王】と名乗る魔導人形の操縦者を思い出す。
この事態にもウォーリスと敵対している【魔王】が関わっている可能性を考慮しながら、クビアに対してセルジアスは状況を伝えた。
「……皇国から救援が来ました。避難民達は、あの空から来た箱舟に乗せて、ゼーレマン侯爵領地に避難させます」
「それは良いとしてぇ、あの船でも全て避難させるのは相当に時間が掛かりそうねぇ」
「はい。なのでそれまでの時間稼ぎを、フォウル国の方々に御願いしたい。頼まれてくれますか?」
「戦士達についてはぁ、向こうの干支衆達と応相談ってことでぇ」
「分かりました、では取次ぎを御願いします。……そしてクビア殿には、転移魔術で避難民の脱出を御願いしたい」
「あらぁ、いいのぉ? 私が前線から離れちゃうけどぉ」
「今は魔導人形によって持ち堪えていますが、疲弊した者達の治療や物資も無い帝都でを、守り続けるのは難しい。今は一人でも多く、この危険な場所から脱出させる方が先決です」
「……具体的にどうすればいいかしらぁ?」
「帝都に転移魔術の準備を行ってから、クビア殿も箱舟に乗ってゼーレマン侯爵領地へ。そして向こうと帝都を行き来しながら、可能な限り転移魔術で市民達や兵士達を避難できるよう御助力を御願いします」
「……分かったわぁ。とりあえずぅ、先に干支衆達に話を着けちゃうわねぇ」
「御願いします。私も乗り込ませる騎士を通じて、皇国側に貴方も連れて行って頂くよう伝えます」
セルジアスの決断を聞いたクビアは、それに応じる形で了承する。
そして帝都に赴いている干支衆達がセルジアスの下に集められ、箱舟とクビアを用いた避難方法と同時に、それが終わるまでの時間稼ぎを伝え頼んだ。
それを聞いた三人の干支衆は、特に反対する様子も無く応じる。
「――……別に構わねぇぞ。元々、お前等が撤退するまでは面倒は見るつもりだったからな」
「私も良いけどぉ、最後になって置いていかないでよ?」
「うむ」
「……ありがとうございます。皆さん」
干支衆である『虎』インドラと『兎』ハナ、そして『亥』ガイはそれぞれに頼まれ事に応じると、セルジアスは頭を前に傾けながら感謝を伝える。
そして避難手段から方針まで決まった後、各々に動き出す中でセルジアスは拡声用の魔道具と通信用の簡易魔道具を用いながら壁を守護する兵士達に伝えた。
『――……皇国から赴いた箱舟と、フォウル国の魔術師殿が使う転移魔術を用いて、帝都から避難を行います!』
「!」
『防衛に助力してくれていた市民は、箱舟が着陸した場所で家族の下に合流してください。疲弊している兵士も、今から指定する場所へ集まってください。最優先は市民達の避難ですが、最終的には兵士である貴方達も避難してもらいます!』
「た、助かるのか……。……俺達……?」
『皆、今までよくやってくれました! 我々は帝都を放棄し、誰一人として見捨てずに、皆で落ち着きながら、騎士達の誘導に従いながら避難を開始してください!』
「……ぁ、ぁあ……っ」
セルジアスが各兵士達や市民達にそう伝え、避難の開始を告げる。
年明けの合成魔獣襲撃から約二日間、絶え間ない不安と絶望に襲われ続けた生存者達は、セルジアスが伝える言葉に様々な感情の涙を浮かべながら震えながら握り締めていた武器を手放した。
そしてセルジアス自身や騎士達の誘導により、兵士達や市民達が避難の為に集められる。
貴族街に居るのは兵士を含めて四万人弱であり、魔法学園に避難している者達を含めて五万人程が生存している形となっていた。
集められる場所は箱舟が着陸できる広場周辺と、クビアが大規模な転移魔術用に用いる魔符術が敷かれた広場。
更に魔法学園の校庭にもクビアの魔符術が敷かれ、転移魔術で学園内から脱出できるようになった。
そうした準備を行う中で、皇后クレアやシエスティナ、そしてクビアを乗せた箱舟の第一陣がゼーレマン侯爵領地へ出発する。
パールも飛竜に騎乗して箱舟の護衛を行い、共に侯爵領地へと向かった。
箱舟の帰りを望むように待つ者達は、更なる異変が起きない事を祈る。
そして夜空を見上げながら、箱舟が再び来る事を待ち望んだ。
それから一時間程が経過し、クビアの紙札が敷かれた広場に魔力の光が灯る。
するとそこから現れるクビアが、セルジアスを含めて集まる者達に微笑みながら伝えた。
「――……オッケーよぉ。向こうは安全そうだからぁ、迎えに来たわぁ」
「……や、やったぁああっ!!」
クビアの帰還によって懸念していたゼーレマン侯爵領地の安否が確認でき、周囲が歓喜の声を上げる中でセルジアスは安堵の息を漏らす。
そしてクビアの転移魔術と往復する箱舟の移動により、帝都の生存者達は着々と避難を始めた。
魔力の耐性が低い者や重傷者は箱舟で運ばれ、それ以外の者達はクビアの転移魔術でゼーレマン侯爵領地に移る。
ゼーレマン侯爵家はその避難民達を受け入れながら休める場所を提供し、北方領地の医者や治癒魔法師を集めて負傷者の治療を施した。
それ等が何往復も続けられながら、『青』が予測した通り五万人弱の生存者達は次の日の明朝にはゼーレマン侯爵領地への避難が完了する。
最後はクビアの転移魔術でフォウル国の戦士達と共に崩壊した帝都を去るセルジアスは、押し寄せていた数万体の死体と合成魔獣達を殲滅したボロボロ魔導人形達に視線を注ぐ。
そして顔を前に傾けながら、無言の感謝を伝えた。
しかし頭を上げた後、セルジアスは信じ難い光景を見る。
朝日が出た空に映し出されているソレは、セルジアスに息を飲み込ませながら事態の深刻さを改めて感じさせていた。
「――……大地が、あんな高さに浮いている……。……ユグナリス。君は、そこに居るのか……?」
答えの無い問い掛けを空に浮かぶ巨大な大地に向けながら、セルジアスは渋い表情を浮かべる。
そしてこの事態で自分は何も出来る事は無いのだと無意識に悟り、背を向けながらクビアの転移魔術でゼーレマン侯爵領地へ移動した。
こうして追い詰められていた帝都の生存者達は、救援に赴いた箱舟とクビアの活躍によって無事に窮地を脱する。
しかし空に浮かぶ大地が帝国の空に映し出されている光景は、想像し難い異変の予兆であることを皆に感じさせていた。
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