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12.アズ・ポーン2
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七月一日。金曜日に、友也から連絡があった。
LINEだった。
『会いたい』って。それだけ。
このメッセージだけ見たら、彼女に送るメッセージみたいだけど、そんなつもりじゃないことは、もちろん、わかっていた。
『いいよ』と返した。
大学が終わってから、赤坂にあるカフェで、会うことになった。このあたりに、友也の家があるらしい。
あたしの方が先についた。
十分くらいして、ふらっと、目の前に友也が現れた。たぶん、友也だった。
「……友也?」
別人みたいになっていた。いつもきれいにしてるストレートの髪が、ぼさぼさ。寝おきみたいだった。
くたびれたトレーナーは、部屋着みたいに見えた。下は、色あせて灰色になった、ブラックジーンズ。
ほんとに友也かなって、二度見したくらいだった。
「友也。どうしたの?」
「歌穂さん」
「お父さん、亡くなったの?」
「うん。だけど、……つらいのは、そのことじゃない」
「どういうこと?」
「歌穂さんに、話していいのかな」
「いいよ。話したいことがあるから、あたしに会いたかったんじゃないの?」
「うん。ちょっと、座らせて」
友也が、あたしの正面に座った。
やつれていた。顔がけわしい。
「いったい、どうしちゃったの……?」
「ちゃんと話すよ。すみません。ブレンドコーヒーください。
歌穂さんは、頼んだ?」
「まだ……。同じものを、もうひとつ」
店員の人に言った。じっくり選んでる時間は、なさそうだった。
「ごめんなさい。二人とも、ケーキセットにしてください。モンブランで」
「……ケーキ、食べるの?」
「甘いものが食べたくなった。最近、食欲がなくて……。
歌穂さんと一緒だったら、食べられるかもと思って」
「いいけど。ものすごい顔してるの、わかってる?」
「うん。世界が、変わっちゃったみたいだ。景色が、前とは、ぜんぜん違って見える……。
僕、しゃべれてる?」
「うん」
「休んでたんだ。大学。
行く気になれなくて……」
「お父さんのことが、ショックだったから?」
「うん。でも、歌穂さんが思ってるような理由じゃないよ」
「どういうこと?」
「ここじゃ、話しづらいな。出てから、少し歩いて、公園でもいい?」
「うん。いいよ」
二人でケーキセットを食べた。
友也は、少しずつ口に運んでいた。おっくうそうだった。
カフェを出てから、友也についていった。迷いのない足どりだった。よく知ってる道なのかもしれない。
そこそこ広い公園には、遊具がなかった。誰もいない。
友也とベンチに座った。
「話してもらっていい?」
「うん」
友也は、少し落ちついたみたいだった。右手の手のひらで、目をごしごしとこすってから、その手を下ろした。
「父さんから、遺言をもらった。『天国に、金は持っていけない』って」
「……え?」
「僕の家は、日本の三大富豪のひとつなんだ」
「えぇ?」
「西園寺家、神代家、北斗家。これが、三大富豪」
「そうなんだ。それで?」
「父さんから、日記を渡された。それから、それ以外のものも。
読んでみて、父さんが……」
言葉につまった。友也の目から、涙があふれてくる。
泣きくずれてしまった。
両手で、目もとを隠している。友也の肩は、ふるえていた。
痛い。友也の痛みが、空気から伝わってくるみたいだった。
「無理しないで。ゆっくりで、いいから」
「ごめんなさい」
少ししてから、顔から手が離れた。
ポケットティッシュを渡した。友也が受けとって、涙のあとを拭いた。
「お父さんの日記には、なにが書いてあったの?」
「すべてが。父さんは、犯罪者だった……」
ぞくっとした。冗談を言ってる声じゃなかった。
そもそも、こういう冗談が言える子じゃないってことは、出会った頃からわかっていた。
「それは、あたしじゃなくて、警察の人に言わないと」
「言えない……。まだ、確証がない。父さんの妄想かもしれない。
だけど、真実かも、しれない。
妄想なら、誰かに話す必要はない。真実なら、もちろん話さないといけない。
今はまだ、僕以外は、誰も知らない。
父さんの日記を持ってる僕が、なんとかしないと……」
「本当かどうか、調べたいってこと?」
「うん。あの日記に書かれてることが、妄想か、真実か、ちゃんと調べたい。
そのためには、日記に書かれてた人や、施設に、裏をとらないと……。
でも、誰にでも相談できる話じゃない。信頼できる人じゃないと、だめだ。
北斗家の名誉に関わることだから……。
それで、思い浮かんだのが、歌穂さんだった」
「あたし?! あたしは、ちがうと思う……。
あ、でも、待って。あたしの彼が、その……弁護士なの。
友也の名前は伏せておいて、相談できる人を紹介してもらうことは、できるかも」
「ほんとに?」
「うん。少し、時間をもらえる?」
「ありがとう……。すごくうれしい。
ひとみには、できない話だと思ったんだ。でも、歌穂さんだったら、僕に引きずられたりしないで、冷静に、僕の話を聞いてくれるんじゃないかと思った」
「買いかぶりすぎだよ。そりゃあ、多少は、修羅場を経験したりも、したけど……」
デリヘルの仕事は、毎日が戦場で、修羅場だった。
そういう気配って、どんなに隠そうとしても、ばれちゃうんだな……と思った。
だけど、友也には、あの仕事をしていたことは言いたくなかった。
LINEだった。
『会いたい』って。それだけ。
このメッセージだけ見たら、彼女に送るメッセージみたいだけど、そんなつもりじゃないことは、もちろん、わかっていた。
『いいよ』と返した。
大学が終わってから、赤坂にあるカフェで、会うことになった。このあたりに、友也の家があるらしい。
あたしの方が先についた。
十分くらいして、ふらっと、目の前に友也が現れた。たぶん、友也だった。
「……友也?」
別人みたいになっていた。いつもきれいにしてるストレートの髪が、ぼさぼさ。寝おきみたいだった。
くたびれたトレーナーは、部屋着みたいに見えた。下は、色あせて灰色になった、ブラックジーンズ。
ほんとに友也かなって、二度見したくらいだった。
「友也。どうしたの?」
「歌穂さん」
「お父さん、亡くなったの?」
「うん。だけど、……つらいのは、そのことじゃない」
「どういうこと?」
「歌穂さんに、話していいのかな」
「いいよ。話したいことがあるから、あたしに会いたかったんじゃないの?」
「うん。ちょっと、座らせて」
友也が、あたしの正面に座った。
やつれていた。顔がけわしい。
「いったい、どうしちゃったの……?」
「ちゃんと話すよ。すみません。ブレンドコーヒーください。
歌穂さんは、頼んだ?」
「まだ……。同じものを、もうひとつ」
店員の人に言った。じっくり選んでる時間は、なさそうだった。
「ごめんなさい。二人とも、ケーキセットにしてください。モンブランで」
「……ケーキ、食べるの?」
「甘いものが食べたくなった。最近、食欲がなくて……。
歌穂さんと一緒だったら、食べられるかもと思って」
「いいけど。ものすごい顔してるの、わかってる?」
「うん。世界が、変わっちゃったみたいだ。景色が、前とは、ぜんぜん違って見える……。
僕、しゃべれてる?」
「うん」
「休んでたんだ。大学。
行く気になれなくて……」
「お父さんのことが、ショックだったから?」
「うん。でも、歌穂さんが思ってるような理由じゃないよ」
「どういうこと?」
「ここじゃ、話しづらいな。出てから、少し歩いて、公園でもいい?」
「うん。いいよ」
二人でケーキセットを食べた。
友也は、少しずつ口に運んでいた。おっくうそうだった。
カフェを出てから、友也についていった。迷いのない足どりだった。よく知ってる道なのかもしれない。
そこそこ広い公園には、遊具がなかった。誰もいない。
友也とベンチに座った。
「話してもらっていい?」
「うん」
友也は、少し落ちついたみたいだった。右手の手のひらで、目をごしごしとこすってから、その手を下ろした。
「父さんから、遺言をもらった。『天国に、金は持っていけない』って」
「……え?」
「僕の家は、日本の三大富豪のひとつなんだ」
「えぇ?」
「西園寺家、神代家、北斗家。これが、三大富豪」
「そうなんだ。それで?」
「父さんから、日記を渡された。それから、それ以外のものも。
読んでみて、父さんが……」
言葉につまった。友也の目から、涙があふれてくる。
泣きくずれてしまった。
両手で、目もとを隠している。友也の肩は、ふるえていた。
痛い。友也の痛みが、空気から伝わってくるみたいだった。
「無理しないで。ゆっくりで、いいから」
「ごめんなさい」
少ししてから、顔から手が離れた。
ポケットティッシュを渡した。友也が受けとって、涙のあとを拭いた。
「お父さんの日記には、なにが書いてあったの?」
「すべてが。父さんは、犯罪者だった……」
ぞくっとした。冗談を言ってる声じゃなかった。
そもそも、こういう冗談が言える子じゃないってことは、出会った頃からわかっていた。
「それは、あたしじゃなくて、警察の人に言わないと」
「言えない……。まだ、確証がない。父さんの妄想かもしれない。
だけど、真実かも、しれない。
妄想なら、誰かに話す必要はない。真実なら、もちろん話さないといけない。
今はまだ、僕以外は、誰も知らない。
父さんの日記を持ってる僕が、なんとかしないと……」
「本当かどうか、調べたいってこと?」
「うん。あの日記に書かれてることが、妄想か、真実か、ちゃんと調べたい。
そのためには、日記に書かれてた人や、施設に、裏をとらないと……。
でも、誰にでも相談できる話じゃない。信頼できる人じゃないと、だめだ。
北斗家の名誉に関わることだから……。
それで、思い浮かんだのが、歌穂さんだった」
「あたし?! あたしは、ちがうと思う……。
あ、でも、待って。あたしの彼が、その……弁護士なの。
友也の名前は伏せておいて、相談できる人を紹介してもらうことは、できるかも」
「ほんとに?」
「うん。少し、時間をもらえる?」
「ありがとう……。すごくうれしい。
ひとみには、できない話だと思ったんだ。でも、歌穂さんだったら、僕に引きずられたりしないで、冷静に、僕の話を聞いてくれるんじゃないかと思った」
「買いかぶりすぎだよ。そりゃあ、多少は、修羅場を経験したりも、したけど……」
デリヘルの仕事は、毎日が戦場で、修羅場だった。
そういう気配って、どんなに隠そうとしても、ばれちゃうんだな……と思った。
だけど、友也には、あの仕事をしていたことは言いたくなかった。
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