上 下
130 / 206
12.アズ・ポーン2

1-1

しおりを挟む
 七月一日。金曜日に、友也から連絡があった。
 LINEだった。
 『会いたい』って。それだけ。
 このメッセージだけ見たら、彼女に送るメッセージみたいだけど、そんなつもりじゃないことは、もちろん、わかっていた。
 『いいよ』と返した。

 大学が終わってから、赤坂にあるカフェで、会うことになった。このあたりに、友也の家があるらしい。
 あたしの方が先についた。
 十分くらいして、ふらっと、目の前に友也が現れた。たぶん、友也だった。
「……友也?」
 別人みたいになっていた。いつもきれいにしてるストレートの髪が、ぼさぼさ。寝おきみたいだった。
 くたびれたトレーナーは、部屋着みたいに見えた。下は、色あせて灰色になった、ブラックジーンズ。
 ほんとに友也かなって、二度見したくらいだった。
「友也。どうしたの?」
「歌穂さん」
「お父さん、亡くなったの?」
「うん。だけど、……つらいのは、そのことじゃない」
「どういうこと?」
「歌穂さんに、話していいのかな」
「いいよ。話したいことがあるから、あたしに会いたかったんじゃないの?」
「うん。ちょっと、座らせて」
 友也が、あたしの正面に座った。
 やつれていた。顔がけわしい。
「いったい、どうしちゃったの……?」
「ちゃんと話すよ。すみません。ブレンドコーヒーください。
 歌穂さんは、頼んだ?」
「まだ……。同じものを、もうひとつ」
 店員の人に言った。じっくり選んでる時間は、なさそうだった。
「ごめんなさい。二人とも、ケーキセットにしてください。モンブランで」
「……ケーキ、食べるの?」
「甘いものが食べたくなった。最近、食欲がなくて……。
 歌穂さんと一緒だったら、食べられるかもと思って」
「いいけど。ものすごい顔してるの、わかってる?」
「うん。世界が、変わっちゃったみたいだ。景色が、前とは、ぜんぜん違って見える……。
 僕、しゃべれてる?」
「うん」
「休んでたんだ。大学。
 行く気になれなくて……」
「お父さんのことが、ショックだったから?」
「うん。でも、歌穂さんが思ってるような理由じゃないよ」
「どういうこと?」
「ここじゃ、話しづらいな。出てから、少し歩いて、公園でもいい?」
「うん。いいよ」

 二人でケーキセットを食べた。
 友也は、少しずつ口に運んでいた。おっくうそうだった。

 カフェを出てから、友也についていった。迷いのない足どりだった。よく知ってる道なのかもしれない。

 そこそこ広い公園には、遊具がなかった。誰もいない。
 友也とベンチに座った。
「話してもらっていい?」
「うん」
 友也は、少し落ちついたみたいだった。右手の手のひらで、目をごしごしとこすってから、その手を下ろした。
「父さんから、遺言をもらった。『天国に、金は持っていけない』って」
「……え?」
「僕の家は、日本の三大富豪のひとつなんだ」
「えぇ?」
西園寺さいおんじ家、神代かみしろ家、北斗ほくと家。これが、三大富豪」
「そうなんだ。それで?」
「父さんから、日記を渡された。それから、それ以外のものも。
 読んでみて、父さんが……」
 言葉につまった。友也の目から、涙があふれてくる。
 泣きくずれてしまった。
 両手で、目もとを隠している。友也の肩は、ふるえていた。
 痛い。友也の痛みが、空気から伝わってくるみたいだった。
「無理しないで。ゆっくりで、いいから」
「ごめんなさい」
 少ししてから、顔から手が離れた。
 ポケットティッシュを渡した。友也が受けとって、涙のあとを拭いた。

「お父さんの日記には、なにが書いてあったの?」
「すべてが。父さんは、犯罪者だった……」
 ぞくっとした。冗談を言ってる声じゃなかった。
 そもそも、こういう冗談が言える子じゃないってことは、出会った頃からわかっていた。
「それは、あたしじゃなくて、警察の人に言わないと」
「言えない……。まだ、確証がない。父さんの妄想かもしれない。
 だけど、真実かも、しれない。
 妄想なら、誰かに話す必要はない。真実なら、もちろん話さないといけない。
 今はまだ、僕以外は、誰も知らない。
 父さんの日記を持ってる僕が、なんとかしないと……」
「本当かどうか、調べたいってこと?」
「うん。あの日記に書かれてることが、妄想か、真実か、ちゃんと調べたい。
 そのためには、日記に書かれてた人や、施設に、裏をとらないと……。
 でも、誰にでも相談できる話じゃない。信頼できる人じゃないと、だめだ。
 北斗家の名誉に関わることだから……。
 それで、思い浮かんだのが、歌穂さんだった」
「あたし?! あたしは、ちがうと思う……。
 あ、でも、待って。あたしの彼が、その……弁護士なの。
 友也の名前は伏せておいて、相談できる人を紹介してもらうことは、できるかも」
「ほんとに?」
「うん。少し、時間をもらえる?」
「ありがとう……。すごくうれしい。
 ひとみには、できない話だと思ったんだ。でも、歌穂さんだったら、僕に引きずられたりしないで、冷静に、僕の話を聞いてくれるんじゃないかと思った」
「買いかぶりすぎだよ。そりゃあ、多少は、修羅場を経験したりも、したけど……」
 デリヘルの仕事は、毎日が戦場で、修羅場だった。
 そういう気配って、どんなに隠そうとしても、ばれちゃうんだな……と思った。
 だけど、友也には、あの仕事をしていたことは言いたくなかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

セヴンス・ヘヴン

BL / 連載中 24h.ポイント:1,087pt お気に入り:7

【R18】カラダの関係は、お試し期間後に。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:165

沈むカタルシス

BL / 連載中 24h.ポイント:291pt お気に入り:31

【R18】 義理の弟は私を偏愛する

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:1,525

【R18】その後の世界で君とともに

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:18

お屋敷メイドと7人の兄弟

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:72

【R18】僕と妹の濃密な朝

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:19

【BL】できそこないΩは先祖返りαに愛されたい

BL / 完結 24h.ポイント:882pt お気に入り:561

処理中です...