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29.もどかしいすれ違い① ◇
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今週は月曜からバタバタしていて、今日は午前中に経営企画会議、昼からは新店オープンのための視察の仙台への出張、日帰りとはいえスケジュールに追われてる。
「草壁さん、大丈夫ですか」
「悪い。今行く」
移動を利用して、昼食は弁当を新幹線の中で食べる予定になり、買ったばかりの弁当とお茶が入ったビニール袋を持って新幹線に乗り込んだ。
(久々だな、この感じ)
昨夜は少し時間に余裕があったし、人気のイベント戦闘でボスが落とすドロップアイテムにも興味があって、〈グラズヘイム〉にログインしたけど、瑞穂とはすれ違ってしまった。
働く環境が変わって必死になってることは、正月休みに会った時に充分伝わって来たし、引き続き自分の可能性を信じて頑張って欲しいと思ってる。
(でも俺のこと、ちょっとは真面目に考えてくれてるのか)
不意にそんな自分勝手な感情が、心に染み出したインクみたいに黒く広がっていく。
分かってはいる。瑞穂は誰より努力家だし、彼女には今が原動力になる夢を持っていることも。
だけどこんな気持ちになるのは、瑞穂にプロポーズをして、彼女がそれを受けてくれたことに少なからず安堵があったからだろう。
彼女が俺のそばにいることを望んでくれたのが嬉しい反面、それは近い将来なのか、それとももっと先のことなのか、女々しくもそればかりが気になってしまう。
(今すぐじゃなくていいって、俺が言ったことなのにな)
プロポーズを受けてくれたからって、瑞穂の人生を丸ごと手に入れたなんて烏滸がましい考えは、きっと持つべきじゃない。
「そういえば、草壁さん分かりますかね。ヴィヌム・ホルトゥスの東京店に異動してきたスタッフなんですけど」
弁当を広げながら適当な相槌を打っていた俺に、出張に同行している営業部の里中さんが、突然違う話をし始めた。
「ん? ごめん、ちょっと考え事してた。東京店がどうかした?」
「草壁さんは覚えてないかもしれませんね。東京店の若狭の後任で、シェフソムリエ任されたのが赤西さんなんですけど、彼女凄く頑張ってるみたいですよ」
「へえ、頼もしいね」
急に瑞穂の名前が出て動揺しつつ、それが顔に出ないように平静を装う。
「仕事も丁寧だし、早速スタッフやお客様からの評判もいいらしくて、岡内店長が珍しく褒めてましたよ」
「岡内さんが? それは凄いね」
「そうなんですよ。まあ前任が若狭だったんで、ハードル下がっちゃってるのかもしれませんけど」
「若狭みたいな奴を、世渡り上手って言うのかな」
「小狡いだけだと思いますけどね」
里中さんは鼻を鳴らすと、また別の話をし始めた。
瑞穂が褒められたり評価されるのは俺としても嬉しいことだし、こうして人伝にいい話を聞くと鼻が高くなる。
だけどそれと同時に、才能ある彼女に望まない選択をさせる日が来てしまうんじゃないかと、今頃になってプロポーズを早まってしまったんじゃないかと後悔が生まれる。
(どうすりゃいいんだろうな……)
仙台での視察は思ったよりも順調に進み、五号店を出店する候補として現実味が帯びてきた。
そしてうちの商品を卸しているデパートやレストランへの挨拶回り済ませると、ようやく夕方の新幹線で東京に戻り、会社で実務をこなしているうちに気がついた頃には八時を過ぎていた。
「そろそろ帰るか」
パソコンを落として部屋を出ると、まだ残っている社員にあまり遅くならないように声をかけてオフィスを出る。
瑞穂は今日が休みのはずだ。
連絡を取ろうかとも思ったけど、久々の休みだろうし邪魔しても悪い。
昨夜寝る前に連絡を入れたけど、帰宅が遅かったのか入れ違いになってしまって、今朝お詫びのメッセージが届いていた。
「こんな風に、すれ違っていくのかな」
ダメなことばかりに目がいって、まだ始まりもしていないのに酷く憂鬱な気分になる。
瑞穂と付き合うことを決めた時から、こんな風に私生活ですれ違うことは充分承知してたはずだ。それなのに僅かに期待したのは、彼女の転勤で物理的な距離が埋まったからか。
(近くにいても、そう簡単にはいかないよな)
考えが甘かったとか、すぐに自分を追い込むような思いが浮かぶ。
前田のことがあって、俺とって恋人を作るとか結婚なんてものは許されないと思ってきた。
実際に舞美さんは俺を許さなかったし、俺自身も幸せになんてなっちゃいけないと信じて疑わなかった。
誰にも本当のことなんて打ち明けられない中、気を利かせた清次郎から瑞穂を紹介された。
「草壁さん、大丈夫ですか」
「悪い。今行く」
移動を利用して、昼食は弁当を新幹線の中で食べる予定になり、買ったばかりの弁当とお茶が入ったビニール袋を持って新幹線に乗り込んだ。
(久々だな、この感じ)
昨夜は少し時間に余裕があったし、人気のイベント戦闘でボスが落とすドロップアイテムにも興味があって、〈グラズヘイム〉にログインしたけど、瑞穂とはすれ違ってしまった。
働く環境が変わって必死になってることは、正月休みに会った時に充分伝わって来たし、引き続き自分の可能性を信じて頑張って欲しいと思ってる。
(でも俺のこと、ちょっとは真面目に考えてくれてるのか)
不意にそんな自分勝手な感情が、心に染み出したインクみたいに黒く広がっていく。
分かってはいる。瑞穂は誰より努力家だし、彼女には今が原動力になる夢を持っていることも。
だけどこんな気持ちになるのは、瑞穂にプロポーズをして、彼女がそれを受けてくれたことに少なからず安堵があったからだろう。
彼女が俺のそばにいることを望んでくれたのが嬉しい反面、それは近い将来なのか、それとももっと先のことなのか、女々しくもそればかりが気になってしまう。
(今すぐじゃなくていいって、俺が言ったことなのにな)
プロポーズを受けてくれたからって、瑞穂の人生を丸ごと手に入れたなんて烏滸がましい考えは、きっと持つべきじゃない。
「そういえば、草壁さん分かりますかね。ヴィヌム・ホルトゥスの東京店に異動してきたスタッフなんですけど」
弁当を広げながら適当な相槌を打っていた俺に、出張に同行している営業部の里中さんが、突然違う話をし始めた。
「ん? ごめん、ちょっと考え事してた。東京店がどうかした?」
「草壁さんは覚えてないかもしれませんね。東京店の若狭の後任で、シェフソムリエ任されたのが赤西さんなんですけど、彼女凄く頑張ってるみたいですよ」
「へえ、頼もしいね」
急に瑞穂の名前が出て動揺しつつ、それが顔に出ないように平静を装う。
「仕事も丁寧だし、早速スタッフやお客様からの評判もいいらしくて、岡内店長が珍しく褒めてましたよ」
「岡内さんが? それは凄いね」
「そうなんですよ。まあ前任が若狭だったんで、ハードル下がっちゃってるのかもしれませんけど」
「若狭みたいな奴を、世渡り上手って言うのかな」
「小狡いだけだと思いますけどね」
里中さんは鼻を鳴らすと、また別の話をし始めた。
瑞穂が褒められたり評価されるのは俺としても嬉しいことだし、こうして人伝にいい話を聞くと鼻が高くなる。
だけどそれと同時に、才能ある彼女に望まない選択をさせる日が来てしまうんじゃないかと、今頃になってプロポーズを早まってしまったんじゃないかと後悔が生まれる。
(どうすりゃいいんだろうな……)
仙台での視察は思ったよりも順調に進み、五号店を出店する候補として現実味が帯びてきた。
そしてうちの商品を卸しているデパートやレストランへの挨拶回り済ませると、ようやく夕方の新幹線で東京に戻り、会社で実務をこなしているうちに気がついた頃には八時を過ぎていた。
「そろそろ帰るか」
パソコンを落として部屋を出ると、まだ残っている社員にあまり遅くならないように声をかけてオフィスを出る。
瑞穂は今日が休みのはずだ。
連絡を取ろうかとも思ったけど、久々の休みだろうし邪魔しても悪い。
昨夜寝る前に連絡を入れたけど、帰宅が遅かったのか入れ違いになってしまって、今朝お詫びのメッセージが届いていた。
「こんな風に、すれ違っていくのかな」
ダメなことばかりに目がいって、まだ始まりもしていないのに酷く憂鬱な気分になる。
瑞穂と付き合うことを決めた時から、こんな風に私生活ですれ違うことは充分承知してたはずだ。それなのに僅かに期待したのは、彼女の転勤で物理的な距離が埋まったからか。
(近くにいても、そう簡単にはいかないよな)
考えが甘かったとか、すぐに自分を追い込むような思いが浮かぶ。
前田のことがあって、俺とって恋人を作るとか結婚なんてものは許されないと思ってきた。
実際に舞美さんは俺を許さなかったし、俺自身も幸せになんてなっちゃいけないと信じて疑わなかった。
誰にも本当のことなんて打ち明けられない中、気を利かせた清次郎から瑞穂を紹介された。
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