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119.寂しさの理由

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「これだけ準備するのは、大変だったでしょう。持って来るのも」 

 敷物の上に座り用意された食事を改めて見て、私は、ほう、と息を吐いた。 

「いえ。若様が、私共にも使えるように改良した空間倉庫を貸してくださいましたので、すべてそこから取り出すだけでした」 

 そう答えたのは、恐縮しきりで敷物に座るバーナビー。 

 いざ食事を、となった時、当然のように私とパトリックさまだけを座らせようとした皆さんに我儘を言い、私は皆さんも一緒に食べたいと訴えた。 

 食事の量は充分だし、敷物の広さも充分。 

 侍女や護衛騎士の方と一緒の食卓を囲むのは余りよくないことではあるけれど、折角このように解放された場所なのだからみんなで楽しくしたい、と言った私に、パトリックさまが笑って折れてくれたので実現した。 

  

 感謝です、パトリックさま。 

 

「空間倉庫と言えば。ローズマリー様。島へ行かれた際は、違う魔道具を見たのではありませんか?」 

 何故か、くすくすと楽しそうに笑いながら言うメイナードさまに私は頷きを返す。 

「はい。とても貴重で便利だと思われる魔道具を拝見しました。恐縮するくらいでしたわ」 

 あの凄い魔道具を思い出し、そしてそれが創作された経緯を思い出して、私はふるふると頭を振ってしまう。 

「恐縮、ということは、あの魔道具をあの日の為に創り出した、というのはご存じなのですね。では何故、空間倉庫ではなく、あれを用意したと思いますか?」 

「それもお聞きしました。わたくしの手を煩わせないためだと」 

 嬉しく思い出して答えれば、メイナードさまが驚いた顔をされた。 

「そこまで説明したのですね。パトリックさまにしては上出来です」 

「お前。何目線だよ?」 

「そうですね。究極のへたれっぷりを見て来ましたので、感慨も一入ひとしおなのです」 

 しみじみと言うメイナードさまに、パトリックさまが苦い表情になる。 

「究極のへたれ」 

「大正解、言い得て妙でしょう」 

 それでもメイナードさまは、飄々とした態度をくずされない。 

 

 凄いです。 

 公爵家の皆様ばりです。 

 私も、あれくらい小気味よくパトリックさまとお話ししたいです。 

 

「ローズマリー。こんなのに憧れなくていいからね」 

 すると私の考えを見越したように、はあ、と大きな息を吐くパトリックさま。 

 

 そんな、ちょっと色っぽい仕草も素敵です。 

 

 などと騒ぐ恋愛脳を押さえ、私は誤魔化すようにサンドウィッチに手を伸ばした。 

「そういえば、ローズマリー様は初めてのランチデートでパトリック様とオープンサンドを召し上がったのですよね?」 

「はい、そうです」 

 ランチデートと言われると少し気恥ずかしい、と目線を落としてしまう私にメイナードさまが優しい笑みを零す。 

「あれもね。ああでもない、こうでもない、と場所やら何やら検証した結果なのですよ」 

「え?」 

「メイナード!」 

 意外な言葉にくるりとパトリックさまを見れば、何故か真っ赤になって焦っている。 

「ローズマリー様に絶対に喜んでもらうために、頑張っていらしたのです。水面下の努力ですね」 

 あの時、買い物も食べる場所も完璧にエスコートしてくれたパトリックさま。 

「まあ、そうだったのですね。改めまして、ありがとうございます。凄く楽しく嬉しかったですわ」 

 今更になってしまうけれど、と私が小さく頭を下げれば、パトリックさまが困ったように前髪をかきあげた。 

  

 わあ。 

 そんな、ちょっと野性味帯びた仕草も素敵です。 

 

 私はうっとりとパトリックさまを見かけ、んんっ、と気合を入れ直す。 

 今日は、恋愛脳が暴走気味です。 

 注意しなければ。 

 

 気合で何とか表面だけでも、と冷静さを保とうとしていると、パトリックさまが少し引き攣ったような笑顔を向けた。 

「俺が勝手にしたことだから、そんなに気にしなくていい」 

 

 その引き攣った笑み。 

 もしや、内面の恋愛脳を察知して? 

  

 と冷や汗をかいた私は、その言葉に心から安堵した。 

「でも、嬉しいですから」 

「いや。黙って格好つけていたのに、ばらされるとか」 

 何の罰だよ、とパトリックさまがため息を吐く。 

「ローズマリー様。パトリック様は、このように”良い格好しい”なんですよ」 

 いっそ清々しい笑顔で言い切るメイナード様をパトリック様が睨んでいるのがなんだか可愛くて、私はその頬をつついてしまった。 

「パトリックさま、可愛いです」 

 そして、声にしてしまった本心にパトリックさまが目を見開き、周りの皆さんは微笑ましく同意してくれる。 

 すると、パトリックさまが分かり易くふくれた。 

「パトリックさま。そんな、照れなくても」 

 そんな顔しても可愛いだけですよ、とは心のなかだけで。 

「照れているわけじゃない」 

「では、拗ねないでください」 

 また、頬をつつきたくなってしまいます。 

「そうさせたのは、ローズマリーだろう」 

「だって、本当のことです」 

「っ。尚悪い」 

 俺は格好いいと言われたい、と呟くパトリックさまが、不意に瞳を輝かせて私を見た。 

 

 え? 

 なんでしょう? 

 

「ローズマリー。俺は、あのサンドウィッチがとても美味しそうだと思う」 

「え?あ、はい。先ほどいただきましたが、白身のお魚のフライがさくさくでしたよ」 

「それ、食べたい」 

 甘えたように言うパトリックさまに、私はそれが意趣返しなのかと思いつつサンドウィッチを手渡そうとして。 

「パトリックさま?」 

 あーん、と、手を出すのではなく口を開けたパトリックさまに固まった。 

「パトリック様。振り切って甘えることにしたんですか?」 

 発言したのはメイナードさまだけだったけれど、皆さんの視線が同じことを言っている。 

「ぱ、パトリックさま」 

「俺の傷心、癒してくれるよね?」 

 ぱちん、とウィンクまで決めたパトリックさまに私も覚悟を決め、小さめのそのサンドウィッチをパトリックさまの口へと運んだ。 

「うん、美味しい。ローズマリーが食べさせてくれたから、尚のこと」 

 皆さんの前でとてつもなく恥ずかしかった私だけれど、パトリックさまのその笑顔ですぐに恥ずかしさなど忘れ、パトリックさまのことでいっぱいになってしまう。 

「わたくしも。パトリックさまの幸せそうなお顔が見られて、幸せです」 

 忘れていたわけではない、です、皆さんの存在。 

 ですが、その時の私とパトリックさまは、完全にふたりの世界を形成していて、崩しようもなかった、と。 

 後に、皆さんに遠い目をして言われてしまったのだった。 

 

 すみません、白状します。 

 皆さんの存在を忘れてはいませんでしたが、パトリックさましか見えていませんでした。 

 

 

 
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