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七十五、推しと秘密の共有
しおりを挟む「オリヴェル様!私は、前世からよそ見無しの一直線オリヴェル様最推しで、紛うことなく頑強な筋金入り。そして、その想いが強かったからか、今世はオリヴェル様と同じ世界に生まれることが出来て、嬉しく感謝の思いで生きて来ましたし、凱旋の折には、アストリッド様に特等席まで用意していただいて、オリヴェル様が見え始めた瞬間から、そのお背中が遠く霞んで見えなくなるまで、それはもうしつこいくらいにお出迎えお見送りしましたけれども、決してストーカーではないのです!信じてください!」
勢い込んで言うデシレアに、オリヴェルがぽつりと呟く。
「・・・・・ストーカー・・・」
「あああああ!だから、違います!それは、生まれ変わったら同じ世界に来ていて、幸いにも知り合うことができ、そのうえ契約とはいえ婚約者などという分不相応の立場にならせていただいて、しかもお邸に一緒に住まわせていただいている、それをとてつもない幸運だと思っていますし、自分でもその、運とはいえストーカーじみていると思ったこともあるのですが!でもすべて合法です!断固、ストーカーではありません。黙って後を付けたこともありませんし、お邸を覗いたこともありません。というか、連れて来ていただくまで、オリヴェル様のお住まいの場所など知りませんでしたし、許可をいただくまで、勝手に私的なオリヴェル様の姿絵を描いたこともありません!真っ白潔癖無実無罪なのです・・・・・あ、ありがとうございます」
言いたいことはすべて言い切った、と息を吐いたデシレアは、オリヴェルからカップを渡され、有り難く乾いた口と喉を潤した。
「ああ、何というか。色々内容が濃すぎて、ともかく混乱しているのだが。デシレアには、前世の記憶があるのか?」
「はい。といっても、自分に関しては、ひたすら働いて、オリヴェル様を愛でていた、という事しか覚えていないのですが」
「めで・・・っ」
「あ、すみません。オリヴェル様は、前世では物語に出て来る人物だったのですが、私、ほんっとうに好きで。映像化・・・ええと、文章だけでなくその動く姿絵が出回った時など、鑑賞用、保存用と買い揃えたくらい、唯一無二の癒しだったものですから」
何故か胸を張って言い切るデシレアに圧倒されつつ、オリヴェルは会話の継続を試みる。
「そ、そうか。その他に覚えていることは無いのか?」
「周りにあった物とか、使っていた物の記憶はあります。実は、岡持やラップもそういった知識で、私が生み出した訳ではないのです」
申し訳なさに身を縮めたデシレアに、しかしオリヴェルは不思議そうに首を傾げる。
「それは、他国の物を自国に伝えるようなものだろう?デシレアの知識であることに変わりは無いのだから、萎縮することは無い」
「オリヴェル様・・・」
感激して瞳を潤ませたデシレアは、オリヴェルが落ち着きなく眼鏡の縁を触り、デシレアを見ては目を逸らす、という動きを繰り返しているのを見て嬉しくなった。
「オリヴェル様。そんな風に照れながらも、そうやって私を認めてくださるの、すっごく嬉しいです」
「ん?ああ、いや。これは、そうではなく」
「え!?違うのですか?もしかして、認めてくれたと思ったのは、私の勘違い。その実、オリヴェル様は全否定、とかそういうことですか?」
ぎょっとして目を見開き言ったデシレアの言葉を、オリヴェルは即座に否定する。
「違う!・・・まったく。先ほどの俺の言葉を、どう聞けばそうなる。そちらは、それで合っている」
「そちらは?・・・では、そちらではない方があると?」
「ああ・・・その。デシレアの前世、で・・・こ、恋人などは居なかったのか?」
更に落ち着きなく眼鏡の縁を触り、視線をそわそわと彷徨わせながら言ったオリヴェルに、デシレアはあっさりと答えを返した。
「覚えていないので断言は出来ませんが、いなかったと思います」
「覚えていないのでは、分からないではないか」
やや不機嫌になったオリヴェルに、デシレアはとどめの言葉を告げる。
「いえ。いたかどうかの記憶はまったく無いのですが『愛だの恋だの愛しいだのという感情は、すべてオリヴェル様に捧げる!』と叫んでいたのは覚えているので、間違いないかと」
「っ・・・・それは。聞いている方が、恥ずかしいな」
「へ?・・・あ、あああああ!ご本人を前に暴露するとか!私の莫迦!なんてことを!うう・・・穴が無くとも、掘ってでも入りたいです。忘れてくださいぃ」
照れた様子で視線を彷徨わせながらのオリヴェルの言葉に、デシレアも漸くその事実に気づき、今更のように真っ赤になった。
「いや、しかしそれでいくと、前世のデシレアにとっても、俺が恋人だったということだな」
「とんでもない。恋人だなんて烏滸がましいです。月や太陽を崇めるかの如くの憧憬というか。『推しとは、遠くから見つめて尊ぶ物』と思っていました」
「推し?」
「大好きで、大好きで大好きで、大好きなひとのことです。あ、私にとってのオリヴェル様ですね」
「そ、そうか」
色々意味は含むかもしれないけれど、推しとは要はそういうこと、とデシレアが言い切ればオリヴェルが挙動不審にカップを持ち、そのまままた下ろした。
「あのう、オリヴェル様。やはりご迷惑でしょうか?見も知らぬ相手からそのように思われるなど、気持ち悪いですか?」
「それは無い。今も、英雄だなんだと言われて、見も知らぬ相手に声をかけられることもある。それと似たようなものなのだろう?」
「はい!その通りです。現世でも大人気のオリヴェル様、流石です」
目を輝かせて言うデシレアに、オリヴェルが不意に真顔になる。
「デシレアは?今、こうして近くに居る俺をどう思う?前世と同じように、憧憬や遠くから見つめて、などという存在なのか?」
「いいえ。今こうしてお傍にいさせていただくようになって、オリヴェル様は現実のひとなのだと日々実感しています。物語では分からなかった、オリヴェル様の可愛さや優しさ、家事も当たり前のようにやろうとする心意気や、子ども達の扱いが予想よりずっと上手なこと、言葉に心が籠っていることや、眼差しのやわらかさとかあたたかさ、そういったものを感じる度、オリヴェル様への想いは深くなって、そしてすごく尊敬もしています・・・あの、オリヴェル様?」
問われたのだから、と思いの丈を精一杯言葉にしたデシレアは、顔を両手で覆ってしまったオリヴェルに、どうかしたのかと声を掛けた。
「いや、なんというか。今も、虚像に対する想いのようなものしか抱いてもらえていないのかと不安になったのだが・・・その」
「そんな訳ないではありませんか。前世は虚像だったかもしれませんが、今は現実です。こうして会話もできますし、手だって繋げるのですから」
「では、俺と交わした契約を破棄して欲しい」
オリヴェルの言葉に、デシレアはひゅっと息を飲んだ。
「俺が言い出した事なのに、すまない。だが俺は、デシレアと契約などではなく、自ら共に在る事を望み合って婚約し、結婚したい」
「え?・・・ええと、それはつまり。あの契約を破棄して私との縁を切りたい、というお話ではないということですか?」
「違う。むしろ逆だ。そうか、先ほどの驚きは、そういった解釈によるものだったのか」
理解した、とオリヴェルは深く頷き、デシレアは混乱して、おろおろとオリヴェルの言葉を辿る。
「ええと・・・縁を切りたい訳ではないけれど、あの契約は破棄。でもって、お互い望み合って婚約して結婚・・・つまり?」
「俺は、君を好きになってしまったということだ」
真っ直ぐに目を見つめて言われた言葉に、デシレアは目を見開いたまま固まった。
「なるほど。山芋は里山のような所に生育するから、シェル子爵領ならと思ったわけか。一理あるな」
「ですが、気候風土の問題もありますから、実際にあるかどうかは不明なのです」
オリヴェルの告白を受け、半分ほど気を失ったデシレアだが、その想いを疎む筈もなく。
互いに契約書をさっさと破棄してしまうと、これからは普通の婚約者として関係を構築していくことで話はまとまった。
そして今、デシレアは山芋と米の入手が可能かどうか、オリヴェルと相談中である。
「それはそうだろうな。だが、探してみなければ確認も出来ない」
「私は、デシレアになってからは見た事も聞いたことも無いんですよね」
「俺も無い。王都だけでなく、どこの地域でも無いな」
「そうなのですね」
「ともかく、その特徴を教えてくれ。探させてみるから」
「はい。蔓性の植物なので、木などに絡みついていると思います。食べるのは、その根のような部分で、物によってはとてつもなく長いので、特殊な道具が必要になります」
そう言ってデシレアは、スコップを二つ向かい合わせたような、掘削用の道具を絵に描いた。
「これは?」
「これで、深く穴を掘れます。あ、井戸を掘る時にも使えますよ」
「ほう。それは、ブロルが嬉々として作りそうだな。あとは、何という穀物だったか」
「お米です。こちらも私はデシレアになってから見た事が無いのですが、麦と違って実った時に穂が垂れ下がります」
「俺も、見たことが無いな」
考え込むオリヴェルに、デシレアはこちらも絵で説明をする。
「小鳥が好んで食べます。実を収穫した後の藁も、色々な用途があるのです」
「なるほど」
頷くオリヴェルを見て、デシレアはくすぐったい思いを覚える。
「何だか不思議です。オリヴェル様とこうして前世のお話をするの」
「家族になったよう、か?しかし強ち間違ってはいないぞ。俺とデシレアは夫婦に」
「家族には、言っていないので」
「え?」
「あ、受け入れてもらえないと思ったのではなく、その、混乱させるだけだと思ったので。この話を知っているのは、アストリッド様とオリヴェル様だけです」
「そうなのか」
デシレアの言葉に、感じ入ったように言ったオリヴェルはしかし、次の瞬間眉を寄せた。
「しかし、ニーグレン公爵令嬢は知っている。しかも、俺より前に、家族にも言わなかったことを告げられている・・・うん。面白くない」
「お、オリヴェル様?」
「いや、君がニーグレン公爵令嬢を信頼していると知っているつもりだったが、その深さについては未だ未だ認識不足だった。以後、俺も負けないように努力する」
「え?いえ、そんな。おふたりはそれぞれ」
「分かっている。デシレアが、俺に向けてくれる気持ちと同じものを向けている相手などいた日には、即刻消し去っている」
「いませんので、ご安心ください」
真顔で言い切るオリヴェルに、デシレアはにこにこと頷きを返した。
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エール、ありがとうございます♪
応援ありがとうございます!
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