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第三話 ゴールデンバディと金継ぎ縁
4.
しおりを挟む騒ぎの発端となったニャン吾郎さんとたぬき親父さんに、響紀さんがたっぷりお灸を据えたあと。
私とキュウ助、そして狐月さんと響紀さんは、縁結びカフェに場所を移していた。
ちなみにコン吉先輩は、いまだに目を回したまま戻ってこないため、お店の奥の休憩スペースに狐月さんが運んでいった。抱っこされて連れて行かれるコン吉先輩がもはやどうみても小ぎつねにしか見えなくてら、勝手に可愛さに悶えたのは秘密だ。
カウンターに戻ってきた狐月さんは、さっそく響紀さんを手で指し示した。
「さて。あらためて紹介するよ。彼は響紀。前に少しだけ話した、僕の従兄弟だよ。そして彼女は水無瀬鈴さん。この春から、縁結びカフェでバイトをしてもらってるんだ」
「は、はじめまして」
好奇心を抑えきれず、頭を下げつつも私はちらちらと響紀さんを観察してしまう。
前に聞いた話によれば、響紀さんは狐月家に伝わる陰陽道を継承する、現代に生きる陰陽師だ。身に纏う青紫の唐衣といい、屋上での登場の仕方といい、まさに陰陽師のイメージにぴったりである。
一方で響紀さんも、椅子に座ったまま、まるで武士みたいにすっと頭を下げた。
「先程は突然、失礼しました。水無瀬さんのことは、お噂ではかねがね聞いています」
「私の噂、ですか? 誰がそんな物好きなことを」
「もちろん妖怪たちからです。彼らは水無瀬さんに好奇心いっぱいですからね」
ふっと笑った響紀さんに、私はどきりとしてしまった。ふんわり柔らかな印象の狐月さんとはタイプが違って、響紀さんは怜悧でシャープな印象のイケメンさんだ。
けれども表情が緩んだ途端、どことなく響紀さんと狐月さんは似てくる。
(狐月家って、みんな美形揃いなのかしら)
なんにせよ、真横に狐月さん、正面に響紀さんで眼福の極みである。
そんな阿呆なことを考えたところで、私はピンときた。
「もしかして、私が来る前に縁結びカフェを手伝っていたひとって……」
「ご明察。響紀だよ」
にこっと笑って狐月さんが頷く。そのあとに響紀さんも続いた。
「以前は俺も、寺川に拠点を置いていたからな。陰陽道の修行を行う傍ら、縁結びカフェに出入りしていたんだ」
「以前って、いまは寺川にいないんですか?」
「前当主だった僕らのおじいさまが、去年陰陽師を引退されてね。響紀は寺川だけじゃなくて、都内全体の妖怪トラブルを管轄するようになったんだ」
なるほど。現代の陰陽師は、密かに街とひと、妖怪たちを総合して守る仕事らしい。
(妖怪相手のお巡りさん? か、便利屋さんみたいなイメージなのかな?)
首を傾げつつ、私は同時に疑問に思った。
「けど、狐月家って、玉姫さまの子孫として寺川の妖怪たちを保護する役目もあるんですよね? なのに、当主の響紀さんが寺川を離れちゃっていいんですか?」
けれども響紀さんは、関心したように「うむ。詳しいな」と目を瞠ったあとで、首を振って否定した。
「それなら問題ない。寺川には俺の父をはじめ狐月の陰陽師がほかにもいるし、なによりここには想太がいるからな」
「え? 狐月さん?」
「ああ。想太がいれば、陰陽師を3人置くよりよほど頼りになる。先ほどもつい頭に血が上って手を出してしまったが、俺なぞいなくとも、想太ならすぐに場を納められただろう」
さわやかに言ってのける響紀さんは、大袈裟に言ったり、お世辞を言ったりするタイプには見えない。
「そんなことないよ」と狐月さんは謙遜して微笑んでいるけど、狐月さんの実力は響紀さんの評価の通りなのだろう。
(現役陰陽師にも一目置かれる響紀さんって一体?)
いささか疑問を抱く私の視線の先で、狐月さんがカウンター越しに首を傾げた。
「けど、どうしたの? 響紀、しばらく寺川に戻れないって言っていたよね」
「事情が変わってな。俺が追う、例のあやかしがこのあたりに出没したと報告があって……」
なんだか、すごく陰陽師っぽい会話に、私は勝手
にワクワクして耳をそばだててしまう。
けれどもその時、休憩室につながる扉がぱーん!と弾けるように開いた。
「ひびき!?」
「あ、コン吉パイセン……」
目が覚めたんだ、と思う間もなかった。
狐月さんに休憩室に運び込まれたはずのコン吉先輩が、つぶらな瞳をなにやらまん丸にして響紀さんを見ている。対する響紀さんも、振り向いた姿勢のまま、やや表情を険しくする。
(……え? なに、この空気?)
私が瞬きをするのとほぼ同時に、コン吉先輩は細い鼻面にしわを寄せて、響紀さんから目を逸らしてしまった。
「なんでひびきがいるんだよ。しばらく寺川には来ないんじゃなかったのか?」
「少し予定に変更が生じただけで、いちいち言うようなことじゃない。少なくともコン吉とは関係ないことだ」
(響紀さん??)
響紀さんも、なぜか私たちと話しているときとまったく違って、ひどくそっけなく答えた。戸惑う私の視線の先で、コン吉先輩は一瞬毛を逆立てさせてから、鋭く響紀さんを睨んだ。
「そうだよな。ひびきは優秀でお偉い狐月家の当主さまだもんな。とっくにバディを解消した役立たずの式神と、話す暇もないもんな」
「相変わらず卑屈だな。わざわざ否定してやる義理もないが」
さらりとした黒髪を揺らして、響紀さんはふいとそっぽを向いてしまう。とりつく島もない横顔にコン吉先輩はぎりと歯を食いしばる。
あ!と思った時には、コン吉先輩は再び店の奥に駆け込んでしまった。
気まずい空気が流れる中、狐月さんだけはどうじることなく、咎めるような視線を響紀さんに向けた。
「――響紀?」
「悪い、邪魔をした」
がたりと立ち上がり、響紀さんは財布からコーヒー一杯分のお金をカウンターに置く。
そして、変わらずにじとっと見つめる狐月さんの視線から逃れるように、私に頭を下げた。
「水無瀬さんも。突然おしかけた上、お見苦しいところをお見せし大変申し訳ない」
「え、あ、いえ! 私のことはお気になさらず」
私が慌てて胸の前で両手を振ると、響紀さんは少しだけ苦笑をした。それからもう一度だけ深くお辞儀をすると、そのまま縁結びカフェを出て行ってしまったのであった。
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