君に不幸あれ。

ぽぽ

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「そういえば言ってなかったけど、僕、今一人暮らしなんだ。親とは別居してる。」


静がそう切り出すと、玲は少しだけ驚いたように目を瞬かせた。


「そうなんだ。家に一人きりで寂しくない?」

「うん、全然大丈夫。」


その返事に、玲はそれ以上踏み込もうとしなかった。
理由を尋ねないのは、きっと玲なりの気遣いなのだろう。

そのことが静には嬉しかった。

いつかは、自分のことを全部話せる日が来ればいい。
そんな淡い願いを胸の奥にしまいながら、二人は並んで歩いた。

玲を自分の家に招待できる未来があるなんて、少し前までは想像もしていなかった。
その事実を噛み締めていると、ふいに玲の指先が静の手の甲に触れた。

驚いて顔を上げると、玲は柔らかな笑みを浮かべ、まっすぐ静を見ていた。


「今日は寒いね。」

「……うん。」


短い返事とは裏腹に、頬がじんわりと熱を持つ。
次の瞬間、玲の大きな手が、静の手の甲に触れる。


「静はいつでもあったかいね。」

「玲くんは、冷え性だね。」

「じゃあさ、俺が寒いって言ったら静があっためてよ。」

「……え?」

「冗談。」


そう言って笑う玲に、静は胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じた。

しばらく歩いて、静の家に着く。
畳敷きの一室は、一人で暮らすには十分な広さだが、体格のいい玲が入ると少しだけ手狭に感じられた。
それでも、不思議と息苦しさはなく、むしろ空間が満たされていくようだった。


「ここが静の家なんだ。」

「うん。もし、汚いところあったらごめんね……」

「ううん。全然綺麗でしょ。」

「そうかな……? 僕、友達の家とか行ったこと――」


そこまで言いかけて、静は言葉を飲み込んだ。

友達の家に行ったことがない。
その事実を口にすれば、玲に余計な気を遣わせてしまう気がした。

二人きりになるのは珍しくないはずなのに、なぜか落ち着かない。

飲み物を出した方がいいのか、座布団は足りているか、何かお菓子を用意すべきだったか。
考えが次々と頭を巡り、気づけば部屋の中を行ったり来たりしていた。

せっかく招待したのに、ほとんど何も準備できていない。
そんな自分が情けなくなった、そのとき。


「静、おいで。」


玲が静の腕を掴み、優しく引き寄せた。


「でもっ……」

「いいよ。大丈夫、大丈夫。」


穏やかな声が耳元で響き、張り詰めていた気持ちが少しずつほどけていく。
静が隣に腰を下ろすと、玲は自然な仕草で頭に触れ、肩へと預けさせた。

玲の香りが、静を包み込む。
昼間、女子生徒の甘い香水を嗅いだときには嫌悪感しかなかったのに、玲の匂いは不思議と心を落ち着かせた。


「あのね、今日、渡したいものがあって。」

「渡したいもの?」

「そう。これ……」


静は大切に用意していたプレゼントを差し出した。
丁寧にラッピングされた箱の中身は、シンプルなシルバーのピアス。
玲の耳元に並ぶピアスを思い浮かべながら、何時間も売り場で悩んだ品だった。

生活は少し苦しくなったけれど、玲が喜んでくれるなら、それでよかった。

玲はピアスを手に取ったまま、しばらく動かなかった。


「……もしかして、いらなかった? そしたら、別の人に――」

「だめ。」


きっぱりと遮られる。


「静からもらったものを、別の人にあげるわけないでしょ。」


そう言って、玲はピアスを耳につけた。


「どう? 似合う?」

「うん! すごく似合ってる!」


思わず声が弾む。
その表情を見て、玲は優しく微笑んだ。


「やっぱり、静の笑顔は綺麗だね。」

「綺麗なんかじゃないよ。でも……」


少し間を置いて、静は続ける。


「前にそう言われたときは、冗談だと思って、あんまり嬉しくなかった。でも……今は、すごく嬉しい。大好きな玲くんに言われたから。」


その言葉に、玲の動きが一瞬止まった。


「玲くん……?」

「ごめん。ちょっと、ぼーっとしてた。」


玲は静の頭をくしゃりと撫で、指輪を外す。
静の手を取り、そっと右手の薬指にはめた。


「静には、ちょっと大きいね。好きなところにつけな。」

「玲くん、これ……」

「それ、あげるよ。俺がしんどいときのお守りだったやつ。」



玲は指輪について多くは語らなかった。だが、その指輪をずっとつけていた証拠に表面には細かい傷がついていた。だが、丁寧に磨かれているのがわかる。



「そんなもの、もらえないよ……。じゃあ、玲くんのお守りは?」

「新しいお守りは、これ。」



玲は静にもらったピアスを軽く揺らす。



「それは、静のお守りにして。」



静は迷いながらも、強く頷いた。


「ありがとう、玲くん。大好き」


その瞬間、強く抱きしめられる。


「静、今日は“大好き”っていっぱい言うね。誕生日だから?」

「違う。誕生日だからじゃない。本当に、玲くんが好きなんだ。」


その瞬間、玲は小さくため息をついた。


「俺、言ったよね。俺なんか好きになっちゃだめだって。」

「ごめん。でも、僕は本当に玲くんが好き。」

「……そっか。」


玲は指輪に触れ、小さく息を吐いた。


「でも、今なら分かる。好きにならないなんて無理だね。」


額に、頬に、柔らかな温もりが触れる。


「俺も、静のことが好きだから。」


その言葉に、静は息を呑んだ。
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