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────8話*この手を離さないで
8・板井と専務宅
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****♡Side・板井(同僚)
「専務からお話を伺うことはできませんか?」
『信頼はされていたと思うよ』
皇の言葉に違和感を持った板井はある仮説を立てていた。
板井の頼みに一瞬不快な表情を見せた彼。それは板井の仮説を裏付ける要素の一つとなる。
皇の専務への人となりの説明も非常に簡素ではあったが、彼は元上司。一年という期間で、外回りが多くあまり接することがなかったとしても他人事のような感想はあんまりだろうと思う。
皇は、あの倫理道徳観の崩壊した黒岩にすら、そんな冷たい接し方はしないのに。つまり、彼は専務のことをよく思っていないのだろう。
一瞬不快な表情をした皇ではあったが、何故か得意げな顔をして言ったのだ。『立場は俺の方が上だから、容易い御用だよ』と。
よく思ってないどころか、嫌悪すら感じ取れるその態度に、やはりという気持ちと驚きが湧いた。
そして現在板井は単身、専務宅へ向かっている状況。
『俺は一緒にはいかないが、待っているとのことだ』
皇がそんなに嫌悪を示す理由は恐らくこれからわかるのだろうと思う。彼が皇の事件に関わっている可能性も視野に入れなければならないが。
唯野の話では、皇は最近まであの事件に社長が関わっていたことすら知らなかったと言う。
──修二さんの口からも専務の話は出ていない。
ならば事件には関わっていないのだろう。
あるいは……。
『さすがだね。概ね、君の推理通りで合ってるよ』
パンパンパンと手を叩く彼は、まるで洋画でよく見かける悪役のようだった。
板井が指定のマンションへ向かうと彼はロータリーで待ってくれていた。
自身が勤める株原の経営陣の一人が一介の社員を待ち受けている。恐縮もしたが、まるでラスボスとの対峙のようにも感じてしまう。
だが彼は文字通り、歓迎してくれた。唯野よりも十近く上とのことなので五十手前というところだろうか。
スラリと背が高く、年を感じさせない体つきをしている。明るめの髪。黒の鎖骨が見えるVネックのシャツに襟付きの上着を羽織っているが、胸元近くまで開けられたチャックにネックレスという洒落た格好をしていた。
元営業部と言うだけあって、物腰は柔らかく笑顔も素敵だ。端正な顔立ちをしているところを見ると、やはり株原の営業部はイケメン揃いということなのだろうか。
「歓迎するよ。僕も一度、君とは話してみたいと思っていたんだ」
板井が挨拶をすると、彼は言ってにこやかに微笑んだ。まったく嫌な感じのしない人だが、皇のあの表情が気になった。
いつも笑顔の人はなんだか胡散臭く感じてしまうものだが、心が見えなさ過ぎて不審ということなのだろうか?
なんだか分からないまま彼の家に招かれて、リビングに足を踏み入れると実に簡素であった。高級感はあるものの必要最低限のモノを置いていない、がらんとした部屋。生活感がないと言った方が適切だろうか。
「つまらない部屋だろう? 趣味も何もなくてね」
ソファーに座るように促され恐縮しつつも腰かけると、彼が珈琲を入れてくれた。
「板井君がここまで来たということは、君の探偵ごっこもいよいよ佳境かな?」
自嘲気味に笑みを浮かべていた彼が、さも可笑しそうに笑う。初めはバカにされているのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。
「君が知りたいことはなんでも答えようとは思っているが、その前に一つ。君は全てを知ってどうするつもりなんだい?」
向かい側に腰かけた彼は、コーヒーカップをローテーブルの上に置くとゆっくりと足を組み替えて。その優雅な振る舞いには、皇を思わせるものがあった。
「正しく理解し、正しい答えを導き出します」
板井は真っ直ぐに彼を見つめる。
「そうか。何処から話すべきだろうね。まずは君の推理を聞こうか。その上でどこから話すか決めよう」
間違った認識をしていれば正すと言っているのだ。板井に異論はなかった。
「専務からお話を伺うことはできませんか?」
『信頼はされていたと思うよ』
皇の言葉に違和感を持った板井はある仮説を立てていた。
板井の頼みに一瞬不快な表情を見せた彼。それは板井の仮説を裏付ける要素の一つとなる。
皇の専務への人となりの説明も非常に簡素ではあったが、彼は元上司。一年という期間で、外回りが多くあまり接することがなかったとしても他人事のような感想はあんまりだろうと思う。
皇は、あの倫理道徳観の崩壊した黒岩にすら、そんな冷たい接し方はしないのに。つまり、彼は専務のことをよく思っていないのだろう。
一瞬不快な表情をした皇ではあったが、何故か得意げな顔をして言ったのだ。『立場は俺の方が上だから、容易い御用だよ』と。
よく思ってないどころか、嫌悪すら感じ取れるその態度に、やはりという気持ちと驚きが湧いた。
そして現在板井は単身、専務宅へ向かっている状況。
『俺は一緒にはいかないが、待っているとのことだ』
皇がそんなに嫌悪を示す理由は恐らくこれからわかるのだろうと思う。彼が皇の事件に関わっている可能性も視野に入れなければならないが。
唯野の話では、皇は最近まであの事件に社長が関わっていたことすら知らなかったと言う。
──修二さんの口からも専務の話は出ていない。
ならば事件には関わっていないのだろう。
あるいは……。
『さすがだね。概ね、君の推理通りで合ってるよ』
パンパンパンと手を叩く彼は、まるで洋画でよく見かける悪役のようだった。
板井が指定のマンションへ向かうと彼はロータリーで待ってくれていた。
自身が勤める株原の経営陣の一人が一介の社員を待ち受けている。恐縮もしたが、まるでラスボスとの対峙のようにも感じてしまう。
だが彼は文字通り、歓迎してくれた。唯野よりも十近く上とのことなので五十手前というところだろうか。
スラリと背が高く、年を感じさせない体つきをしている。明るめの髪。黒の鎖骨が見えるVネックのシャツに襟付きの上着を羽織っているが、胸元近くまで開けられたチャックにネックレスという洒落た格好をしていた。
元営業部と言うだけあって、物腰は柔らかく笑顔も素敵だ。端正な顔立ちをしているところを見ると、やはり株原の営業部はイケメン揃いということなのだろうか。
「歓迎するよ。僕も一度、君とは話してみたいと思っていたんだ」
板井が挨拶をすると、彼は言ってにこやかに微笑んだ。まったく嫌な感じのしない人だが、皇のあの表情が気になった。
いつも笑顔の人はなんだか胡散臭く感じてしまうものだが、心が見えなさ過ぎて不審ということなのだろうか?
なんだか分からないまま彼の家に招かれて、リビングに足を踏み入れると実に簡素であった。高級感はあるものの必要最低限のモノを置いていない、がらんとした部屋。生活感がないと言った方が適切だろうか。
「つまらない部屋だろう? 趣味も何もなくてね」
ソファーに座るように促され恐縮しつつも腰かけると、彼が珈琲を入れてくれた。
「板井君がここまで来たということは、君の探偵ごっこもいよいよ佳境かな?」
自嘲気味に笑みを浮かべていた彼が、さも可笑しそうに笑う。初めはバカにされているのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。
「君が知りたいことはなんでも答えようとは思っているが、その前に一つ。君は全てを知ってどうするつもりなんだい?」
向かい側に腰かけた彼は、コーヒーカップをローテーブルの上に置くとゆっくりと足を組み替えて。その優雅な振る舞いには、皇を思わせるものがあった。
「正しく理解し、正しい答えを導き出します」
板井は真っ直ぐに彼を見つめる。
「そうか。何処から話すべきだろうね。まずは君の推理を聞こうか。その上でどこから話すか決めよう」
間違った認識をしていれば正すと言っているのだ。板井に異論はなかった。
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