I Love Youをもう一度

赤井ちひろ

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第四章

番5

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「かわいい寝顔しちゃって」
 僕は何となく寝付けなくて、うっすらと入り込む月明りを見て、誠さんを起こさないようにそっと寝室をあとにした。
 やっと、僕の隣で安心したように寝てくれるようになった。
 あの日、鎮静剤の切れた誠さんは、終始落ち着いていたように思えた。
 今思えば、ぎりぎりの精神状態だったのかもしれない。
 それでも崩れないのは、アルファの性質か、はたまた誠さんの執念か、今ではどちらなのかは……もうわからない。

 
『俺は記憶が無いのか?』
 あの日そう言われて、僕は『はい』と答えた。
『ずっとここに居なければいけないのか?』
 そう聞いてきたのは、目が覚めてから三日後の事だった。
 本当ならば二ヶ月、僕だってそれが一番いい事なのは分かっていた。
『帰りたいですか?』
『そうだなぁ、君は僕の世話をする為に病院から派遣されたのか?』
『いいえ。僕はあなたの友達なんですよ』
 笑ってそう言うと、忘れているのか、と申し訳なさそうに言った。
『気にしません』
 と言うと、誠さんに「かっこいいなぁ、アルファか?」と聞かれたから、オメガですよと答えた。

 忘れられた事はその実そんなに堪えていなかった。
 未来を忘れてしまうわけではない。新しい記憶は積み重なっていく。
 自分にそう言い聞かせていたから……。
 
 ただその積み重なった記憶の中から、欠けるように、自分のことも欠けていくのが少し悲しかった。
 ただ、
 アルファか? と聞かれたのは、いまだに棘のように皮膚に刺さっている。
 あれはお前は運命の番じゃないと言われたようなものだったからだ。

 花の水を変えると言って、花瓶を持って出てきた僕に、ドクターが声をかけてくれていなかったら、あの時僕の心は折れていたかもしれない。
『今はフェロモンが感じずらいだけです。それはもう少し様子を見ましょう』

【一つづつ今を教えてあげますよ。だから僕は友達になると言ったんです。】
 あんな偉そうなことを言って、たった一言の「アルファ」にこんなにもみじめに反応した。

 ドクターに言ったセリフに嘘はない。
 あれは決して嘘なんかじゃない。

『帰れるように手配してきましたよ。当分は家からは出られません。それでもいいですか』
 誠さんは頷くと『迷惑をかけるな……』と弱々しく言った。

 アルファでもオメガでも、何でもいい。
 今はただあなたの横に居たいと切に望んだ。
 

「君は誰だ……」
 背後に立つ男に僕は同じ様に返した。
「友達ですよ。また忘れてしまいましたか」
 もう二日に一度は繰り返される言葉に、僕の心はシールドを張った。
「ああ、記憶喪失なのだっけ……、ごめん」
「いいえ、初めまして。三条高雄です」
「土方歳三だ」
「それはもう違うと教えてあげましたよ」
 こんなことが日課になったあの日。誠さんが紙に書こうと言ってきた。
 名前、
 これはきちんとしようというものだった。

「なんだっけ」
「生方誠です」
 こくんと小さくうなずいた。
 
 
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