5 / 13
5.
しおりを挟む
【2】
「ふぁ……んぐぅっ」
翌日出社した瑚志岐は、朝礼後始まった営業会議に出席していた。先ほどから欠伸が込み上げ、それを周囲に気取られないように噛み殺すを繰り返している。
今朝は欠伸など無縁の、いつになく健やかな朝を迎えられたと思っていたのに、会議室の空気はよほど良くないようだ。
他にも瑚志岐と同じく欠伸を噛みしめている者はいた。しかし連発しているのは瑚志岐ぐらいで、相当脳内が酸欠に陥ってしまっているようだった。
これでも会議に集中しているつもりなのに。こんなに欠伸が出てくるのだったら、いっそより集中できそうなことを思い浮かべていようかと、ふとそんな考えすらよぎる。
だったらということではないが、ついつい浮かべてしまったのは昨日の夜、家でのこと。どうも就寝前の記憶が曖昧で、よく思い出せないのだった。
いったいいつの間に寝てしまったのか、変な動物が出てくる夢を見たのはわりと覚えているのだが、気がついたら朝だった。
これに尽きた。それも全裸。使ったバスタオルが床で丸まっていたから、風呂から上がってそのままベッドに潜り込んで寝てしまったのだろう。
「んっ」
再び上がる欠伸を瑚志岐は俯いて堪える。
本当に眠いということはないのだ。だがこんなに連発していては、部長に見咎められたら不謹慎だとねちねち言われるのがオチだ。現に隣にいる比良井塚がちらちらと冷ややかな視線を送ってきていた。
欠伸を止める方法はないのだろうか。息を止めるとか、そうだツボを刺激するとかでもいい。
そう言えば夢の中で、ツボ押しにはもってこいのモノが出てきたのを思い出す。人前に出すには少々際どい、男のアレをリアルに再現した掌サイズのスティックだ。形状がアレなのは別として、もし実在したら、先端の丸い部分はコリ解しやツボ押しにきっとイイ感じに嵌まりそうな気がする。
それにしても、会議はまだ終わりそうもなかった。営業を全員集めて、月の売り上げの中間報告など、する必要性があるのだろうか。
そんなのは各課の長が把握していればいいと思うし、こんな会議に時間を割くぐらいなら、さっさと外回りに出て商談をしたほうが有意義だ。
おっとこの意見は前に比良井塚が部長に言っていた。
「瑚志岐君、先ほどからどうしたかね? 落ち着きがないようだが」
またも上がる欠伸に耐えていたとき、ついに営業部長に名指しされてしまった。これは不味い。
「い、いえ。じ、実は朝から腹の具合が悪くて。すみません、ちょっと席外します」
会議が退屈だからと本当を言えるはずなく、瑚志岐は誤魔化すように猫背気味に席を立った。
「……胃腸薬持ってますよ。必要であれば言ってください」
隣の席から、言葉の意味とは正反対の体調を気づかう様子はまったく感じられない平板な、むしろテキスト読み上げアプリのほうが優しいんじゃないかと思える声が聞こえた。
「お、おう。そのときは頼むわ――うう、やばい、トイレトイレ」
瑚志岐は、せいぜい具合悪そうな顔を作って比良井塚に答えると、会議室を後にした。
トイレに行くと言って出てきた以上、トイレには行っておかなければと変なところで律義さを発揮した瑚志岐は、トイレに行く。
「――ふう」
手洗いスペースで、自分の姿を鏡に映した瑚志岐は、首をごりっと回し盛大に溜め息をついた。
さて、これからどうしよう。あんなその場しのぎの理由で会議を抜けてきてしまい、他の者のことを考えると後ろめたかった。
時間を見計らって会議室に戻るか、それともこのまま営業に出ようか――と思案するが、後者は無理だと却下する。
行けなくはないが、比良井塚の世話係を上から仰せつかって組んでいる以上、彼を残して一人商談に出ることはできないのだった。査定にも響く。
ということは、適当に時間を潰して戻るしかない。
だったらその前に――
ここにまで来たのだからと瑚志岐は用を足しておくことにした。奥に向かい、男子用トイレの前に立つ。股間に手をやり、前を緩めて局部を外に出す――の、はずだった。
「ええ――っ!?」
確かに自分の手は、我が分身をつかんだ。もちろん今は平静時で力なく縮こまっているぷにぷにのミニサイズだけれども……。
瑚志岐はごくりと湧いてもいない生唾を嚥下すると、恐る恐る右手を見る。
右手。いつも何かと多大なお世話になっている。特に親指と人差し指、それと中指、たまに小指……。
しかしこれは!? 何だって、ここに!?
「嘘だろ……」
手の中にあるものを見た瑚志岐は、左手で顔を覆った。自分の記憶が正しければ、さっきもちらっと思い出していたアレだった。昨夜夢の中に現れたウサギもどきが手にしていたスティック。まるでどこかの異次元ポケットから取り出したような変身用アイテムだ。自分は今、それを握っているのだった。
まさか夢で見たものが、ここに? それも自分の手の中にだなんて……。
偶然なのか、それとも自分は一瞬にして夢の世界に入り込んでしまったのか。
けれどさすがにそんなはずはない。ちゃんと起きている。寝てなどいない。
そうなると昨夜のことは、現実でしたと認めなければならなくなる。
いやいやいや、いやいやいやいや――
「ふぁ……んぐぅっ」
翌日出社した瑚志岐は、朝礼後始まった営業会議に出席していた。先ほどから欠伸が込み上げ、それを周囲に気取られないように噛み殺すを繰り返している。
今朝は欠伸など無縁の、いつになく健やかな朝を迎えられたと思っていたのに、会議室の空気はよほど良くないようだ。
他にも瑚志岐と同じく欠伸を噛みしめている者はいた。しかし連発しているのは瑚志岐ぐらいで、相当脳内が酸欠に陥ってしまっているようだった。
これでも会議に集中しているつもりなのに。こんなに欠伸が出てくるのだったら、いっそより集中できそうなことを思い浮かべていようかと、ふとそんな考えすらよぎる。
だったらということではないが、ついつい浮かべてしまったのは昨日の夜、家でのこと。どうも就寝前の記憶が曖昧で、よく思い出せないのだった。
いったいいつの間に寝てしまったのか、変な動物が出てくる夢を見たのはわりと覚えているのだが、気がついたら朝だった。
これに尽きた。それも全裸。使ったバスタオルが床で丸まっていたから、風呂から上がってそのままベッドに潜り込んで寝てしまったのだろう。
「んっ」
再び上がる欠伸を瑚志岐は俯いて堪える。
本当に眠いということはないのだ。だがこんなに連発していては、部長に見咎められたら不謹慎だとねちねち言われるのがオチだ。現に隣にいる比良井塚がちらちらと冷ややかな視線を送ってきていた。
欠伸を止める方法はないのだろうか。息を止めるとか、そうだツボを刺激するとかでもいい。
そう言えば夢の中で、ツボ押しにはもってこいのモノが出てきたのを思い出す。人前に出すには少々際どい、男のアレをリアルに再現した掌サイズのスティックだ。形状がアレなのは別として、もし実在したら、先端の丸い部分はコリ解しやツボ押しにきっとイイ感じに嵌まりそうな気がする。
それにしても、会議はまだ終わりそうもなかった。営業を全員集めて、月の売り上げの中間報告など、する必要性があるのだろうか。
そんなのは各課の長が把握していればいいと思うし、こんな会議に時間を割くぐらいなら、さっさと外回りに出て商談をしたほうが有意義だ。
おっとこの意見は前に比良井塚が部長に言っていた。
「瑚志岐君、先ほどからどうしたかね? 落ち着きがないようだが」
またも上がる欠伸に耐えていたとき、ついに営業部長に名指しされてしまった。これは不味い。
「い、いえ。じ、実は朝から腹の具合が悪くて。すみません、ちょっと席外します」
会議が退屈だからと本当を言えるはずなく、瑚志岐は誤魔化すように猫背気味に席を立った。
「……胃腸薬持ってますよ。必要であれば言ってください」
隣の席から、言葉の意味とは正反対の体調を気づかう様子はまったく感じられない平板な、むしろテキスト読み上げアプリのほうが優しいんじゃないかと思える声が聞こえた。
「お、おう。そのときは頼むわ――うう、やばい、トイレトイレ」
瑚志岐は、せいぜい具合悪そうな顔を作って比良井塚に答えると、会議室を後にした。
トイレに行くと言って出てきた以上、トイレには行っておかなければと変なところで律義さを発揮した瑚志岐は、トイレに行く。
「――ふう」
手洗いスペースで、自分の姿を鏡に映した瑚志岐は、首をごりっと回し盛大に溜め息をついた。
さて、これからどうしよう。あんなその場しのぎの理由で会議を抜けてきてしまい、他の者のことを考えると後ろめたかった。
時間を見計らって会議室に戻るか、それともこのまま営業に出ようか――と思案するが、後者は無理だと却下する。
行けなくはないが、比良井塚の世話係を上から仰せつかって組んでいる以上、彼を残して一人商談に出ることはできないのだった。査定にも響く。
ということは、適当に時間を潰して戻るしかない。
だったらその前に――
ここにまで来たのだからと瑚志岐は用を足しておくことにした。奥に向かい、男子用トイレの前に立つ。股間に手をやり、前を緩めて局部を外に出す――の、はずだった。
「ええ――っ!?」
確かに自分の手は、我が分身をつかんだ。もちろん今は平静時で力なく縮こまっているぷにぷにのミニサイズだけれども……。
瑚志岐はごくりと湧いてもいない生唾を嚥下すると、恐る恐る右手を見る。
右手。いつも何かと多大なお世話になっている。特に親指と人差し指、それと中指、たまに小指……。
しかしこれは!? 何だって、ここに!?
「嘘だろ……」
手の中にあるものを見た瑚志岐は、左手で顔を覆った。自分の記憶が正しければ、さっきもちらっと思い出していたアレだった。昨夜夢の中に現れたウサギもどきが手にしていたスティック。まるでどこかの異次元ポケットから取り出したような変身用アイテムだ。自分は今、それを握っているのだった。
まさか夢で見たものが、ここに? それも自分の手の中にだなんて……。
偶然なのか、それとも自分は一瞬にして夢の世界に入り込んでしまったのか。
けれどさすがにそんなはずはない。ちゃんと起きている。寝てなどいない。
そうなると昨夜のことは、現実でしたと認めなければならなくなる。
いやいやいや、いやいやいやいや――
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
9
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる