悪役令嬢は令息になりました。

fuluri

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幼少期

気絶、その後です。お父様視点

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「…!旦那様」

リュートの部屋に入ると、ベッドのわきに立っていたナードが振り向き、少し驚いたように私を呼ぶ。
私はそれに視線で応えながら静かにベッドに近づいた。
寝かされているリュートの顔が見える位置まで来て様子を観察する。

「…容態は?」

「大事ではございませんのでご安心ください。魔力切れを起こされたようで、今は熱を出されていますが明日には回復なさるとのことです。幸い倒れられたのがエルクント様のベッド付近でございましたので、お怪我もありません」

そこまで聞いて、そうか、と呟くと同時に思わず安堵の息が漏れる。
ナードから通信球で連絡が入り、エルクントの治療後リュートが倒れた事を伝えられたのはつい先程のこと。
そこで詳細な報告が挙げられる予定なのにも関わらず、それを十分聞く事なく自分で確認しに来るなど二度手間でしかないというのに…何故だかいてもたってもいられず来てしまった。
倒れたと最初に聞いた時はエルクントを助けるために何か無茶をしてリュートの身に何かあったのかと思ったら、単なる魔力切れだったらしい。
…いや、魔力量の豊富なリュートがこの短時間で魔力切れになる程の魔法を使ったというのなら、確実に無茶はしたのだろう。
そう考えて眉を顰めていると、リュートが息苦しそうに少し身じろぎをした。

「うぅ…」

…悪夢でも見ているのか、単に熱で苦しんでいるのかは分からないが、眠りながら魘されているリュートの頭をさらりと撫でてやると、心持ち表情が穏やかになる。
…そういえば、リュートは頭を撫でられるのが好きなのだったか。
そのままリュートの寝顔をしばらく眺めた後、後ろで静かに控えているナードへ視線を向けた。

「…エルクントの方はどうだ」

「そちらは先程ソート様が調べたところ、身体の方は年齢に比べ発育が遅れている事、痩せ過ぎている事を除けば何ら異常はないとのことです。ただ、心の方は…どの程度ダメージを受けているか、目覚めてみなければ分かりません。それと、リューティカ様がかなりショックをお受けになったご様子で…」

「……」

…予想通りと言えば、予想通りだ。
エルクントがリュートにより治癒すること、そしてその治癒の程度はもちろん、リュートの心に傷を作ってしまうだろうということについても。
セイルの時もリュートは病だけでなく身体の元々の体力まで増強させて治したと報告があったので、治癒出来るかどうかについてはほぼ疑っていなかった。
精神にどれだけの影響があるのか、また言葉を話す事ができるのかなどは対話してみなければ分からぬのは当然のこと。
リュートの心の傷については…正直に言えば、エルクントを直接見るまではリュートが傷つく可能性など考えていなかった。
だが、エルクントを引き取りに行った先で直接見た瞬間にその考えは変わったのだ。
エルクントが軟禁されていた部屋も合わせて見てきたが…どちらも、悲惨な現場はそれなりに見てきた私が思わず眉を顰めてしまう程酷い光景だった。
リュートに治療を任せる事はその時点で既に決定事項だったため、せめて少しでもリュートに与える衝撃を少なくしようと出来る限りの手は尽くしたが…。
だとしても、リュートをエルクントの元へ行かせる事を選択して結局傷つけてしまったのだから、やはり、私は『親』には向いていないという事なのであろう。

「旦那様…」

「………」

ナードが労しそうにこちらに呼びかける。
そもそも今回のことをリュートに任せてナードを傍に付けたのは、主にはエルクントの治療のためであるが、同時にリュートの能力を測るためでもあった。
光と闇の高位精霊についてはその能力がほぼ知られておらず、それどころか存在すらも疑われる程人前に姿を現すことの少ない精霊だ。
よってその能力の解明、そして契約者を有するという「事実」…それらは国にとって非常に有益である。
だからこそリュートとハイルの能力の把握は急務だったのだが、今迄はヘルと私でリュートの年齢の低さを盾になんとか留めていた。
今の年齢では、能力の把握のためとして研究者達が行う実験や検証は心優しいリュートの精神にも体にも負担であるし、研究者達は手加減というものを知らないので非常に危険だったのだ。
その為、研究者達と上層部の貴族達の不満が徐々に溜まってきており、ガス抜きをする必要があった。

そこに転がってきたのが、エルクントの情報だ。
エルクントは私の叔父である伯爵が侍女を寵愛してできた私生児であり、母親である侍女は伯爵夫人により既に処分されている。
エルクントが処分されなかったのは、知らぬ間に侍女が亡くなっていた事を知った伯爵がエルクントの存在を知り、嫡子と同じように育てよと命じたため。
だが、恨みを募らせた伯爵夫人がエルクントを自身の子と同じように教育などするはずもなく、伯爵が仕事でなかなか家に帰らないのをいいことに痛めつけ続けた。
その悪事がついに明るみになり、このままエルクントを屋敷に置いていては命が危ないと判断した伯爵から保護を求められたのである。

伯爵から聞いたエルクントの状態を報告すると、ヘルの側近達を中心に、リュートの能力を把握するのに良い機会だと意見が一致した。
確かに他の手段よりも危険が少なく、断る理由が無かったのもあってエルクントの保護とリュートによる治療の実行を決断した。
結果エルクントは治癒し、光の高位精霊の能力も少しではあるが判明し記録もできた。
「公爵」としての立場で考えれば——リュートの心を無視して考えれば——今回のことは国のため、一族のため、そして家のために、非常に効率が良く正しい判断をしたと言える。
…だが、「父親」としては…これで本当に良かったのか、私の判断は間違っていたのではないか、もっと他にやりようがあったのではないかと考えてしまうのだ。

(折角歩み寄ってきてくれたというのに、このようなリュートの心を傷つける事をして…)

恐らく、リュートには嫌われてしまったであろう。
これまではいつもにこにこと話しかけてくれていたが、今後は目も合わせてはくれないかもしれぬ。
それにセイルもリュートの事をとても大切にしているし、リュートを傷つけた私を許しはしないだろう。
人の心を持たぬ私が父親になるなど、やはり一時の幸せな夢でしかなかったのだ。
そう思うと重くなっていく心から無理やり目を逸らし、報告を聞いた時から引っかかっていた事について聞くために口を開く。

「…それで、リュートが手から魔法を放ったように見えたというのは事実か」

「はい。リューティカ様がハイル様に魔力を送りながらエルクント様の額に触れた瞬間、その御手から光が溢れ出し、光が収まる頃にはエルクント様の顔色が非常に良い状態になっておりました。その前に、リューティカ様は確かに『2回に分けて治療する』と仰っていたのですが…1回で治った事に御自分でも驚かれていらっしゃるご様子でした」

「…そうか」

…精霊に魔力を渡し、魔法を実行するのではなく、魔法を使った…か。
それが本当だとすれば、リュートはやはり『封印の巫女』であるというのか…。
あの言い伝えが真実であったというのならば、数百年に一度しか現れぬはずの『封印の巫女』が何故こんなにも早く現れるというのだ。
以前の調査では何もなかったが、封印に綻びでも生じているというのか…?
…いや、今そのようなことを考えても仕方がない。
それについての調査は後日改めてするとしよう。
それよりも…この事が他家の公爵達や月の女神を祀る教会の上層部に知られれば、リュートは教会に目を付けられる事になる。
自身で魔法を使う事ができるのは女神の力をその身に宿す者…すなわち精霊、封印の巫女、そして女神本人のみであると伝えられているからだ。
男だと思われている今ならば目を付けられるだけで済むであろうが、女だと見抜かれてしまえば、間違いなくリュートは教会に連れ去られてしまうだろう。
そうなれば、もう二度とリュートが教会の外へ出ることは叶わない。
私やセイルと会うことすら滅多に出来ず、自由など全くと言っていいほどなくなってしまうのだ。
そのような事、到底許容できぬ。
…少なくとも、封印が本当に危うくなり、リュートを犠牲にするより他に方法が無くなってしまうまでは。
言い伝えを知るのは代々の王と公爵家当主、教会の上層部だけであるのが唯一の救いか…。
…とにかく、この事はヘル以外には報告せず、決して他の者に知られることのないよう内密にしておかなければ。

「…ナード、その事については他言無用だ。ソートにもそう伝えよ。もし他言したならば容赦はせぬ、と」

「はっ」

ナードにリュートとエルクントを任せ、私は病室を後にする。
立ち去る間際、何とはなしにリュートの方へ視線を向けると、眠っているリュートが幸せそうにふわりと笑う。
アイリーンにそっくりなその笑顔に、私の心が締め付けられるような感覚がした。
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