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冒険者ギルド編 ~悪魔茸の脅威~
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しおりを挟む「『迷宮はどうやら縮小して残るみたい』か・・・」
後日、キャズからギルドでまとめられた報告書が来た。
『獅子王』とシオン達が最下層にて迷宮主を討伐。その後、数日かけて内部が縮小し、入口を固定化させて残ったらしい。
今回の多岐型迷路はどうやら『残留型』だった様子。
完全攻略による縮小につき、内部構造が変わってしまったことによりケリー達が使った『緊急脱出口』というものは無くなったとの事。
今はギルドが抑えていた出入口のみ、という事のようだ。
内部は完全に縮小化。
全5階層の迷宮へと変化した模様。
ただし、内部はやはり多岐型のままだそうだ。
ギルドと魔術研究所が手を取り、探索隊を幾つか結成して調べた所によると、転移パターンは完全に無作為。
ただし行先は今のところ5パターンで、それは攻略前の階層内部と似通っているそうだ。
朽ちた神殿、洞窟、草原、荒野、そして森。
あのトリュタケも森のフィールドで採取が可能との事。
ただし制限をなくした。…ある程度採ると、一定時間生えなくなるのだそうだ。その為、1日に採る量を決めている。
トリュタケの流行りも収束していて、今後は安定した物流となりそうだと行っていた。
…バターが売れだしたからかな?これまでは『貴族の食べ物』としてしか扱いがなかったそうだが、平民にも買えるような品質のものも作られ、流れ出したそうだ。
これは国が率先して対策を打ち出したのだとか。ゼクスさんが王宮に詰めて頑張っただけのことはあるわよね。
残った迷宮の名称は『奇妙な迷路』だそうだ。
かなり慎重に捜索した結果、もう悪魔茸は出てこない様子。ただキノコと言っても踊る茸が出る、との話。
「何なのよその『踊る茸』って。すごい見たいんですけど」
「・・・お供しましょうか?」
「ん?」
顔を上げれば、そこにはシオンが来ていた。
…なぜに?扉を見れば、オリアナがぺこりと礼をして出ていく所だった。そういえば『お客様です、どうしますか』って聞かれたような気がしなくもない。
キャズからの報告書に夢中だったから『通して』と適当に相槌を打った気がする。
「いらっしゃい、副長さん」
「多岐型迷路ぶりですね、無精をしておりました。今は奇妙な迷路でしたか」
「変化してから入った?」
「ええ、調査も必要でしたしね。完全に難易度は下がりましたね。階層も短いですし、ギルドでも初級から中級の冒険者へクエストを斡旋すると言っていました」
「そうなの。この踊る茸は見た?」
「ええ、見ましたよ。森と草原に出ますね。
なんというか・・・こう・・・凄かったです」
「・・・見てみたいわねえ」
「エンジュ様が良ければお供しますよ?」
「あら、近衛副団長をお供にだなんて高くつきそうだわ」
「近衛騎士団の訓練も兼ねてますのでお気になさらずに。これからいかがですか?」
「これから?」
この為に来た、とは思えないけど。
何か話すついでなのかしら、迷宮探索。
まあいいか、と思った私はその話を受けて出かける事にした。
********************
近衛騎士団とギルドは迷宮攻略から頻繁に連絡や情報交換をスムーズにするようになったらしい。
お互い持ちつ持たれつ、という事で線引きをしているそうだ。
王国騎士団も、近衛騎士団も新人などの訓練にこの奇妙な迷路を利用することにしたらしい。
「これまでは『昏迷の森』などに行っていたのですが。ここは階層の長さも知れていますし、単独でも走破可能です。
実力を見るにはもってこいではないかと思いまして」
「なるほどね、要所に誰か待機しておけば問題ないし」
「はい、5階層には以前の階層主もいますし。前ほど手強い魔物は出ず、通常出現するものより多少手強くなる程度です。ならば訓練にもなりますし、転移方陣も出ますしね」
奇妙な迷路の中を歩きながらそう説明するシオン。まるでお散歩でもしているかのようだ。
ちなみに今回のルートは草原。時折大きなうさぎの魔物や狼を見かけるけど、シオンのせい?なのか、こちらを見ると逃げていく。
なのでほとんど交戦しません。
まだ踊る茸も出ない…
「エンジュ様、聞きたいことがありまして」
「ようやく本題?いつまでデートしているのかな、と思っちゃったわ」
「エンジュ様がその気であれば、今度きちんと観劇やお食事のデートにお誘いいたしますよ」
「それは貴方のいい人に嫉妬されそうだから遠慮しておくわ」
「そんな人がいればいいのですが。こんな独身の瑕疵物件に手を出す奇特な女性はいませんよ」
「あら?アナスタシアは違う事を言っていたけど?」
くす、と笑ってシオンを見る。
…以前よく見た、困ったような照れているような顔。
そう、私その顔を見るのが好きだったな。こうやって困らせていたっけ。
「・・・参りましたね、そんな目で男を見るものではないですよ?エンジュ様」
「どんな目をしてる?」
「貴方にそんな目をさせるのは何処の男なんでしょうね。そんな寂しい思いをさせるくらいなら、私が奪ってしまいたくなります」
「・・・っ、副長さん意外と肉食なの?」
「・・・肉食?ですか?」
「積極的、って事よ」
「どうでしょうね、そうかもしれません。あまり悠長に待っている性格ではないかもしれませんね。いつ、また飛び立つかわかりませんから」
「っ、」
彼が私を『コーネリア』だと確信してはいないと思う。
以前の婚約者の事、そして消えてしまった『コーネリア』の事を重ねて言っているだけに過ぎないのかもしれない。
けれど今の私にはとても鋭く刺さる言葉だ。
シオンがあえて言ったのではない、と思うけど。
「話を戻しましょうか。とりあえず今度屋台街でランチでもいかがですか?」
「・・・ええ、そうね。ありがとう」
「ではお約束ですね。ああ、聞きたいことはこの間の攻略中の事です」
「最下層の事かしら?」
「はい。あれはエンジュ様ですね?」
「黙秘させてもらうわ?」
「黙秘も同じですよ?沈黙は是とします」
ピッと人差し指を立てて話すシオン。
まるで教室で話す教師のよう。少し茶目っ気のある仕草に笑ってしまう。シオンも同じように苦笑。
「レオニードも驚いていました、拍子抜けだ、って。
攻略にはとても助かりました。我々も上手くいくかは分かりませんでしたから」
「そうなの」
「あまり無理をしないようにしてください。・・・ああ、無理というよりは無茶ですね。できれば私の目の届く所でお願いします」
「なんだか保護者みたいね、副長さん」
「こんなに驚かされるのは久しぶりですよ」
「・・・そういうものなのね、基準がゼクスレンなのがいけないのかしら?とはいえ、私の周りで魔術師というとあの人が身近なのよね」
「規格外、ということにしておきます。団長やアナスタシア様もそう言っておられましたから。アナスタシア様もかなり規格外の方ですし、もうタロットワークの方はそういうものと思わないと」
「ちょっと失礼な気がするけど否定出来ないから何も言わないでおくわ。アルマはギルド本部に戻ったのよね」
「はい、報告があると。あの後ギルド本部があるラサーナへ戻りました。本来あちらの専任ですから、また王都ギルドへ来る時は少し時間がかかるでしょう」
『獅子王』からは通信魔法で別れを告げる連絡が来ていた。ギルド本部があるラサーナへ戻ること、またこちらへ来たら誘うから決まった相手がいないようなら抱かれてくれ、と。
あっさりとした引き際と、お誘いを隠さない連絡に笑ってしまったくらい。また来た時に抱かれるのも悪くは無いかな、と思ってしまった。そのくらいの気持ちはある。
ただ、彼を好きにはなっても、愛するのには難しい。
彼に寄り添って生きていくには…私は軟弱だしね。一緒にクエストに行けたりするならまだしも、街で彼の帰りを待つだけの女になるには彼に対して重荷にしかならないだろう。
本人が言っていた通り、彼は私が妻となったとしても剣を置いて留まる事はしないし、できないと思う。
そうして生きていくのが『アルマ・レオニード』という男なのだと理解している。
「・・・妬けますね、レオニードはそんなにいい相手でしたか?」
「何言ってるの副長さん。彼はそういう相手ではなかったでしょ?」
「手を出した、と言っていましたよ」
「手を出した、のはこちらも同じよ。また機会があれば、かしらね?大人同士の付き合いというのはその程度の事よ」
「寂しくはないのですか?」
「もうそんな風に考える歳ではなくなっちゃったわ。若い時はそうした恋もしたけれど、もうそんな恋は疲れちゃう・・・って、これ以上はお酒の席でもないと話さないわよ?」
「では近い内にお誘いしなければ」
「よく言うわね」
本気で言っているのかいないのか。
でもやはりシオンといるのは心地いい。
この声のトーンが好き、だったのよね。
微笑むアイスブルーの瞳を見ながら、私の指は無意識に服の下のペンダントに触れていた。
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