水と言霊と

みぃうめ

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第240話    馬車の中

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 馬車に乗り込む前に素敵な見送りをしてもらい、気合を入れて馬車に乗り込む。

 馬車が走りだし、乗り心地の悪さに早くもうんざりする。しかもガラガラガラガラ煩くて仕方がない。
 馬に乗れるわけがないから馬車移動は我慢しないといけないけど、スピードも遅い。
「あっくん!私お尻痛くなりそう!」
「俺も!こんなに乗り心地悪いなんて想定外だよ!この道舗装されてなかった!?」
「私達も馬で移動出来ないのかな!?
 こんなスピードなら馬に乗れなくても走った方が早いよ!」
「そりゃーしーちゃんの走るスピードならそうかもしれないけど、流石にそれは許可されないでしょ!
 休憩の時に聞いてみよう!」
「そうしよ!」

 こんな調子で話すのも声を張り上げないと聞こえないから一苦労。
 先が思いやられる。
 なんとか塀まで辿り着き、門から抜ける。
 抜けた先で一度休憩をとると言われた。
 やっと窮屈な馬車から降りられる。
 既に腰が痛い……お尻が痛くなるのも時間の問題だろうな。
 近くにハンスが控えているので声をかける。
「ねぇ、この馬車移動なんとかならない?
 私も馬で移動したい!それか走りたい!」
「紫愛様、それはいけません。
 安全面を考慮しての馬車になっております。
 それに紫愛様は馬に乗れないと言っていませんでしたか?」
「ハンスの前に乗せて!」
「しーちゃん!それは駄目だよ!
 何かあった時すぐに動けないのは反対!
 一人で乗るなら思った通りに馬も動かせるけど、そうじゃないでしょ?」
「……じゃあやっぱり馬車?」
「それしかないよ。」
「ハンス!因みに辺境まであとどれくらいかかるの?」
「1週間です。」
「「えっ!?」」
 まさかの答え。
 嘘でしょ!?これ一週間も我慢するの!?
 まともに話も出来ない馬車に缶詰!?
「いつもそんなにかかるの!?」
「……いいえ。」
「いつもはどれくらいなんだ?」
「2日か3日で到着します。」
「俺らがいるせいか?」
「馬車での移動だとどうしても時間がかかってしまいます。
 早く移動しようとすると馬車の破損にも繋がりますし、馬にも負担になりますから。」
 辺境に行く度に毎回これ!?
 無理っ!ぜぇぇぇったい無理!!!
 行きは仕方ないけど、帰るまでに馬に乗れるようになってやる!!
「ハンスの馬に乗ってみたい!」
「お1人で、でしょうか?」
「うん!」
「ですが…………」
 ハンスはチラリとあっくんの顔を見る。
 あっくんに駄目と言われたらハンスからの許可も下りないだろう。
「あっくん!私馬乗ってみたい!
 あっくんも練習してみたら?」
「多分俺の体重じゃ無理だと思うよ。
 しーちゃんそんなに馬に乗りたいの?」
「うん!」
「良いよ。
 但し、危ないから俺の視界に入る範囲でハンスに手網を握ってもらってね?」
「わかった!
 ハンスは!?馬の乗り方教えてくれる!?」
「勿論です。
 ですが、昼食をとってからにしましょう。
 走り回るわけではなくとも、馬にも休憩は必要です。」
「あ、そうだよね。」
「しーちゃん、お昼食べよう。」
「うん!」

 はやる気持ちを抑えて軽めの昼食を終え、ハンスに馬がいる場所へ連れて行ってもらう。
「紫愛様、騎乗するのは次の休憩にして、まずは馬と紫愛様との信頼関係を作りましょう。」
「どうすればいいの?」
「1番大切なことは怖がらないことです。
 恐れや怯えは馬に伝わります。
 紫愛様が馬を乗りこなしたいと思うのであれば、この人を乗せたいと馬に思ってもらうことです。
 まずはゆっくりと声を掛けながら近づきます。
 この時、駆け寄ったり大声や高い声を出さないようにしてください。
 馬は視野が広いですが、真後ろは見えづらいです。音にも敏感です。いきなり後ろから声を掛けたり触れたりすると興奮させてしまい、蹴られて大怪我に繋がります。」
「安心だよって伝えれば良いんだね?」
「仰る通りです。」
「ハンスの馬の名前は?」
「名前はありません。
 馬は大切な存在ですが、長生きは出来ないのです。情を移し過ぎないように敢えて名前はつけないのです。」
 そっか、大切に思えば思うほど失った時の喪失感は半端ではない。
 他の馬では駄目だと思ってしまうようでは騎士は務まらない。
「わかった。」
「では、ゆっくりと声を掛けながら近づいてみましょう。」

「お馬さん、休憩中にごめんね。
 少しお話させてね。」
 そう言いながらゆっくりと近づく。
 鼻先まで近寄る。馬はずっとこちらを見つめている。
「なんて綺麗な目なの。」
 その大きな目と長い睫毛に魅了される。
 動物は人間のような裏は無い。
 純真の塊のような存在だ。
 私を警戒している様子は無い。
 むしろ私に興味を示してくれている、ような気がする。
 馬の鼻筋にそっと触れ、優しく撫でる。
「あなた、とってもお利口なのね。可愛い。」
 馬の顔の左側にゆっくり移動し、顔や首筋を撫でさせてもらう。
「紫愛様は凄いですね。
 馬が一切の警戒をみせません。
 私の馬は脚は速いのですがかなり警戒心が強いのです。」
「そうなの?
 じゃあ他の人の対応が悪いんだよ。
 こんなに大人しくて可愛いのに。」
「紫愛様でしたらすぐにでも騎乗出来そうですね。
 今から少しだけ騎乗してみますか?」
「やめとく。次の休憩まで我慢するよ。
 この子を驚かせたくないし。」
「わかりました。」

 休憩時間目一杯馬と話し、再び移動するため馬車に乗り込む。
「しーちゃん馬に乗らなかったね?」
「うん。
 いきなりだと馬が驚いちゃうんだって。
 だから次の休憩まで我慢することにしたの。」
「そうなんだ。近くで見てみてどうだった?」
「もう!すんごーーーく可愛かった!」
「良い気分転換になったみたいだね。」
「うん!」
「俺が乗れる馬っているのかな?」
「辺境で探してみよっか!」
「そうだね。
 大きな馬がいると良いんだけど。」

 そんなことを話していたら、馬車をコンコンとノックする音と共に
「出発致します。」
 とハンスの声が聞こえてきた。
「はぁい!」
 と返事をし、揺れと音を覚悟する。

 暫くガタガタ揺られていると、やがて幾つもの建物が目に入る。
「なんかさ、側室達の家に似てない!?」
 1mほどの塀に囲まれ、石造りの家が目に入る。
 敷地は広いのに、やっぱり家が小さめ。
 しかも家も全て石造り。
「沖縄の昔の家みたいじゃない!?」
「あっくんにそう言われてみると似てる!」
 ただ、違うのは屋根。
 やっぱり瓦なのかな?
 瓦って平らなのもあるのかな?
 私は日本でよく見る波打った様な形の瓦しか知らない。
 あの形ってズレないため?
 それとも雨が流れやすいように?
 建物の知識がないからさっぱりわからない。
 
 ここであっくんが何やら一人でブツブツ呟き出した。
「やっぱりだ。側室の家と似ててこれだけ敷地が広いってことは中央の周りは上位の貴族達の家ってことだろ?」
 ギリギリ聞こえる程度の声量。
 それに、少しだけど怒りも感じる。
「あっくんどうしたの?」
「城近くに貴族達の家があるってことはやっぱり平民は外側ってことだよね!
 平民は魔法使えないのに何で守ってやらないんだ!」
 確かに、平民は外側だろう。
 でも外側にもまだ塀はあるよ?
 行ってみないと確かな事は言えないけど、一番外側の壁が最も高いんじゃないの?
「まだ全部見てないよ!?」
 私の言葉にもあまり反応を見せず、ずっと何かを呟いている。
 えっ無視!?
「これから一週間もあるんだし、初っ端だからさ!」
「そうだね!」
 あ、今度はちゃんと返事が返ってきた。

 結局、その日は貴族街を抜けることなく小さな貴族の邸宅を借り一晩をそこで過ごすことになった。
 私とあっくんと護衛三人は中。
 だけど一緒に来ている騎士達は外で野営をする。
「私はあっくんと同じ部屋で良いから、他の人を少しでも中に入れてあげて。」
「流石に男女が一緒の部屋というのは……」
 渋るラルフに
「一緒の部屋のが俺も守りやすい。
 ラルフ達の負担も減るだろ?
 しーちゃんが一緒で構わないならそうしてくれ。」
「……畏まりました。」

 あっくんと二人で部屋に入り、やっと一息つけた。
「あー!!腰が痛い!!」
「本当にね……あと六日もあるよ……」
 ただ馬車に乗っているだけなのがこんなにも疲れるなんて思わなかった。
 会話もままならず、狭い馬車に押し込められて、周りもあまり見れる状況にない。
 ほぼ収穫もなく一日が終わり、ストレスが半端ではない。
「さっさと寝よう。
 あっくんはちゃんとベッドで寝てね。
 私は簡易のベッド持ってくるように頼むから。」
「うん、そうしよう。疲れたね。」


 この時はまだ知らなかった。
 これから馬車での移動にどれほどの苦痛が待ち受けているのかを……













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