水と言霊と

みぃうめ

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第241話    無視

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 翌日、朝からまた馬車に押し込められての移動だ。
 昼頃になり漸く貴族街を抜けると、今度は低い壁が目の前に出現した。
 高さは2mほど。
 その低さに違和感を感じた。
 外側の方が低いの?
 あ、でも高過ぎると逆に見通しが悪くなるのかな?
 もしも魔物が壁を乗り越えて来た場合、それに気がつけなければ応援も何もあったもんじゃない。

 と、私が考えている正面で、あっくんはかなり怒っていた。
「何でこんなに壁が低いんだ!?
 守る気ねぇのか!?」
 誰からの話も聞いていないのに何でここまで怒れるのか理解できない。

 2mの壁を越えると、建ち並ぶのはお店のようだった。
 建物は二階建て?に見える石造りがほとんどで、多分一階部分がお店だと思われる。
 馬車に乗っているため何を売っているのかまでは不明だった。
 それが道沿いにずっと続いている。
 まるで商店街だ。
 ここでもあっくんがまた呟きだす。
「おかしい。店はあるのにそこで働く人達の家がない。」
 それってそんなにおかしいこと?
 どこかから働きに出てきてるだけじゃないの?
「上に住んでるとかは!?」
「じゃあ従業員は?どこに住んでるの!?」
「他から来てるんじゃないの!?」
「ここは貴族街に近いんだよ!
 こんなに遠くまで移動するなんて考えられない!」
「そうかなぁ!?
 通いで勤めるのは普通じゃない!?」
 あっくんからの返事はない。
 一人で考え込んでいる。

 まーた無視ですか?
 あっくんの質問に答えたのに?
 声を張り上げて答えたのに?
 一体なんなんだ。

 店と店の間に突如現れた高さ1mほどの石造りの塀。
 塀の中の土地は広大。
 その隅の方には明らかに店ではない住居が建ち並び、それが渡り廊下のような物で繋がれていた。
 店と店の間のこの土地と建物は何の意味があるの?
 その敷地に入り、馬車が止まった。
「本日はここで宿泊となります。」
 馬車の外からハンスに声をかけられる。

 ハンスとニルスに部屋へ案内され、あっくんは部屋に入るなりベッドに腰掛けブツブツ呟いている。それを放置し、ここがどういう場所なのかを聞く。
「遠征の際は土地を貸し出しますが、普段は商人の税の管理を任されている貴族の邸宅になります。」
「この広大な広さは普段何使ってるの?」
「普段は商人同士の会合や商品の引き渡しなどもこの広場で行っております。」
「贅沢してこの広さってわけじゃないの?」
 私が気になったのはそこだ。
「ここは丁度貴族向けの商店と平民向けの商店の中間に位置していますので、利便性も兼ねてのこの場所になります。」
「都合が良いからここなんだね。
 わかった、ありがとう。」
 普段からも活用してるなら問題ない。
「壁が石垣みたいだったよね?
 城のは板を張り巡らせたような感じで、石垣じゃなかった。
 城の壁の表面は板張りみたいだったけど、何でここは石なの?」
「いいえ、城の壁も石垣です。
 石垣の上から板で覆って隠しているだけです。」
「隠す?何を?」
「石だということを隠していますね。
 見栄えがするように、とのことらしいです。」
「それ、木は無駄じゃないの?」
「私は無駄だと思います。」

 あぁ、辺境の人間と中央の人間は、もうそこから違うのか。
 根本が違うんだ。
 時として威厳は必要不可欠なものではあるけど、それを生み出すために莫大なお金が必要ならその費用対効果は気になるところ。
 それで貴族達を掌握できているなら確かな効果だろう。
 けれど現実は舐められている。
 じゃあ愚策なんじゃない?

「板で覆ったら修理するにも時間とお金が倍増するよね?」
「そうですよぉ。」
 あーあ、その気の抜けた喋り方でハンスの心情が容易に推し量れてしまう。
 次期当主からすれば、そんなことにお金をかけるなんて信じられないって話だもんね。

 私は話題を変えることにした。
「ねぇ、私だいぶ馬に乗れるようになってきたと思わない?」
「はい。
 紫愛様の優しさが動物に伝わるのかもしれません。動物は嘘などつきませんから。」
 なんとも反応しづらいことを言われてしまった。
「ここでは動物って飼えないんだよね?
 動物が好きな人はどうしてるの?」
「馬の世話をしたり、くらいでしょうね。
 ただ、中央の貴族にはそういう者はおりませんよ。」
「なんで?」
「厩や家畜小屋は臭いでしょう?
 基本的に、家畜の世話は使用人やそれ専門の者達の仕事で、厩は騎士達の世話の当番以外では近付くことさえ稀ですね。」
 あの臭いは確かに私も拒否感がある。
 拒否感というより、吐いてしまう。
 実害がありすぎるのだ。
「そっかぁ。」
「紫愛様は御自宅で動物を飼っていらしたのですか?」
「飼ってないよ。そんな余裕なかったし。
 でも動物は好きだよ。」
「では、余裕があれば飼いたかったですか?」
「うーん……多分飼わないと思う。
 命を預かるってことでしょ?
 病める時も健やかなる時も共に。
 それが全て私の腕一つに掛かってくる。
 動物には逃げる選択肢も意志を伝える手段もない。
 健康な時は良いかもしれないけど、何か病気になったり深刻な怪我をした時、きっと何をしてもし足りないと思っちゃう。そんな人間の所にくる動物が可哀想だし、責任持てるとも思えない。」
「今の紫愛様のお考えこそ、動物にとってどれだけ幸せかと思います。」
「そうかなぁ……
 要は臆病ってだけだと思うけど。」
「私は素晴らしいと思いましたよ。
 生命を軽く考えないというところが。」
「知ってて、それでも何もしないこともあるよ。私だって汚い部分は沢山ある。
 それが人間たる所以なのかもね……」
「思慮深い紫愛様らしい発言と受け止めておきます。」

 私は思慮深くなんてない。
 短絡的で、子供達以外のことなんて本当はどうでもいいとすら思ってる。

「ゴマすりはいらない。そんなことしなくてもハンスのことは信用してる。
 過度な褒め言葉は嫌味だよ?
 私の知らないことや間違った判断をしたらちゃんと言ってほしい。
 私はそういう人に隣にいてほしい。」
「私はいつだって本心を語っておりますよ。
 紫愛様に尊敬の念を抱いております。
 口にするなと申されれば以後口にはいたしませんが、素晴らしいと思ったことはどんな立場の人間も正しく評価するのが辺境の流儀ですから、私以外の辺境の人間から評価を受ける可能性は否定できません。」

 なんでこんな話になってんの?
 ペット飼うかどうかの話だったのにスケールが大き過ぎる。
 でも、今の話は有益だったな。
 貴族も平民も、正しく評価を受けるなら本当に垣根がないんだ。

「それを当たり前だと言える考え方こそ、私は素晴らしいと思うよ。
 辺境に行くのが少し楽しみになった。」
「そのお言葉を大変嬉しく思います。」


 一泊し、馬車に揺られ商店街を抜ける。
 来た時と同じようにお店が並んでいる。
 でも、昨日までの店と雰囲気が違う。
 貴族街に近い店は建物も立派だったけど、目の前のお店はほとんど一階建てっぽく、ややこじんまりした様子。
 貴族と平民じゃ欲しがる物がそもそも違うんだから、ハンスが昨日言っていた通り内側は貴族向け、外側は平民向けのお店なんだろう。
 平民向け商店街の外には家もちらほらある。
 この家は平民の家なの?
 ここでもあっくんは
「何で店が一番門に近いんだ!?
 平民はどこだ!?」
 と不機嫌そうに言っている。
 少しお店の密集地を抜けると、今度は市場のように布を敷いた上や箱の中に野菜や果物らしき物が売っているゾーンに来る。

 私は優汰のこともあり野菜が気になったが、ここは中央からそんなに離れていない。
 優汰のためを思うなら辺境の野菜を少し貰って帰る方が、ここに並んでる野菜よりも、より違いが出るかもしれない。

 市場を抜けると目の前にはまた2mの壁。
 それを抜けると途端に野菜畑が広がった。
 それを見てあっくんは、ハッキリと怒りのボルテージを上げた。
「ほらやっぱりだ!平民が一番外側だっ!
 畑よりも外側に平民がいるなんておかしいだろ!?
 魔物が来た時一番に襲われるじゃねぇか!」
「いやいや!
 お店の近くに畑がないと運ぶの大変だし、貴族も平民もあそこで野菜買うなら中間に配置されてないと不便でしょうがないよね!?」
「被害が出てからじゃ遅いよ!
 ねぇ!?しーちゃん!」
 なーんか、噛み合ってるんだか噛み合ってないんだかわからない会話だ。
「そもそもここに冷蔵庫なんてないでしょ?
 ここは暖かい国なんだからさ、畑が外側にあったら運ぶのに時間がかかりすぎて野菜腐っちゃうよ!?」

 私達の荷物を運ぶのだってリヤカーみたいな物で運んでいることを考えたら、野菜だってそういう物で運んでるはず。スピードも遅いし、山積みで運ぶことも無理だろう。それに自分達の食べる野菜はある程度は持って帰ってるはず。
 税を納める代わりに野菜を納めている農家の人達だっているはずだ。腐った野菜なんて税として納められるわけないんだから、やっぱり中央に近くないと話にならない。

 これにもあっくんからの反応は無い。
 ……もしかして会話する気がない?
 独り言だったの?
 でも今私の名前呼んでたよね?
 答えは求めてないってこと?
 欲しいのは怒りへの同調だけ?
 それにしたって、言ってること滅茶苦茶なんじゃない?
 同意なんてとてもできない。


 それにしても畑が広い。
 進んでいる気がしない。
 広大な畑を一日では抜けられず、畑の途中に突如現れた高さ1mの石垣に驚く。
 商店街にあった貴族の邸宅と、土地の広さも作りもほぼ同じだ。
 正にポツンと一軒家な状態。
 こここそこんな土地の使い方はおかしい気がする。
 そこで本日は一泊することに。
 馬車に乗ってる間も、降りてからもブツブツ言ってるか考え込んでいるあっくん。
 会話もほぼない。
 というか、あっくんが会話する気がない。
 私、この状態をこれ以上耐えられるの?

 うんざりなんですけど!!!













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