水と言霊と

みぃうめ

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第246話    平民街

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 平民街にも貴族の家はあった。
 土地を管理したり、平民達の税の徴収をしたりする、所謂地方の貴族だ。
 かなりの敷地面積があり、そこで騎士団達が休めるようになっている。
 定期的な遠征があればそういった場所も必要になるだろうけど、それにしたって少し広過ぎる気がする。
 定期的な遠征は四箇所の辺境伯領に三ヶ月毎に赴くことになっている。
 つまり、一年に一度の頻度だ。
 そのためだけにこの広さの敷地が本当に必要なのか、騎士団員達が来ない間はこの敷地は何に使っているのかが気になった。
 商人街のように有効活用されてればいいな。

 部屋に案内され、あっくんは魔力漏れを封じる訓練を始める。
 私はその間に騎士団員と護衛の連絡を密に取るために動き回っているラルフが戻ってきていることを確認し、部屋の扉を開けラルフに問いかけた。
 だけど、返ってきた返事は
「遠征以外でこの敷地を何に使っているかは存じません。」
 だった。それに加え
「この屋敷の貴族が、是非一緒に夕食をと申しておりますが、如何いたしますか?」
 と聞いてきた。
 開いた口が塞がらないとはこういうことを言うのだろう。
 何故私とあっくんが貴族と食事を共にしなくてはいけないのか。
 私達は辺境への意見と魔物退治の実績を作る口実で辺境へ向かっているというのに、訳のわからない貴族と食事をして何になるというのか。
 畑の真ん中のベッヒャー家でのことがあり、ハンスに剣まで向けられたにも関わらずラルフがこれとは……
 学ぶ姿勢を少しも感じられないラルフが信じられない。ハンスがあれだけブチ切れたのもしょうがない気がした。
「一緒に食事をする気はないよ。
 これからはそんなこと私に聞かないで直ぐに断って。」
「畏まりました。」
「ハンスはここを何に使ってるか知ってる?」
「はい。
 ここでは主に、平民達が作った物を売買できるように、簡易の店を開いたりしております。」
「じゃあここは無駄に広いだけじゃないんだね?」
「はい。遠征の際には邪魔になってしまいますし、騎士団員達と平民の不用意な接触を避けるためにも店は開けないことは周知されております。」
 普段の活用法がしっかりしてるんなら何も言うことはない。
 ここで部屋の中のあっくんから
「しーちゃん、俺もできたと思う。」
 と報告が入った。
 ラルフとハンスとニルスには知っておいてもらわないと後々困ることになる。
 ちょうど護衛三人共がここにいるんだから説明しとこう。
「大事な話があるから三人共部屋に入って。」
「それは、先程の事でしょうか?」
「そう。本当に私とあっくんができてるかの確認もしてもらいたい。」
 ハンスはふぅーっと息を吐き
「本来ならば部屋の前に護衛が不在の状況は作りたくはありませんが、今回ばかりは致し方ございません。
 あのように無様に狼狽えることは二度としたくはありませんから。」
 ニルスはハンスの言葉に無言で頷き、ラルフは顔に疑問を浮かべる。
「どうぞ。」
 と、三人を招き入れ
「あっくん、やってみてくれる?」
「わかった。」
 そう言ってあっくんは魔力を内側で留める。
「なっ!なんで!?魔力が!!!」
 と慌てているのはラルフのみ。
 ニルスはまたも目を見開き硬直。
 ハンスは額に手をやり、はぁーと重い溜息をついた。
「やはり川端様もできるようになってしまわれるのですね……」
「俺の魔力の圧、消えたか?」
「はい、消えております。」
「ハンス!何でそんなに落ち着いてんだよ!
 魔力なくなったのに!!」
「落ち着け。大声を出すな。
 川端様は意図的に圧を消していらっしゃるんだ。」
「は!?意図して消す!?
 そんなことできるわけないだろ!」
「実際にできておいでだろう。
 川端様、一度それを止めていただけませんでしょうか?」
「ああ。」
 あっくんは魔力の操作を止めた。
 再びあっくんの魔力の圧を感じたんだろう。
 ラルフはあからさまにホッとした様子を見せた後
「どうやって圧を消したのですか!?」
 と聞いてきた。
「魔力を操作しただけだ。」
「操作で圧が消えるのですか!?
 そんな話は聞いたことがありません!」
「あっくんと私は平民達から直接話を聞きたいの。どうすれば良いか考えた結果がこれ。
 私達は圧さえなんとかできれば見た目が平民に近いんだから利用しない手はないよね?」
「お待ちください!
 川端様と紫愛様だけで平民街へ赴くおつもりですか!?」
「そう。ラルフ達がいたら平民達の本音は聞けないでしょ?」
「ですが危険すぎます!」
「何かされそうになっても魔力の圧を消すのを止めればいいだけ。」
「ですがそれではあまりに「紫愛様、では、距離をおいて着いていく許可をください。」
「ハンスは黙ってろ!」
「ラルフ、川端様と紫愛様はお強いんだ。
 圧を解放するだけで平民達は身動きすらとれなくなるだろう。反対する理由がない。
 しかし、全くの別行動となると万が一があった場合お守りできない。紫愛様達の邪魔をしないように距離をおくのが最善だ。」
「言い合いは止めて。
 現状をきちんと把握できなきゃ辺境への意見のしようがないんだから、ハンスのいう距離を置いての護衛が譲歩だって言うなら許可する。
 近くに肌の青い見るからに貴族の人間がそばにいたら邪魔。」
「………………畏まりました。」
 ラルフはかなり不満そうではあるけど、こればっかりは仕方無い。
「話はそれだけ。時間とらせてごめんね。」
「お2人共、騎士団員達の前ではやらないようにお願いいたします。魔力に波があると歪曲わいきょくして隙を狙われる可能性もあります。」
「周りには注意ってことだよね。
 わかってる、大丈夫だよ。」

 ラルフは柔軟性がなさすぎる。
 その場その場での対処が求められる騎士団を率いる立場の人間がこれで良いのか疑問しか残らない。
 加えて知識もない。
 何か聞いても知らないとしか返ってこない。
 もうラルフに何か聞くのはやめよう。


 次の日、悪路を馬車で進みながら外を見て、大きめな建物しかないことに驚いた。
 しかもかなり年季が入っている雰囲気。
 平民外に入ってすぐはこんな大きな建物はなかったし、どう見ても小綺麗ではあった。
 休憩に入り、ハンスに聞く。
「これより先は一帯、集合住宅ばかりです。
 平民街に入ってすぐの建物は裕福な平民の戸建てでしたが、壁に近づけば近づくほど家を持つことは難しくなります。」
「壁に近ければそれだけ貧困層になってくってこと?」
「そうです。」
「なぁ、スラムはないのか?」
「ございます。」
「やっぱりあるんじゃねぇか!」
 平民街に入ってからは、あっくんの怒りはまた復活していた。
 一人でブツブツ言ったり怒りだしたり話を聞かなかったり……
 早く辺境に着きたい。
「ここで1泊をした後は、道が悪くとも一気に辺境まで向かいます。
 明日の昼過ぎには到着予定です。」
 治安が良くないってことだよね?
「道悪くてもいいから早く着きたい。
 早く馬車から解放されたい。」
 切なる願いだった。
「申し訳ございません。
 もう少しの辛抱です。」
 辺境に着いてからも時間見つけて乗馬の訓練してやる!
 絶対馬車で帰らない!
 さっさと終わらせて早く絢音に会いたい!
 馬車で何が辛かったかといえば、勿論乗り心地も悪かったけど、一番嫌だったのは言葉の通じないあっくんと二人きりだったこと。
 一人で怒ってて会話も成立しない。
 精神的な疲労の蓄積が半端ではない。
 最初こそ馬に乗せてもらって気分転換もできたけど、腰が痛くなってからは馬にも乗れず、あっくんの過保護っぷりが発揮され視界から消えることも許してもらえず、ハッキリ言って苦痛だった。

 いよいよ明日、辺境に着く。
 本当に長かった。
 明日への期待を胸に、今日泊まる部屋で早めの就寝についた。













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