水と言霊と

みぃうめ

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第295話    魔物襲来③

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 ハンスを馬車に乗せ、三人で話をすることになった。
 流石に横抱きのままの姿を晒すのはキツい。
 あっくんの横に座り、ブランケットを二人で膝に掛ける。
「端的に申しますと、ギトー家には暫く戻れません。
 今後どの程度の魔物が此処へ向かってくるか不明な現在、戻ったところで此処へ逆戻りなのは明白ですから。
 此処で野営をし、様子を窺うことになりました。
 ご不便をおかけしますがご容赦ください。」
「それについては特に意見はない。
 予想通りだしな。
 それより、間を置かず何度も魔物が来るのは普通なのか?」
「はい。特にギトー辺境伯領では魔物の発生が頻発しております。
 一度で終わることもありますが、何度も姿を現すことも珍しいことではありません。」
「あの数は?普通か?」
「いえ、初回の20程度の数であれば、多少の苦戦は強いられてもままあることです。
 ですが2度目の数は……」
「目測だが一度目の倍以上いたな?」
「はい。下手をすれば私共は全滅、魔物は門まで届き得たかもしれません。」
「門の守りは?」
「内側にも騎士は残っております。
 ですが、塀の上からの攻撃となります。
 その戦いには慣れておりません。
 訓練はしても実践には程遠いのです。
 屍が積もれば塵となる前にそれを踏み台とし塀が越えられていた可能性もあります。
 お2人の迅速な対応に感謝してもしきれません。」
「これ程の数の事例は?」
「あるにはありますが、10年以上前に起こったことだと外の者達は言っておりました。」
「そんなに前なのか…その時の被害は?」
「魔物と対峙したギトー騎士団員の半数以上が死亡。残りも重症で、復帰はおろか命があっただけ奇跡的という状況だったと。
 中央の騎士達も似たようなものだったそうです。
 外の者達にも相当な被害が出たと…」
「じゃあここ10年は比較的安定していたのか。
 原因に心当たりは?」
「ありません。」
「動物の餌となる植物の豊作などは?
 動物自体の数が増えれば魔物も増えるんじゃないか?」
「一因としては考えられるかもしれませんが、何も分からないのです。」
「分からないのにそのままか?
 調べるくらいするもんだろ?」
「森から出られません。」
「は?」
「出られないのです。」
「………どういう意味で?まさか魔物か?」
「はい。ギトー辺境伯領の森はとても深いのです。
 魔物と遭遇せずに抜けることは不可能です。
 森を抜けた先が今どうなっているか、確認のしようがありません。」
「他の辺境は?
 西だったか?森抜けて塩取ってんだろ?」
「西は特殊なのです。
 僅かな森、というよりは林があるのみで、その奥にある山を越えると塩湖がありますが、その山もほとんど何も生えておりません。
 塩湖を越えた遠く先は森。その森も深く、先は分かりません。
 東はあまり木が生えず草原の様な状態が広がっており、私共から視界は広いですが魔物にとってもそれは同じこと。
 遠くに山は見えても距離が遠く、そこまで辿り着くことは叶いません。
 南は砂漠が広がっており、魔物はごく僅かですが砂以外の何もありません。
 行けども行けども砂なのです。」
「ねぇ、他の国はどうなってるの?」
「昔はやり取りがあったと記されてはおりますが、今はもう……
 無事にあるかどうかも不明です。」
「そんな…じゃあ陸の孤島じゃない!」

 魔物に囲まれて逃げ場がない。
 そんな状態でよく今まで国の形を維持していたな…
 僅かなイレギュラーですぐにでも崩壊してしまいそうだ。

「だが、今回のようなことがあれば10年前の二の舞だろ?」
「それを覚悟で騎士になるのです。」
「魔物を目の前にした時の中央の騎士達を見たか?
 奴らにはその気概は一切見られねーがな。
 鼓舞していたのは辺境の騎士達だろ?」
「承知しております。
 権力に溺れた者が殆どですから。」
「それにしたってあまりにも酷い有様じゃねーか?
 こんなことは誰もが知ってる事実だろ?
 国としての危機なのに?
 10年はそんなに昔のことじゃないはずだ。」
「……他人事なのでしょう。
 自らが命を賭ける事態は起こらないだろうという慢心。
 今まで辺境がなんとかしてきたのです。
 今後もなんとかするだろうと、して当然だと。
 その隙に利を得ようと。」
「なぁ、分かってんじゃねーの?本当は。
 いつ国が失くなるか分からない。
 常に焦燥感に駆られる人生。
 だったら今、少しでも、他人ひとより良い思いをしたい。
 だからより貪欲になる。
 だからより欲に忠実になる。
 ま、欲に振り回されてるだけとも言うか。
 浅はかで愚かな行為だ。
 危機に直面し、思考を放棄した者は大抵そうなるか絶望して自決かの二択だ。
 欲望の化身となって行動する人間は犠牲になるのはどうせ平民だとでも思っていやがる。
 それを平気で口にもするだろうな。
 その姿を普通と捉え育つ子がどうなるか、言うまでもないだろう。
 まさに負の連鎖だな。

 俺達が騎士共を助けたのは本当に正解か?」


 あっくんは信じられないことを言い出した。

「あっくん!!!」
「なに?」
「馬鹿の危機感煽るために命賭けて戦う人をわざと見殺しにしようっての!?」
「そうは言ってないよ。」
「じゃーどういうつもりで言ったの?」
「魔物と戦う以上覚悟は出来てるはずだ。」
「だから見殺しにしろって!?」
「俺だって見殺しにするつもりなんてないよ。辺境の騎士達が怪我して人手不足とでも報告すれば違うんじゃない?」
「それはここの人達のプライドを傷つける行為だよ!」
「死ぬよりはマシだよ。この国を変えるためには「ここに何しに来たの!?
 そんなの腰抜け皇帝に任せなよ!
 私達の考えることじゃない!!」
「俺達はここにずっとはいられないんだ。
 騎士達の心構えを変えなければ無駄死にするだけだ。
 しかも一番に被害に遭うのはここの騎士達なんだよ。」
「だったら余計に見殺しになんて出来ないでしょ!」
「だからなんとかしたいって話だよ。
 それともしーちゃんはずっと此処にいるつもりなの?」
「政治の話がしたいんなら此処に来ずに皇帝につけばいいでしょ!?」
「しーちゃん!」
「あっくんは何がしたいの?全然分からないよ!」
「お2人とも!!
 言い争いはおやめください!
 いつ魔物が来るのか分からないのですよ!」
「ごめんね。ハンスの言う通りだね。」
「しーちゃん、俺は見殺しにするつもりなんてないよ!」
「その話はもういいよ。喧嘩してる場合じゃないってハンスに言われたでしょ?」
「しーちゃん!」
「お!わ!り!分かった?」
「しーちゃん…………」

 話続けたってヒートアップするだけ。
 本当にあっくんはどういうつもりで此処にいるんだろう。
 ブレにブレまくっている。
 弱い者を守ると言ってみたり魔物と戦ってみたり、今度はどう在るべきか?そのために見殺しに?
 辺境をどう良くしていくかじゃないの?
 此処にいる今困っている人達をどう助けるかじゃないの?
 中央のマヌケ貴族なんてどうだっていいじゃないか!
 んなこたぁー皇帝やギュンターが考えることだ!

「ハンス!ここにどれくらいいる予定!?」
「様子を見つつになりますが、少なくとも1日は離れられないとお考えください。
 魔物が落ち着いたと判断次第帰宅となります。」
「ずっと馬車にいさせるの?」
「申し訳ありません、地面がヌカルんでおりますので馬車の方が幾分快適かと思います。」
 こんな空気であっくんと二人きり!?
 最悪だ!
「私達が外で過ごせるよう一一一一

 ブォーーーー

「また魔物!?」
「行きましょう!」
「しーちゃん!行こう!」
「よろしく!」
 こんな空気でも抱かれて向かわないといけないなんて!!



 結局、現れたら魔物は僅か二匹。
 その後も間を置かず数匹が現れ続け、夜中に出てきたのにその日の夜まで魔物が出っぱなしだった。
 夜になると魔物はピタリと出なくなり、帰れたのは次の日の昼食前。
 逼迫した状況で眠れるわけもなく、馬車の中での徹夜が響き、部屋に戻るとベッドへ倒れ込み次の日まで目が覚めなかった。














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