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104話  王妃

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 ◇ ◇ ◆ ◇  王妃

 わたくしは今牢の中にいる。

 王妃であるわたくしの入る牢は他の者よりも多少は優遇されている。

 ベッドはフカフカではないけど、一応あるので床で寝ないで済む。
 トイレも一応あるのでバケツは置かれていない。

 食事も豪華なものではないけど、一応美味しくはいただける。

 服も豪華なドレスに身を包んでいたのに今は簡素なワンピース。
 入浴は数日に一回、もちろん誰の補助もなく一人で入る。
それらはわたくしにとって初めてのことで服の着替えや入浴が一番大変だった。

 生まれて初めてこんな場所で過ごす。

 ほとんど日の当たらない寂しい静かすぎる場所。
 一応わたくしを見張るための騎士が立っているが、話しかけても返事はもちろんない。

 こんな場所であとどれくらい過ごせばいいの?

 多少のことはほとんど見逃してくれたはずの陛下が突然わたくしを捕らえた。

『フランソア……君をこれ以上見逃すことはできない』
 わたくしにすまなそうにそう言った。

 何故そんな顔をするのかしら?悪いのはわたくしなのでしょう?



 でも………この牢に入って、取り調べはなかった。

 ただ毎日陛下が時間を作り訪ねて来た。
 お互い仮面夫婦として過ごして来た数年、まともに夫婦としての会話はしてこなかった。

「フランソア、居心地が悪いと思うがしばらく我慢してくれ」
 初めて訪ねて来た時そんな言葉を陛下は言った。
 わたくしは淡々と「構いませんわ、特に不自由はございませんもの」と答えた。

 それ以上の会話はなかった。

 二日目。

「寒くはないか?」
「大丈夫ですわ」とだけ答えた。

 三日目。

「ここで君は何を思って過ごしているのか?」
「別に……何も……」
 ーーー貴方に伝える言葉はないの。

 陛下が話しかけても冷たく返すのでそれ以上話しかけてはこない。もう会いにこなくていいのに、そう思って冷たくあしらって来た。

 だけど「もう来ないで」とだけは言えなかった。


 牢に入り、何も無くなってから、何故か不思議に心が落ち着いて来た。

 心の中がザワザワといつも落ち着かなくてイライラしていた。優しい王妃、国民に微笑む王妃、国民のために頑張って働いた。寝る時間すら惜しんで。
 そして陛下を支える良妻として王太子の賢母として、わたくしは常に過ごして来た。

 どんなに体がキツくてもどんなに心が疲弊していても『良き人』としての仮面を外さなかった。

 ただ唯一、グレンに対してだけ異常に固執……ううん、執着していた。

 陛下を愛していた。その愛が壊れた時、彼に似たグレンに対して憎悪を向けた。そして、今度はグレンが不幸になる姿がわたくしの唯一、心を満足させてくれた。

 グレンが不幸になればわたくしの心が満たされる。歪んでいく自分を止められなかった。

 もしかしたら陛下がわたくしを止めてくれるかも、わたくしを見てくれるかもしれないと思っていたのかもしれない。

 夫婦としては破綻していたわたくし達。だけどグレンに対して関心を示せば陛下がわたくしの様子を窺う。だからさらにグレンに執着して行った。

 どんなにグレンに酷いことを言っても陛下は見逃してくれた。

 ーーーどうして?わたくしは貴方とそっくりの息子を虐げているのよ?

 心は悲鳴をあげていた。

 ーーー止めて欲しい。わたくしを見て欲しい。

 まるで相手にしてもらえない子供が親の関心を求めているように。

 そして超えてはいけない一線を超えた。

 グレンが新しい恋をしたと知ってわたくしはその恋をぐちゃぐちゃにしてやりたかった。

 愛する妻が亡くなってあんなに嘆き悲しんだくせに!

 何故新しい恋をするの?

 陛下はずっとセリーヌ様だけを愛したのに……
 今もセリーヌ様だけを愛しているのに………


 わたくしを愛してくれることはなかった。冷たい言葉を吐かれ無理やり抱いて、わたくしは……『王妃』と言う役割をただ忠実にさせられるだけの人間でしかなかった。

 ほんの少しでも陛下がわたくしに愛情を、ううん、求めてはいけないのに………求めたわたくしが悪い。

 ずるい、狡い、ズルい!

 グレンが愛したラフェという娘、そして自分の息子でもないのに可愛がるアルバードという男の子。

 陛下は王太子であるわたくしの息子に、王太子としての役割しか求めなかった。可愛がることもなく父親としてではなく国王として息子に接して来た。

 息子も父上と言わず、幼い頃から『陛下』と呼んでいた。わたくしが『陛下』と呼んでいたからかもしれない。あの子にとってわたくしだけが親で、陛下は『陛下』でしかなかったのかもしれない。

 わたくし達は愛されなかった。だからこそ、グレンが再び愛したラフェとアルバードを壊したかった。

 殺したいほど憎んだ。
 だけど殺す気はなかった。

 たまたま麻薬がコスナー領で広まっていることを知ったわたくしは、コスナー伯爵に脅しをかけた。

 コスナー伯爵はわたくしの機嫌取りによくくる男だった。そんな貴族は山ほどいる。

 そんな貴族達を警戒していたため、わたくしに近づいてくる貴族達の情報は常に調べさせていた。だからコスナー伯爵がかなり悪質な脱税をしていたことも荒稼ぎをしていることも、そして娘婿に記憶をなくした騎士を迎えたことも調べて話は聞いていた。

 調べてくれたわたくしの諜報員が教えてくれたのが、娘婿とグレンの愛しているラフェという娘が結婚していたこと。そしてアルバードが二人の息子だったこと。

 その事実をラフェは知らない。
 娘婿も記憶が戻ることなく新しい家庭を築いていること。

 わたくしは愉しくなった。心から嗤った。

 これは運命だと。

 娘婿は記憶がないままに、我が子を傷つけ愛する妻を苦しめる。もし記憶が戻れば絶望しかないだろう。

 だからコスナー伯爵に優しく脅してやった。

 娘婿の元嫁と息子を苦しめるように。

 コスナー伯爵としても二人は邪魔な存在だから喜んで手を貸してくれた。

 麻薬を子供に飲ませ、その母親を犯罪者のように扱う。

 なのにグレンは助けた。

 まるでヒーローのように。

 だからラフェをそしてアルバードを殺そうと思った。

 グレンから再び愛する人を消すために。


 全て失敗してわたくしは牢にいるけど。

 取り調べもなく裁判もなくただ毎日“ここ”にいるだけ。

 1日に一度は陛下がわたくしに会いにくる。

 気がつけばそれだけを楽しみに毎日過ごしている。






「フランソア、君はそんな悲しそうな顔をしていたんだね」

「はっ?今まで貴方がわたくしの顔を見たことがあるのかしら?」

 思わず感情が出てしまった。

「わたしは……君を見ようとしていなかった。ずっと目を逸らし続けて来た」

「だったらこれからもそうしていればいいのでは?今更犯罪者でしかないわたくしに目を向けても仕方がないのでは?」

「…………すまなかった」




「そんな言葉は要らない!!!」








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