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4.お断り

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婚約が破棄された翌日。
私は早朝からヘーレイシア公爵家を出発していた。
ヘーレイシア公爵領を見て回るためだ。
領民達との交流はとても大切にしている。
領民を守ることは上に立つ者としての責務である。
その為にも、公爵領の現状を実際に見て確認する必要があるのだ。
報告書を信用していないわけではないが、偽りが書かれている可能性があってもおかしくはない。
それに自分の目で見なければ分からないこともある。


「エリス様。ご機嫌麗しゅう。お久しぶりですね。」

「久しぶりね。あら、今日も素晴らしい花を揃えているのね。」

「よろしければ1束どうぞ。」

「ありがとう。部屋に飾らせてもらうわ。」

「まぁ!嬉しい限りです。」


久しぶりだが、いつものように領民達と話しながら様子を見る。
特に変わりはないようだ。
良かった。
しかし、1人の領民が私に訊いてきた。


「エリス様。少しお訊きしたいことが…。」

「何かしら?」

「その……失礼ながら、婚約破棄されたという噂は本当なのですか?」


その言葉に、周囲の領民達も耳を傾ける。
賑わう場所にも関わらず、静まり返ってしまった。


「……本当よ。でも私は良かったと思っているわ。」

「えっ…!?そ、それは何故ですか?!」

「あなた達領民と、こうして話が出来る時間が得られたからよ。」

「「「…!!!」」」


驚いたような顔をする皆に、私は笑顔を向ける。


「私は皆が幸せでいてくれるだけでいいの。何か困ったことがあれば言って頂戴。出来る限りの事はするから。」

「っ…エリス様!」

「ここの領民で良かったわ!」

「エリス様はやはり我らの女神だ!」

「め、女神だなんて大袈裟よ。」

「いいえ!そんなことはありません!」


そう思い思いに私への言葉を発している領民達。
少し恥ずかしい…。
恥ずかしくはあるが、嬉しくもあった。
そんな以前と変わらない領民達を見ていると、私まで笑顔になる。

数時間後。
領民達と別れ、私は公爵家に戻った。


「ユナ。花を部屋に飾っておいて頂戴。それとルアはいる?」

「はい、お嬢様。」

「料理長に食材を渡してきてほしいわ。これも貰い物だからね。夕食にでも使ってと伝えておいて。」

「分かりました!では行って参ります!」


一息つき、昼食後にお父様へ公爵領内の様子の報告と、仕事の手伝いをしようかと思っていたのだが…。
ちょうど昼食を取り終えた時、ルアから告げられたのだ。


「…あの、お嬢様……。」

「どうしたの?浮かない顔をして。」

「実は、王子殿下がお見えになりまして…。」

「王子殿下?……それはかしら…。」

「はい…。」


婚約者ではなくなったのに、何の便りもなく急に訪ねてくるとは。
だが何故来られたのかは想像がつく。
レーアの代わりに仕事を行えとでも言うのだろう。
ゼルディア殿下は私を何だと思っているのか…。
とりあえず身支度を済ませ、殿下の待つ応接室へと向かった。


「お待たせ致しました。」

「…遅いぞ。」


急に来ておいてその言い方はないだろう。
それに5分程度しか待っていないのに、なんと気が短い方なのか…。


「ふんっ…。お前に重要な話があって来た。だがその前に一つ訊きたい。」

「何でしょう?」

「お前は……演技をしていたのか?」

「…はい?」


それを今訊くのかと思い、首を傾げてしまった。
手短にさせる為、直ぐに本題に入るものだとばかり考えていた。
しかしこのような、今更どうでもいいことを訊いてくるとは…。


「失礼ですが、それを訊いて何かあるのですか?」

「お前には関係ないだろう。何も訊かずに私の質問に答えればいい。」

「…そうですか。では質問の答えですが、殿下の仰る通りです。私の本来の性格は『あれ』ではありません。今こうして話している『私』が、家族の前でのみ見せていた偽りのない姿です。」

「……何故だ…?何故演技をしていた。」

「…覚えていらっしゃらないのですね。」

「何を?」


--10歳の時、ゼルディア殿下と婚約して間もない頃。
殿下はこう仰った。


『私の好みは、可愛くて愛嬌があり、守ってやりたいと思えるような人だ。君は私の好みとは少し違う…。だから今言った人物像に合った人になれ。これは命令だぞ。今のままでいるのならば、私は君との婚約を破棄したいと父上に言う。』


と。
こう言われてしまっては、従うしかなかった。
殿下は3年ほど、私に優しく接してくれたが、それ以降は距離を置くようになった。
しかし私はずっとこの命令を守ってきた。
なのに本人は命令したことを忘れ、違う女性との婚約を望んだ。
そんな人に『何故』と問われても答える義理などないだろう。


「それにはお答え出来ません。しかし殿下。そろそろここに来た本当の目的を教えて下さいませんか?何か重要なお話なのでは。」

「…いいだろう。端的に言う。エリス、私の側妻になれ。」

「それは……、婚約を結び直すということでしょうか。」

「そうだ。お前にとっても良い話だろう?」


予想していたとはいえ本当に言ってくるとは…。
呆れを通り越して、素晴らしい精神だとさえ思えてくる。
自ら婚約破棄を言い出しておきながら、不都合が生じると婚約を結び直そうなどと……。
私なら絶対にしない。


「やり直そうじゃないか。私もおま……君が、本当はこのような人だとは思わなかった。だから……」

「…『やり直そう』ですって?」

「…?ああ。私達ならもう一度婚約を結び、今度こそ良い関係を築いていけるはずだ。」

「もちろん……お断りします!」

「……え?何を…言って……。」

「はっきりと申し上げます。婚約はお断りします。」


二度と、ゼルディア殿下と婚約を結ぶ気はない。
たとえ陛下からどのような贈り物をされようとも、婚約話で首を縦に振ることはないだろう。
それほどまでに、私の意思は固いものなのだ。


「こ、断る…だと!?」

「そもそも、殿下にはレーアさんという愛されている方がおられると思いますが。」

「それはだな……。」


合わせていた目を逸らし、必死に婚約したい理由を考えている様子。
本人を前に、『仕事を押し付ける為だから』なんてことは流石に言えないようだ。
ゼルディア殿下は黙り込んでしまったので、話が進まなくなった。
これでは時間の無駄だ。
故に、早くお帰りいただこう。


「……お話は婚約の件のみでしょうか。」

「あ、ああ。そうだが…。」

「先程申し上げた通り、私は殿下と婚約はしません。誰になんと言われようとも、この意思は変わりませんので。では失礼致します。」


私は頭を抱えるゼルディア殿下を応接室に残し、退室する。
出る間際に呼び止められないかとドキドキしたが、何も言われなかった。

その後、ルアからゼルディア殿下がお帰りになったと伝えられた。
しかし諦めが悪いのが第二王子殿下である。
何かしらの方法で婚約を結ばせようとしてくるかもしれない。
注意しておくに越したことはないだろう。

私は今朝の公爵領内の様子を報告書にまとめ、お父様に渡しに向かった。
執務室では、いつものようにお父様が仕事をしていた。
書類に目を通し、サインをするだけというような流れ作業に見えるが、全て理解した上で、間違いがあれば修正してからサインしている。
お父様の仕事の速さ・容量の良さには、まだまだ学ぶべき所が多い。


「お父様。今朝の領内の様子について、報告にまいりました。」

「ご苦労様。ゼルディア殿下が訪ねて来られたと聞いたが、何の話だったんだ?」

「あー…、えぇっとですね…。簡潔に言いますと、婚約の話でして……。」

「婚約…?……もう一度婚約を結んでくれとでも言われたのか?」

「はい。ですがお断りしました。絶対に嫌でしたので。」

「…だろうな。しかし婚約破棄を言い渡した側が、もう一度婚約してくれと言ってくるとは…。」


お父様の中で、ゼルディア殿下への評価がとてつもなく低くなっているような気がした。
その後、報告書を渡し、お父様を手伝ったのだった。
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