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12 憂惧
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翌日も昼間は誰とも話さず、夜の仕事は交代して休みだったので、晴也の声帯は使われずに音の出し方を忘れてしまいそうだった。
独りで夕飯を食べていると、明里からLINEが来た。彼女に水曜と木曜はバーで働いていると伝えたので、「仕事中ごめん。返信不要」と最初に書かれていた。こちらから今夜会わないかと言っておけば良かったなと思った。
明里が貼りつけているリンクをタップすると、外国語のサイトが開いた。国際関係の学部を出て、今もアメリカやカナダの取引先に日々メールをしている明里にはどうということはないのだろうが、晴也はぎょっとした。
どうもイギリスの舞台芸術系の雑誌のWEB版らしく、沢山の写真も載っていた。頑張って細かい英語を解読する。
サイラス・マクグレイブの名を見つけて、晴也の胸にどろりと重みのある黒いものが落ちて来た。記事には「マクグレイブの最新作は世界中のアーティストによる新感覚のパフォーマンス・アート」といったヘッドラインがついている。
もう制作発表をしたのかと晴也は驚く。ということは、晶はパック役のオファーを受けたのだ……いや、まだそうと決まった訳ではない。
晴也は最後のひと口のご飯を飲み下し、湯呑みを両手で包んだ。昨夜も今日の昼も、晶からのLINEは既読スルーを続けている。そんな自分を、晴也は卑怯だと思う。
自己嫌悪に塗れながら、再度英文のサイトに目を向ける。そして晴也は、まるでその部分だけは、読みたくなくても読まなくてはならないと、誰かに突きつけられたような錯覚に陥った――頭の中に自動翻訳機が備わったかのように、何故かすらすら読めたのだった。
「活躍を約束されていたにもかかわらず足の故障で帰国したアキラ・ショウ・ヨシオカが、そのチャーミングなダンスで個性的なパックを演じ、ミュージカル界に復活する期待が寄せられている。サイラスは演出の仕事で1月に日本を訪れた際、ショウを口説き落とした。彼は母国で子どもたちにダンスを教えながら、小さな劇場で創作ダンスを披露している。彼に相応しい舞台を用意し、彼を忘れず惜しんでいるファンを喜ばせたいとサイラスは語った。」
晴也はページを閉じて息をついた。……口説き落とされたんじゃねぇか、興味のないようなそぶりなんかしやがって。心の中で晶に悪態をつく。
「ありがとう、面白い記事でした。どういうスケジュールでこの舞台に出るのか、ショウさんからは聞いていませんが、日本に帰って来なくなるかも知れないですね」
晴也は明里にLINEで礼を述べた。返事がすぐに来る。
「お兄ちゃんお店暇なの? それはともかく、ショウについてロンドンに行くつもり?」
まさか! 晴也は1人で笑った。
「ついて行ってどうする? 今実家に戻りたいと思ってるくらいなのに」
「何それ、何かあった?」
「女装してることやら、ショウさんとのことやら会社にバレた」
すこし間が空いた。明里が返事に困っているに違いなかった。やがて吹き出しが画面に現れた。
「バレてもいいと思ってやってるんだと思ってたわ、そんでお兄ちゃんすげーなって尊敬してたのに笑」
何だそれ。晴也は軽く衝撃を受ける。バレておたおたしている俺は、兄としてイケてないということか。
晴也が困惑していると、明日はルーチェに行かないのかと明里は訊いてきた。晴也は明日バーに出勤だということを伝える。
「あっじゃあお兄ちゃんの店に寄ってからルーチェに行くことにする♡」
うわっ、と晴也は独りで言った。女装する自分を実際目にしたら、明里はどう思うだろう?
それにしても彼女は、連れが誰もいなくても観に行くくらい、ドルフィン・ファイブのダンスを気に入っているらしい。晶に既読スルーを続けているなどと言ったら、説教されそうな気がする。
明里が泊まりに来てもいいようにしておこうと考え、晴也は食器を手早く洗うと、部屋の片づけを始めた。こういう作業は気が紛れて良かった。
独りで夕飯を食べていると、明里からLINEが来た。彼女に水曜と木曜はバーで働いていると伝えたので、「仕事中ごめん。返信不要」と最初に書かれていた。こちらから今夜会わないかと言っておけば良かったなと思った。
明里が貼りつけているリンクをタップすると、外国語のサイトが開いた。国際関係の学部を出て、今もアメリカやカナダの取引先に日々メールをしている明里にはどうということはないのだろうが、晴也はぎょっとした。
どうもイギリスの舞台芸術系の雑誌のWEB版らしく、沢山の写真も載っていた。頑張って細かい英語を解読する。
サイラス・マクグレイブの名を見つけて、晴也の胸にどろりと重みのある黒いものが落ちて来た。記事には「マクグレイブの最新作は世界中のアーティストによる新感覚のパフォーマンス・アート」といったヘッドラインがついている。
もう制作発表をしたのかと晴也は驚く。ということは、晶はパック役のオファーを受けたのだ……いや、まだそうと決まった訳ではない。
晴也は最後のひと口のご飯を飲み下し、湯呑みを両手で包んだ。昨夜も今日の昼も、晶からのLINEは既読スルーを続けている。そんな自分を、晴也は卑怯だと思う。
自己嫌悪に塗れながら、再度英文のサイトに目を向ける。そして晴也は、まるでその部分だけは、読みたくなくても読まなくてはならないと、誰かに突きつけられたような錯覚に陥った――頭の中に自動翻訳機が備わったかのように、何故かすらすら読めたのだった。
「活躍を約束されていたにもかかわらず足の故障で帰国したアキラ・ショウ・ヨシオカが、そのチャーミングなダンスで個性的なパックを演じ、ミュージカル界に復活する期待が寄せられている。サイラスは演出の仕事で1月に日本を訪れた際、ショウを口説き落とした。彼は母国で子どもたちにダンスを教えながら、小さな劇場で創作ダンスを披露している。彼に相応しい舞台を用意し、彼を忘れず惜しんでいるファンを喜ばせたいとサイラスは語った。」
晴也はページを閉じて息をついた。……口説き落とされたんじゃねぇか、興味のないようなそぶりなんかしやがって。心の中で晶に悪態をつく。
「ありがとう、面白い記事でした。どういうスケジュールでこの舞台に出るのか、ショウさんからは聞いていませんが、日本に帰って来なくなるかも知れないですね」
晴也は明里にLINEで礼を述べた。返事がすぐに来る。
「お兄ちゃんお店暇なの? それはともかく、ショウについてロンドンに行くつもり?」
まさか! 晴也は1人で笑った。
「ついて行ってどうする? 今実家に戻りたいと思ってるくらいなのに」
「何それ、何かあった?」
「女装してることやら、ショウさんとのことやら会社にバレた」
すこし間が空いた。明里が返事に困っているに違いなかった。やがて吹き出しが画面に現れた。
「バレてもいいと思ってやってるんだと思ってたわ、そんでお兄ちゃんすげーなって尊敬してたのに笑」
何だそれ。晴也は軽く衝撃を受ける。バレておたおたしている俺は、兄としてイケてないということか。
晴也が困惑していると、明日はルーチェに行かないのかと明里は訊いてきた。晴也は明日バーに出勤だということを伝える。
「あっじゃあお兄ちゃんの店に寄ってからルーチェに行くことにする♡」
うわっ、と晴也は独りで言った。女装する自分を実際目にしたら、明里はどう思うだろう?
それにしても彼女は、連れが誰もいなくても観に行くくらい、ドルフィン・ファイブのダンスを気に入っているらしい。晶に既読スルーを続けているなどと言ったら、説教されそうな気がする。
明里が泊まりに来てもいいようにしておこうと考え、晴也は食器を手早く洗うと、部屋の片づけを始めた。こういう作業は気が紛れて良かった。
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