煉獄の歌 

文月 沙織

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男娼教育 一

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 連れて行かれた先は木藤組ではなく、こぢんまりとした料亭のような建物だった。かつて敬が幼少期を過ごした所とも似ている。
 小さな門には『龍風城りゅうふうじょう』という名が、横書きで古風に右から読むように彫られた看板がある。
「もとは料亭だったが、改築して、新手の連れ込み宿にする予定だ」
 連れ込み宿にしても、小さいとはいえ庭園のしつらえや、ほのかに品を感じさせる内装からして、かなり高級な部類になるだろう。
 艶光りする黒檀の壁や柱に対して、長い廊下に緋毛氈ひもうせんが敷かれているのが、漆黒と真紅がいりまじり、反射しあうようで、どうしてか妙に淫靡な雰囲気をかもし出し、敬の目を見張らせる。
 広間の黒檀の台に置かれた大きな金地に牡丹柄の瓶の存在が、その場に、和風でありながら、どことなく中華めいた雰囲気を添え、訪れた客は、異空間に迷いこんだ心持ちさせられ、社会常識からのがれて背徳感をやわらげ、ひとときの逢瀬おうせを楽しめるようになるのだろう。ラブホテルというものがまだなかったこの時代には、かなり趣向を凝らしてある。
「最近じゃ、車で入って楽しめるモーテルというのが流行はやっているが、俺はやっぱりもう少し情緒というものを味わいたいんでな」
「い、いい加減に下ろせ!」
 建て替えたばかりの真新しい木々の匂いを感じながら、敬はわめいた。
「お帰りなさい」
 出迎えてきたのは、木藤組の組員らしき、物騒な雰囲気の大柄な男だ。
「おお、大林。しばらくこいつを頼むぞ」
「そちらの方は……?」
 四角い顔を怪訝そうにゆがめて訊く相手に、瀬津は説明した。
「この前言ったろう、安賀の次男坊だ。今日からしばらくここにいるからな」
「と、いうことは、……例の?」
「ああ」
 小さな驚きをこめて、大林と呼ばれた男は、細い目を見張った。
「よく、安賀が手放しましたね」
「それだけの条件をつけて、買ったんだ。安賀も今いろいろ大変だからな」
 〝買った〟という言葉に敬が唸った。
「畜生! 放せよ! 放せってば!」
「うるせぇな」
 やおら、屋敷のなかに鈍い音がひびき、つづいて敬の唸り声が響く。
「うううっ!」
 瀬津が抱えている敬の臀部を平手で叩いたのだ。
「あ、こら!」
 大林が目を剝いた。 
 敬は悔しさに頬を燃やして、瀬津の肩に食いついていた。
 文字通り、背広の上から肩に噛みついたのだが、厚い布地に守られた肩にたいした打撃を与えることもなく、瀬津の失笑を買うだけだった。
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