黄金郷の夢

文月 沙織

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初夜準備 一

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 式までの三日間、アベルは困惑と憂悶の嵐のなかで過ごした。
 懊悩のあまり幾度となく死への誘惑に駆られたこともあったが、つねに菫たちや宦官兵たちの監視の目が光っており、また、どうあってもドミンゴの無事なすがたを一目見ないかぎり死ぬことはできないと思い、かろうじてあるかなしかの命を永らえていた。
(ドミンゴさえ無事に祖国へ帰してやることができたら……。そうなったら隙をねらって宦官の武器を奪うか、敷布しきぬのを引き裂いて首をくくるか……手っ取り早いのは舌を噛むことだが……)
 そんな物騒なことを本気で考えていると、エリスの声が耳を打つ。
「伯爵、こちらへいらしてからますますお美しくなりましたね」
 ちょうどアベルは鏡のまえで、菫たちの手によって身づくろいをさせられていた。
 湯上りの身体を布で拭かれ、香油を塗られ、濡れた髪はエリスが扇でつくる風になびいている。まとっているものはいつものように簡素な白絹の衣だが、その簡素さが、調教によって強引にただれさせられた肉体に清雅なおもむきを添え、贅を尽くした綺羅よりも、いっそうアベルを美しく見せる。
「ねぇ、アーミナ、そう思わないかい?」
 無言のアベルを気にするでもなく、エリスはアーミナに同意を求めた。
「まあね」
 おもしろくなさそうにアーミナがうなずく。
「少しおもやつれしたようだけれど、そこがまた色っぽくなったみたいだな。肌も髪もつやつやしている」
「きっと陛下も喜ばれるだろう。ご覧ください伯爵、花嫁衣裳ができましたよ」
 カイが顔を向けた先には、今朝運ばれた長櫃ながびつがあり、どうせ自分を責めるためのろくでもない物だろうとアベルは思っていたが、それは式でアベルが纏うべく〝花嫁衣裳〟だという。
「へええ。見てもいいか?」
「ぜったいに汚さないように気をつけて」
 アーミナが好奇心に黒目をかがやかせて重々しい蓋を開ける。エリスも興味ぶかげにその様子を見ている。そして、二人の宦官少年は取り出したものを見て感嘆の声をあげた。
「うわぁ……! すごいな、カイ、ごらんよ、この絹の衣。それと、宝石」
 エリスがカイを手招きする。カイも気を引かれて櫃に向かうが、アベルは冷めた目で見ていた。
 どれほど美しく高価なものでも、それらはすべてアベルにとっては、今まで与えられた連珠や木馬のように、おのれを責めさいなむ拷問具にしか見えない。
「伯爵、真っ白な絹のご衣裳ですよ。これを伯爵が纏われたらどれほど映えるか」
 カイがめずらしく声を高くして純白の衣を見せつけてくるのを、アベルはこわばった顔で見ていた。
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