痛がり

白い靴下の猫

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28.生存確認

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「防御銃、なんで撃たなかった?」
さとるの質問に、メイが顔を伏せる。
「・・・申し訳、ありません」

敵の手に堕ちたらどうなるか。具体的に想像できるのはメイの方だ。
死んだほうがマシな状況など、ここでは珍しくもないのだろう。
さとるがサシャを回収しようと無理をすれば、さとるも無事では済まなかった。
サシャとさとるが確保され、自白剤を打たれたら、考えうる限り最悪の事態を招いたはずだ。

頭ではわかっていても、抑えきれない。
さとるが押し殺したような声でつぶやいた。
「生きてみないと、わからないだろうが」

メイは、サシャより自分に教えられる情報が多かったのは、単なるしがらみ大小のせいだと知っている。
サシャのほうが守らなければならないものが多かったからであって、能力や優の信頼度の違いではない。
サシャの声がリフレインする『くやしいでしょう?私がうらやましいわよね!』
そんな風に思うことではないのだ。
メイも、サシャも、均しく優の秘蔵っ子だった。

二人は、幼少の女の子の言語習得能を立証したし、理系能力も賞賛されていた。
サシャとは、友として助け合うことは難しかったが、間違いなく同士だったし、かけがえのない運命共同体だった。
ごめん、サシャ。
サシャは昔から他人からの役割期待に敏感で、優の役割期待にも応え続けてきた。
今回も、積極的に裏切ったわけではない。慣れない恋情に戸惑い、ますみの命が危険にさらされ続けることに耐えられなかっただけだ。

兵器転用の話を出したのは、サシャが死ぬことを決めたせい。
自分も生きるつもりの間は、そんな情報は邪魔なだけだ。

サーファ・デジュは、サーファ・カウルやシューバに比べて海外のツテが貧弱だったから。
サシャが持っている加工段階のノウハウ情報を吐き、ますみを日本に帰し、ホゴラシュの資源と優を忘れれば、命はまず安全だと考えたのだろう。
間違ってはいないし、そこに兵器転用の話も必要ない。

強引に優の想いを復活させようとして、優の子の命を懸け金にしたのは私だ。
力もないのに優を忘れられなくて、サシャに引き金を引かせたのは私だ。
自覚は、ある。

「生きてみないとわからない」か。

私もそう思います。

サシャの握っていた銃は、ホゴラシュの銃だった。
何年も一緒に戦っていたから、優とメイは何度も被弾した。
だから、身をもって知っている。
海外からの兵器流入が減ってから、ホゴラシュの銃弾はとても硬い。
先進国の銃弾は適度に柔らかく傷口を広げるが、それでも頭に貫通銃創を負って病院に運び込まれた未成年者の生死は半々だそうだ。
硬い弾は、簡単に貫通して、射出創が広がりにくいから、その分生存率はあがるはず。
セジスタン地区の都市部に近くて、海外資本の病院があって、ホゴラシュ内では望めないレベルの医者がいる。
ゼルダには金力があり、少なくとも今回の場合はサシャの生存に手を尽くす理由がある。

生きている可能性はある、それでも、運が悪ければ死んでいる。
頭を撃てば即死するというのが日本の常識なら、状況がわかるまで、いたずらに心を乱すようなことは言うべきではない。原因を作った私が、動くべきだ。



さとるが廊下によっかかったまま動けないでいると、あかりが顔を出した。
「大丈夫?」
「いいや」
重たい空気。
昨日まで一緒にいたはずの、サシャの、死。
ますみにベタぼれだったサシャを裏切らせるほどの、自分との断絶。
「ひょっとして、メイを責めたの?」
「責めたつもりは、ない、けど、そう思われた、かも」
あほたれ。
あかりは大きく息を吐きだした。
「ますみ君には、解熱剤と一緒に鎮静剤もわたした。そしたら、サシャは最後、自分じゃなくてメイを見たって。メイにありがとうって言ったきがするって。」
さとるは壁に背をつけてズルズルとしゃがみこむ。
「わっかんねぇ。メイの頭ん中も、サシャの頭ん中も全然わかんねぇ。」
あかりは勝手にポットを使うと、暖かい紅茶にめいっぱい砂糖を入れてさとるにわたした。さとるは反射的にガブっと流し込む。
「とりあえず、私はメイと話すけど、伝言ある?」
「本当にごめんって伝えて。この状況までもつれ込んだの自体他人のせいにしたみたいに見えたと思う。最低。配慮がなさすぎた」
さとるの発音が怪しくなって、顔を伏せる。
それを目の端で追い、しばらく待ってから、あかりはメイのいる部屋に入った。

メイは、酷い顔色で、目の下に真っ黒なクマを作っていたけれども、手はひっきりなしにキーボードの上を滑っていた。
あかりを見ると、顔をあげる。あかりの気のせいでなければ、いくつかのウィンドウを閉じてから手を止めた気がする。
「続けて。周りを気にせず作業したかったら、部屋かわるよ。」
あかりがおだやかに話しかけると、メイは、頭を下げた。
「ありがとうございます。大丈夫です」
「多分一番しんどいのに、シャンとしててくれてありがとう。・・・・ひょっとしてひとりでサシャの生死確認?」
メイは驚いて顔を上げる。
日本にも拳銃で頭を撃ち抜いても死なないかもと思える人が居るわけか。

それからあわててさとるに聞こえていないかを気にした。
あかりが、少しドアを開け、廊下で頭を自分の膝の上において、寝ているさとるを見せると、メイはほっと息をついた。
あかりはそのメイの行動を見て、生死確認ではなくて生存確認だったのだと理解する。

「さとるは多分もう聞こえてないわ。さっき紅茶に即効性の睡眠導入剤入れちゃったから」
あかりは肩をすくめる。
メイは軽く頭を下げて答えた。彼女のカンの良さなら、メイの行動からだけでもサシャが生存している可能性を読めたかもしれないと思いながら。
「すみません。ゼルダが本気なら、隣国のレベルの高い外資の病院に運んだはずだとおもったので、シラミ潰ししました」
メイの顔色を確認した後、
「めちゃくちゃ根詰めたわね。お疲れ様」
ちょっと痛々しそうな顔になってあかりがねぎらう。
銃撃戦のあとで休みもとらず、さとるにも理解されず、ますみはぎりぎりで。
自分の行動がもたらした結果もわからない焦りと、たった一人のノウハウパーツになったかもしれない不安の中で。
それでもメイは、誰にも頼らない。
「まだ病院が分かっただけです。優さんの生徒で職員がいるので探ってもらっています。手術は成功したようですが厳重な秘匿扱いで様子がわかりません。あの、すみません、裏が取れたらちゃんと伝えますので、もう少しだけ待っていただけますか。ぬか喜びさせたくないので」
「わかった。協力させてくれるなら、敦子さんにも動いてもらって別のツテも探すから必要な時は言って」
強くて、優しくて、賢い人。
「ありがとう、ございます」
「あと、当面サシャのかわりが必要なら私がやるよ。優さんが残した技術にミッシングリングっていうか、ノウハウパーツがあるのは予想してたけど、二段階だったなんてね。さとるとサシャは無自覚に二人で背負ってたのに、メイは一人とか、キッツイよね。」
優は、強い磁力を出す物質の組成を広範囲の国で特許化したし、メタマテリアルの物性も出願されたころだろう。だが、加工のノウハウ類は徹底して秘匿した。
絶対に敵に教えてはいけないし、伝えるべき人に伝えずに死んでもいけない。
「・・・はい」
「私で保険になれる分はある?希土類加工のUSBの内容ぐらいなら理解したわ。一応理系だし。人工知能は専門外だけど、優さんの特許のお世話はうちの親がしてたから、背景技術はわかる」
キッツイよね。
そんなことを言ってくれる人がいたとは。
温かいお湯にかじかんだ手をつけた時のように血管がじわじわする。
「なんで、こんな面倒なことを、引き受けてくれるんですか。」
「私も、優さんの駒候補だったし。予備だからちょっと能力劣るけど、バッファの頭数位には、なれる」
「危険があることを承知で、お願い・・してもよろしいでしょうか。ごめんなさい。サシャがあんなことになったのに、まだ、諦められないんです」
メイが深々と頭を下げた。
「OK。頭悪くてもあきれないでね。さとるを寝かせて、私の部屋でやろう」
あかりが、廊下のさとるを指差して、一緒に引きずってくれと頼む。
「メイがこけるとあの兄弟目も当てられないからね。」
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