痛がり

白い靴下の猫

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54.濁った爪

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『・・・叩いて、ください』

バキッ!ドガガン!

さとるは、一瞬のためらいもなく、ドアを蹴り飛ばして開けた。
蹴り開けた物置のドアは、鍵すらかかっていなかったから、ものすごいスピードで開いて、かなり暴力的な音を立てる。

メイはアングルの机に、ピンクの手錠を持った両手をついてお尻をかるく突きだした格好で、さとるの方を見た。
あきれる程理性的な顔をしたまま。

「メイ。こっちに来て」
われながら剣呑な声だと思う。

シューバはソファーに埋まったままだったが、俺を見て立ち上がり、メイと俺の間に立った。
「釈明の機会を要求する。彼女に非はない」
そっちもなかなか威圧的な声を出すじゃないか。

「メイ!」
俺がもう一回呼ぶと、メイは思い出したように動き始める。
「はい!すみません、すぐいきます!」
飛んで来ようとしたメイの手首を、視線をこちらから外さないままのシューバが掴んだ。
「ちょっと待っていろ。誤解されているかもしれない」
あ。そんな感じでメイが止まる。

「不貞は疑ってないわよ。大丈夫だから離しなさいな」
あかりがフォーローするが、シューバは動かない。
そして、さとるをまっすぐに見て聞いた。
「不貞は、疑っていないのか?」
「ああ」
「では、なぜそんなに平静を欠いた顔をしている」
「俺の勝手だ」

脊髄反射で殴り飛ばしたくなるが、メイを守ろうという気概があるのは分かるし、メイの命も多分コイツが救ったのだろうから、最低限は答えておく。

「私は、お前の幻影にのたうち回るメイの悲鳴が嫌いでな。この屋敷でまであの悲鳴を聞く気はない。彼女に酷いことはしないでもらえるだろうか?」
「メイ次第だな。だが、どこぞの変態ジジイみたいに人間壊して遊ぶ趣味はないから安心しろ」
シューバはメイの手を離し、掌をこちらに向けて肩の位置まで上げてから下ろした。争いたいわけではないとでも言うように。
「お気遣いありがとうございました。本当に大丈夫です。また!」
メイはシューバに礼を言った後、ピンクの手錠をもったままタタっと俺に駆け寄り、目の前で
「お待たせしました!」
と頭を下げる。
「来て」
メイの手を引いてドアから出ようとすると、シューバの声が追いかけて来た。
「メイ。息がしづらくなったらうちに来い。おいてやる。」
「げ、シューバ様、言い方~!あかりさんが誤解されたらどうします!」
大人しくついてきていたメイが、身をひるがえして戻ろうとするのを、肩に腕を回して止め、強引に引っ張って、自室に戻る。

ドアに鍵をかけて、ベッドに突き飛ばしても、
「あの、さとるさん、すみません、あかりさんにお話をっ。あかりさんが怒ったらシューバ様が捨てられちゃう!」
って、お前の心配はそこか。
「畑里は冷静だよ、誤解もしてない」
「そう、ですか?」
「ああ。俺は違うけどな。自分の心配しろ?メイは今から俺にひどいことをされる。お仕置きってやつな」
「オシオキ。ああ、懲罰ですね。ご不快な思いをさせて申し訳ありません。あの、でもそうすると病院からしばらく戻れないと思いますし、一応釈明しておいた方がよくないですか」

相変わらず飛躍が激しいな。
何をされる気だあほたれ。

「あのな。病院から戻れなくなるようなのはぜーったいしないから安心しろ」
「この国は病院からの虐待通報とか無いので大丈夫ですよ。シューバ様やあかりさんの非難がご心配なら、お気が済むまで言われた罰を自分でやりますし」

メイがフラッシュバックに苦しむたびに、何もしてやれずにもどかしかった。
俺には話したことがないのに、シューバには簡単に話していた『さとるさんが私に自分を罰するように命令してあざ笑うとか』か?

「・・・やったことがあるのか?」
メイは自分の両手の爪を見てから、左手の薬指の爪を見せた。
真横を向いた細く黒い線が何本か入っている上に、爪の色が少し濁っている。
「これは許してもらえるまでドアで何回も指をはさむ、をやった時ですね。他はちゃんと爪が生え変わったのに、この指だけ爪が伸びなくなっちゃって。でも、婚家に入るとよくあることです」
はぁ。さとるはため息をついた。
「日本に行ったら、二重爪の治療ができる病院に連れて行く。今痛むようならあのマッドな医者に言え。他に動きにくくなったり、痛みが残っているところは?」
「ありません」
言いません、の間違いだろうが。
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