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森の民・ガティネ(14)

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「ど、どう……ですか?」
 一條が問うた先、男が真剣な表情でを隅々まで確認している。
 見極める様に、値踏みする様に。
 殆ど閉め切られた工房の中、灯りとなる火がその存在を主張した。
――学年末試験の結果待ちみたいだ。
 不合格となる点数自体は然程では無かったが、各教科一つでも下回れば追試。続けば留年確定となる学校であった。
 進学校ではないが、学業は全国の平均水準よりもやや高めである以上、簡単な代物ではない。
 成績が微妙な一條や紀宝はヒヤヒヤしたものである。
「そうだな……」
 と、そんな短い言葉と一瞬の後、彼と視線が合う。
「これなら問題無い。完成だ」
 言い終わりとほぼ同時、
「で、出来たあぁぁぁっ!」
 立ち上がり、両手を突き上げて、熱気籠もる部屋の中で叫んだ。
「うっ」
 直後、片膝をつく。
 長時間作業から来る疲労と、それに伴う緊張が解けた事によるものだろう。
――剣振ってる時より来るなこれ……。
 心中で苦笑い。
「気持ちは分かるが、まずは外だな。日の元で見るのもそうだが、食事もすぐに用意させよう」
 気遣う言葉が降ってくる。
「はい。ありがとうございます。セレエール師匠」
 言葉を返せば、セレエールと呼ばれた男性は笑いながら汗を拭っていく。
「初めて教えるのが、貴女の様なヴァロワから来た人とは、どうなるか分からないものです」
「それはー……えぇ、確かに。アタシも、こんな形で鍛冶を教えて貰うとは思わなかったので」
 セレエール・ディーナ・カーブール。
 黒髪に黒目。白い肌。筋骨隆々とは言えないが、無駄な肉が一切見受けられない肢体。
 その上で端正な顔立ちは一見、三十代前半の好青年にしか見えない森人であるが、ここガティネにおいて、長年に渡って鍛冶士として名を馳せる有名人だ。
 元々、彼らは長命と言うのもあってか、名前も決まってない様なこの首都でも、人口密度は然程ではない。未だに各所で暮らしている者達も居るので、精々が一万も数えるかどうかと言った所。
 それでも、そんな者達の扱う武器をほぼ一人で供給している、と言うのは、到底常人には真似出来ない偉業であろう。
 その偉大な存在に対して、一條は今回、その手解きを願い出たのだ。
 最初こそ渋ってはいたが、そもそもがアシュールの紹介もあって、程なく許されて現在に至る。
「朱いエントをこうも作ってしまうとは。ジャンヌはこちらの才もあるようだ」
「セレエール師匠の教えが良いんですよ。アタシ以外にも弟子を取ったら分かります」
「弟子、か。俺達森の人にはあまり聞かない話だ」
「……大事な技術なのに?」
「まだ当分続けるつもりであるし、
「相変わらず気の長い……」
 二人して笑いつつ、戸を開け放ち、炎が幾つも揺らめくのみの少々薄暗い鍛冶場を一歩出た。
 森の中、嘗て、アプラが言っていた様に、ウネリカの城砦と同等、或いはそれ以上の高さ、太さの木々が立ってはいるが、野山の如く方々へ散っている感じではない。
 人が住む以上、見栄えや生活に支障をきたさないよう、管理された区画であり、日の光はきちんと地表まで届いている。
 が、彼らは基本的に木々をくり貫き居住としている為、完全な家、と見るには少々首を傾げざるを得ない見た目ではあった。
 それを思えば、火を扱うのを前提としてしっかりとした家、と言うより、工房を構えているカーブール家は、これだけで一際目立つ箇所とも言える。
 深呼吸一つ。
――鍛冶場籠もりっきりだったし、汗が……。透けて無いよね……?
「二人共、お疲れ様。……その様子では、上手く出来たみたいですね」
 身を回していた所へ、声が掛けられた。
「ジャンヌは、まずは水浴びでしょうね。用意はしてありますから。終わったら食事にしましょう。もう日が三度回っていますし」
「うへぇ。マジか……後で三日分の日記書かなきゃ……っと、ありがとうございます。ディヴァナさん」
 他のガティネ人よりもと思える顔立ちに一條と並ぶ長身。肉付きは確かながら全体的に細身であり、モデル体型、と言って良い美人。
 綺麗な金色の長髪は膝程もあるが、これは彼女が演奏家であり、その髪をより合わせて、自身の楽器、弦の部分を作る為でもある。
「いつもよりも多めにしてくれ。ジャンヌは良く食べるらしい」
「そんな事もないですよ?」
「家のもので足りなければ、貰いに行かないとですね。セレエールも終わった後は良く食べますから」
 彼女は目を細め、柔やかな笑みを浮かべたまま彼女の家へと戻っていく。
 変な誤解は解けないままではあるが、一條は当初よりの疑問をぶつける。
「……その。お二人は、子供、とか、は」
 台詞に、彼は目を細めるのみ。
 セレエールとディヴァナは夫婦である。
 実家も隣同士の、所謂、幼馴染みの間柄らしい。
 等と言えば聞こえは良いが、行動範囲は広大な森の中に点在する集落位なものなので、大抵は昔馴染みとなるのだが。
「二人一緒になったのは、ヴァロワと戦う前だったか。そこから忙しくなってしまったからな。……何、貴女が気にする事ではない」
 掛けられた言葉に詰まっていると、そう告げられてしまった。
 森人にとっての戦争とは、それだけの事なのである。
 他の者達も大なり小なりそうなのだが、森人、と言う種族は、死ぬ事にそれ程重きを置いていないらしい。
 と言えば少々語弊もあるが、
――人間に例えれば、一人で何十年と鍛錬してきたのを試す場、みたいな考えだものな……。
 同族が殺された事への恨み辛みが無い訳ではないだろう。しかし、アルベルトの経緯や現状の一條達を思えば、やはり根底から考え方に違いがあるのだ。
 それが長命である事に起因するかは、
「微妙な線かな」
 頭を掻くに留める。
「水浴びの前に。ジャンヌ。これが、貴女が打ったエントの朱槍だ」
「う……っわぁぁ……。感っ動っ、しかないっ」
 手渡されたのは、全長二メトルと少しの得物。
 明るい場所で改めて見れば、アプラが振るう物と同じで、見事な朱一色。
 表面の風合いとは裏腹に、滑らかでありながらも手に馴染む不思議な感触。
 言うまでもなく素材は木のみである為、その軽さは他の武器とは比べるべくもない。
「はわー……」
 言ってる自分でも引く程度には感嘆の声しか出なかった。
 とはいえ、それだけの手間は掛かっている一品ではある。
 ディヴァナの言う事が正しければ丸三日、鍛冶場に籠もり、その間に行ったのは、黒い樹木エントの加工作業。しかも、殆ど飲まず食わずだ。
 見た目だけで言えば、黒を朱に変えるだけなのだが、これが非常に根気が要るのだった。
――まるで刀鍛冶だ。
 ガティネでは一般に使われている調理器具、刀剣類の柄や鞘。これもエントだが、黒のままなのは、単純に打ち合わせる事で形を整え、まだ幾分柔らかい中をくり貫いて作られる。
 だが、朱色にする為には弱火で炙っては叩き、中火で炙っては叩き、強火で炙っては叩き、の繰り返しだ。
 最終的には火中に入れ、数時間放置する。無論、寝ずの番。
 この際、それぞれの火力が強すぎれば形が崩れ、弱すぎれば加工そのものが困難になってしまう。
 更には時間を掛け過ぎても駄目と来る。
 全く心身共に優しくない仕様であった。
 いや、今回に限って言えば、セレエールと一條の二人による共同作業なので、心ばかりの休憩を都度入れられたのは、僥倖と言える。
 兎に角、二度の失敗を経た上で漸くの完成品が、
「これが……アタシが手塩に掛けて育てた子……っ」
 一條の手中にあった。
「何気持ち悪い事言ってんのジャンヌ姉。気色わる」
 唐突な罵倒に危うく我が子を落とし掛ける。
「っぶな……。え、何。久々に顔見たのにそれは酷くない?」
 これ見よがしのため息が返って来た。
「全く。着いてから話もそこそこにすーぐそんなの作っちゃってて。十日も経ってるのに進展あんまり無いし。もう少し代表の自覚持って欲しいんですけど?」
「えぇ……。代表は初耳……。でも、皆結構好き勝手してた様に思いますのよ……?」
 例えば、目の前の義妹。
 クタルナも巻き込み、ルツと三人で格闘技術の発展と向上に全力を注いでいた。
 例えば、金髪碧眼の美男子。
 同じ槍使いとしてか、アプラと修練に励む姿しか見ていない。
 例えば、
「あれ、うちの賑やかしは?」
「さぁ。今日は色々聞き込みする、とは言ってたけど……。あ、昨日は酔っ払って土下座ブレイクダンスしてたわ」
「したのかよっ! ちょっと見たかったんですけどっ!?」
「でもってゲロしてた」
「良かったアタシ居なくてっ! でもうちの評判落ちてないっ!? それっ!」
「まぁまぁ」
 両手で制される。
「にしても、ひっどい顔してる。髪もボサってるし、殆ど寝てないんでしょ、それ。汗流したら寝た方が良いわよ。流石に」
「だね。そうする。起きたらジャンヌ会議でも開こっか」
「ん。それで良いわよ」
「所で、これ、自信作なんだけど、どうかな」
「んー……?」
 暫く、一條の持つエントの朱槍を繁々と見ていたが、腕を組み、首を傾げた。
「アランさんへのお土産?」
「違うよっ!?」
 期待していた答えとはまるで違っていた為、勢いで即答。
 してしまったが、
――ふむん。
 セレエールから簡単な物として提示されたのが、アプラも用いている短槍であったのは確かだが、それに対して
「じゃあ長目の槍で」
 と、特段気にせず返したのは一條本人である。
「……?」
「可愛く首を傾げないで貰えるかな……」
 呆れる様な指摘にも感情を表に出す事なく、一條は二歩下がり、試しに動いてみる。
「……んっ。ふっ。よっ、っと……。結構難しいな、これ」
 最も、初めて槍を振り回そうと言うのだから、そう上手くはいかない。
 いつもの剣やヴァルグとは勝手が異なるのだから、当たり前ではあろう。
「ジャンヌ姉。あれ、すっごい見てるけど、大丈夫?」
「んあ……。あっ、やっば。ディヴァナさん……っ。色々用意してくれてるんだったっ。ちょちょ、ミラ。ごめん、行ってくるっ」
 慌てて踵を返した所へ、声が聞こえてきた。
「はいはい……。あ、そうだ。ルツから聞いたんだけど。ここから北の方に行くと温泉地があるんだってー。諸々纏めたら皆で行こう、って話もあるからー宜しくー」
「あれっ!? さらっと重要な事言ってますっ!?」
 顔だけ振り向けば、既に紀宝は片手を適当に振りつつ、何処かへと歩き出している。
 彼女自身、若干眠たげではあったので、一條達の与えられた寝床へと戻って行ったのかも知れない。
「ちょっとーっ!?」
 再度急停止して方向転換しよう、としたが、柏手一つ。
「ジャンヌ。まずは身体、綺麗にしてきなさい?」
「イエース、マム!」
 柔やかな笑みを見せるものの、何とも言えない圧を感じさせるディヴァナに朱槍を恭しく預け、一條は水浴び場へと最速で突っ込んで行く。
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