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40 キャシー
しおりを挟む――深夜のレオーネ伯爵邸にて。
邸内を走り回る人物の足音で、キャシーは目を覚ましていた。
「マリカッ、起きて!!」
「ん~? な、なに?! 泥棒?!」
「違うわッ! きっとミゲル様よッ!」
ハッと飛び起きたマリカと共に部屋を出れば、必死な形相をするミゲルを発見する。
右手には、なにやら鈍器のようなものを持っており、マリカとキャシーは悲鳴を堪えた。
ミゲルの愛するフラヴィオが、この悍ましい邸から姿を消したのだ。
慌てるのも無理はない。
フラヴィオが安全な場所にいると思っていたキャシーは、そのことをミゲルに伝え忘れていた。
……というより、言えなかった。
(フラヴィオ様に、赤髪の王子様が迎えに来ただなんて、言えるはずもないじゃない……)
最初はミゲルの恋を応援していたキャシーだが、今は違う。
どうもひっかかることがあったのだ。
ミランダのメイドに指名された時、キャシーはミゲルに助けを求めた。
でも、『僕にはどうすることもできないよ』と、力になってもらえなかった。
それから突き放されたように、ミゲルと関わることが無くなったのだ。
フラヴィオが助け出されてからも、キャシーはフラヴィオの噂を聞き回っていた。
そのおかげで、フラヴィオの前では気遣いの出来るミゲルが、外に出れば積極的に行動していないことを知ることになっていた――。
ミゲルはフラヴィオに、前サヴィーニ子爵夫人が亡くなったことを知らせていなかったのだ。
祖父母が大好きなフラヴィオを、悲しませたくないと思ったのかもしれない。
でも、だからこそ伝えなければならないことだったと、キャシーは思っていた。
(だってそのせいで、フラヴィオ様は祖母の葬儀にも参列しない、不届き者だと噂されていたんだもの……)
フラヴィオは病のせいで顔を出せないと、ミゲルが一言言えばいいだけの話だ。
それに、サヴィーニ子爵にだけは、手紙でも伝えることができたはず。
もしキャシーがミゲルの立場だったなら、声を上げ続けていただろう。
フラヴィオには、事あるごとに『ミランダの息子である僕の話は、誰も信じてくれない……』だなんて話していたけれど、本当にそうなのだろうか?
フラヴィオに構ってもらいたいがために、可哀想な子を演じているように思えてならなかった――。
「ミゲル様ッ!! お待ちくださいッ!!」
慌てて追いかけたものの、俊足のミゲルに追いつけるはずもない。
マリカの大声にも気付かないミゲルが、伯爵夫人の部屋に突入する。
「「っ……」」
そこで乱れた姿のミランダを見てしまったキャシーは、咄嗟に扉を閉めていた。
「母様ッ!! 兄様はどこですか!? 兄様をどこへやったんです!?」
使用人とお楽しみ中だった母親を見ても、顔色ひとつ変えないミゲルが、声を荒げた。
「っ……もう。ミゲルったら、驚かせないでよ」
呑気な声でふふっ、と笑ったミランダ。
夫の不在中に不貞を働いているのだが、まったく悪びれた様子がない。
「もし兄様になにかしたなら……あなたも、その使用人も、今すぐ斬り殺す」
ミゲルの口からとんでもない言葉が発せられ、マリカとキャシーは絶句する。
脅しているわけではなく、本気の目だ。
ぶるっと寒気がするキャシーは、部屋の隅で息を押し殺していた。
「っ、ちょっと、落ち着きなさいミゲルッ!! 母親に向かって――」
「この優勝トロフィーを、兄様に見せるためだけに頑張ってきたのに……。まさか、母親を殴り殺すために使うことになるとは……」
「「っ……」」
狂人だ、とキャシーは思った。
ミゲルがフラヴィオに恋をしていることは知っていたが、それでも異常だった。
「っ、ミ、ミゲルッ。私が悪かったわ。でもね、フラヴィオにはなにもしていないの。あの子は、マルティンに連れて行かれたのよッ!」
「……なぜ、僕に、知らせなかったんです?」
いつも母親の顔色を窺っていたミゲルが、今は憎悪に満ちた目を向けている。
愛する息子の豹変ぶりに驚くミランダだったが、すぐにこてりと首を傾げた。
「あなたたち、仲が良かったの……?」
ミランダの問いに、キャシーは肝を冷やす。
ミゲルが騒いだことで、フラヴィオと密会していたことがバレたのだ。
「フラヴィオは、ずっと引きこもりだったじゃない? だから、てっきり不仲なんだと――」
悲しげに告げるミランダの言葉を遮るように、ミゲルはハッと鼻で嗤った。
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