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第2章
忙しそうですね
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兵士が落ち着きを取り戻し、用件を終わらせた私もそろそろ帰ろうかと思っていた時、訓練場に新しい人影が現れました。
「──なんじゃ、楽しそうなことになっておるなぁ」
着物をギリギリのところまではだけさせ、腰に扱いの難しそうな大太刀を差しているのは、私と同じ魔王幹部のアカネさんです。
彼女は訓練場の一角、壁まで減り込んでいる兵士を見つめ、クスクスと楽しそうに微笑んでいました。
「ディアス、訓練にしても、あれはちとやり過ぎじゃと思うが?」
「仕方ないだろ。あいつがリーフィアを侮辱したんだ。だから殴った」
ディアスさんが無愛想にそう言うと、アカネさんは納得したように頷き「なるほどなぁ」と小さく呟きました。
「あの者が原初の精霊の怒りに触れる前に、ディアス自身で手を下したか。……くくっ、仲間思いじゃなぁ」
「……ったく、どいつもこいつも……」
アカネさんは訓練場の状況を一瞬見ただけで、ここまで理解した。
彼女の状況整理と判断力。その実力を垣間見た気がします。
……やはり、アカネさんは底が知れませんね。
「それはそれとして……久しいなリーフィア。帰ってきてくれたようで安心した」
「……ええ、ご迷惑をおかけしました」
私とアカネさんが会ったのは、私が魔王城を家出する直前の話し合いが最後でした。
そう考えると、約一週間も会っていないということになります。
「妾は別に気にしていない。どうせ何かやるべきことがあるから出て行ったのだと、理解していたからな。いつかは帰ってくるだろうと信じていた」
……どうやら、アカネさんには筒抜けだったようですね。
「じゃが、ミリアはどうじゃった?」
「腹に飛び蹴りを喰らいました」
「やはりそうか。……あやつ、リーフィアが森に戻ったと聞いて、全ての仕事を放って飛び出そうとしていたからなぁ。落ち着かせるのは大変だったぞ。飛び蹴り程度で済んだのは、むしろ運が良かったのかもしれぬな」
アカネさんの言葉に、ディアスさんも「あ~……」と遠い目をしました。
本当に迷惑をかけてしまっていたようですね。
にしても、全てを放り出して私優先ですか……ミリアさんらしいと言えばそうですが、少し恥ずかしい反面、それだけ必要にされているのだと思うと嬉しくなりますね。
でも、こんな堕落エルフのどこが良いのでしょう?
もしかしてミリアさんは俗に言う『ドM』なのでしょうか?
「……リーフィア。念のために言っておくが、今お前の考えていることはハズレじゃ」
「おお、そうでしたか。それはよかった」
もうアカネさんに内心を見透かされていることに驚きはしません。
彼女はそう言う人なのだと思っていれば、こうして無駄な言葉要らずで会話をすることが可能です。
ミリアさんもこれくらいの頭脳を持っていてくれれば、私も楽になるんですけれど……まぁ、無理ですよねぇ。
「……にしても、どうしてアカネさんがここに?」
「それはこちらの台詞じゃよ。リーフィアがこんな遠い場所まで来るのは珍しいな。……大方、ヴィエラの仕事の邪魔をして使いに出されたか?」
「正解ですよ。アカネさんからも言ってやってください。ヴィエラさんは人使いが荒いと」
「今回ばかりに関しては自業自得な気がするが……まぁ、一応言っておいてやろう。また家出されると面倒じゃからな」
「ええ、お願いします」
ヴィエラさんのお使いをしたせいでディアスさんに絡まれるし、兵士からいちゃもん付けられるし、今日は本当に良いことがありません。
アカネさんのように「自業自得だ」と言われてしまえばそうなのですが……そこは私。常に自分を正当化していくのです。
反省は──あまりしていません。
だって書類を荒らしたのはミリアさんですもん。
「で、アカネさんはどうしてここに来たのです? あなたもディアスさんに用事ですか?」
「その通りじゃ。ディアスと同じ仕事を任されておるから、その書類を取りに来たのだが……」
「ああ、ちゃんと届いているぜ。アカネの分は……これだな」
ディアスさんは私が持って来た封筒から書類を何枚か取り出し、アカネさんに渡しました。
「…………ふむ、今回もちと遠いな。……ほんと、最近は忙しくて仕方ない」
「大変そうですね~」
私は他人事のように、そう言いました。
今思うのは、私の仕事がアカネさん達のような雑務じゃなくて良かった。ということだけです。
……いや、本音を言うのであれば仕事なんてしたくはないのですが、アカネさんの忙しそうな様子を見ると「私って意外と恵まれているのでは?」と思ってしまいます。
「ああ、全くじゃ……必要なことだと理解はしておるのじゃが、こうも遠出が続くと体が鈍って仕方ない」
「本当に大変そうですね。……回復魔法要ります? 体の疲れも癒せると思いますよ?」
「……そうじゃなぁ。この仕事が終わったらお願いしよう」
「あ、俺も。俺にも頼むわ」
「終わったら声をかけてください。その程度のことなら、すぐにやって差し上げますよ」
私がやるのは、対象に向かって「元気になってください」と言うだけです。
それだけで回復魔法は発動して、私が思った通りの効果を発揮してくれます。
普通ならもっと面倒な詠唱が必要なのですが、そこは回復魔法カンスト。全て適当で問題ありません。
「──ってヤベェ! そろそろ準備しねぇと予定に遅れちまう!」
ディアスさんが訓練場に設置されている時計を見て、ぎょっと目を大きく開きました。
「おお、そうじゃな。本当に休む暇がない……ではなリーフィア。帰って来た時は頼むぞ」
ディアスさんとアカネさん。二人はさっさと訓練場を後にしてしまい、残ったのは私と休憩中の兵士のみとなりました。
私の仕事は終わったし、このまま残っていても気まずいだけですね。
「…………帰りますか」
行きは足取りが重かったのに対して、帰りの足は速い。
愛しのベッドちゃんを求めて、私はさっさと執務室に戻り────
「リーフィア! 大変なんだ!」
扉を開けた瞬間、ヴィエラさんが焦ったように声を荒げました。
──どうやら今日は『厄日』のようです。
「──なんじゃ、楽しそうなことになっておるなぁ」
着物をギリギリのところまではだけさせ、腰に扱いの難しそうな大太刀を差しているのは、私と同じ魔王幹部のアカネさんです。
彼女は訓練場の一角、壁まで減り込んでいる兵士を見つめ、クスクスと楽しそうに微笑んでいました。
「ディアス、訓練にしても、あれはちとやり過ぎじゃと思うが?」
「仕方ないだろ。あいつがリーフィアを侮辱したんだ。だから殴った」
ディアスさんが無愛想にそう言うと、アカネさんは納得したように頷き「なるほどなぁ」と小さく呟きました。
「あの者が原初の精霊の怒りに触れる前に、ディアス自身で手を下したか。……くくっ、仲間思いじゃなぁ」
「……ったく、どいつもこいつも……」
アカネさんは訓練場の状況を一瞬見ただけで、ここまで理解した。
彼女の状況整理と判断力。その実力を垣間見た気がします。
……やはり、アカネさんは底が知れませんね。
「それはそれとして……久しいなリーフィア。帰ってきてくれたようで安心した」
「……ええ、ご迷惑をおかけしました」
私とアカネさんが会ったのは、私が魔王城を家出する直前の話し合いが最後でした。
そう考えると、約一週間も会っていないということになります。
「妾は別に気にしていない。どうせ何かやるべきことがあるから出て行ったのだと、理解していたからな。いつかは帰ってくるだろうと信じていた」
……どうやら、アカネさんには筒抜けだったようですね。
「じゃが、ミリアはどうじゃった?」
「腹に飛び蹴りを喰らいました」
「やはりそうか。……あやつ、リーフィアが森に戻ったと聞いて、全ての仕事を放って飛び出そうとしていたからなぁ。落ち着かせるのは大変だったぞ。飛び蹴り程度で済んだのは、むしろ運が良かったのかもしれぬな」
アカネさんの言葉に、ディアスさんも「あ~……」と遠い目をしました。
本当に迷惑をかけてしまっていたようですね。
にしても、全てを放り出して私優先ですか……ミリアさんらしいと言えばそうですが、少し恥ずかしい反面、それだけ必要にされているのだと思うと嬉しくなりますね。
でも、こんな堕落エルフのどこが良いのでしょう?
もしかしてミリアさんは俗に言う『ドM』なのでしょうか?
「……リーフィア。念のために言っておくが、今お前の考えていることはハズレじゃ」
「おお、そうでしたか。それはよかった」
もうアカネさんに内心を見透かされていることに驚きはしません。
彼女はそう言う人なのだと思っていれば、こうして無駄な言葉要らずで会話をすることが可能です。
ミリアさんもこれくらいの頭脳を持っていてくれれば、私も楽になるんですけれど……まぁ、無理ですよねぇ。
「……にしても、どうしてアカネさんがここに?」
「それはこちらの台詞じゃよ。リーフィアがこんな遠い場所まで来るのは珍しいな。……大方、ヴィエラの仕事の邪魔をして使いに出されたか?」
「正解ですよ。アカネさんからも言ってやってください。ヴィエラさんは人使いが荒いと」
「今回ばかりに関しては自業自得な気がするが……まぁ、一応言っておいてやろう。また家出されると面倒じゃからな」
「ええ、お願いします」
ヴィエラさんのお使いをしたせいでディアスさんに絡まれるし、兵士からいちゃもん付けられるし、今日は本当に良いことがありません。
アカネさんのように「自業自得だ」と言われてしまえばそうなのですが……そこは私。常に自分を正当化していくのです。
反省は──あまりしていません。
だって書類を荒らしたのはミリアさんですもん。
「で、アカネさんはどうしてここに来たのです? あなたもディアスさんに用事ですか?」
「その通りじゃ。ディアスと同じ仕事を任されておるから、その書類を取りに来たのだが……」
「ああ、ちゃんと届いているぜ。アカネの分は……これだな」
ディアスさんは私が持って来た封筒から書類を何枚か取り出し、アカネさんに渡しました。
「…………ふむ、今回もちと遠いな。……ほんと、最近は忙しくて仕方ない」
「大変そうですね~」
私は他人事のように、そう言いました。
今思うのは、私の仕事がアカネさん達のような雑務じゃなくて良かった。ということだけです。
……いや、本音を言うのであれば仕事なんてしたくはないのですが、アカネさんの忙しそうな様子を見ると「私って意外と恵まれているのでは?」と思ってしまいます。
「ああ、全くじゃ……必要なことだと理解はしておるのじゃが、こうも遠出が続くと体が鈍って仕方ない」
「本当に大変そうですね。……回復魔法要ります? 体の疲れも癒せると思いますよ?」
「……そうじゃなぁ。この仕事が終わったらお願いしよう」
「あ、俺も。俺にも頼むわ」
「終わったら声をかけてください。その程度のことなら、すぐにやって差し上げますよ」
私がやるのは、対象に向かって「元気になってください」と言うだけです。
それだけで回復魔法は発動して、私が思った通りの効果を発揮してくれます。
普通ならもっと面倒な詠唱が必要なのですが、そこは回復魔法カンスト。全て適当で問題ありません。
「──ってヤベェ! そろそろ準備しねぇと予定に遅れちまう!」
ディアスさんが訓練場に設置されている時計を見て、ぎょっと目を大きく開きました。
「おお、そうじゃな。本当に休む暇がない……ではなリーフィア。帰って来た時は頼むぞ」
ディアスさんとアカネさん。二人はさっさと訓練場を後にしてしまい、残ったのは私と休憩中の兵士のみとなりました。
私の仕事は終わったし、このまま残っていても気まずいだけですね。
「…………帰りますか」
行きは足取りが重かったのに対して、帰りの足は速い。
愛しのベッドちゃんを求めて、私はさっさと執務室に戻り────
「リーフィア! 大変なんだ!」
扉を開けた瞬間、ヴィエラさんが焦ったように声を荒げました。
──どうやら今日は『厄日』のようです。
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