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[46]甘いデートの予感 《あと20日》
しおりを挟む銀糸の髪を丁寧に巻き毛にし、メイクはナチュラルに、だけどまつ毛にはしっかりマスカラをつけ、桃色のチークと口紅を。持っている中で一番彼好み……だと思う淡い水色のドレスワンピースを着て、耳には彼からもらった月光石のピアスをつける。侍女にテキパキと指示を出し、気合を入れて、自分を磨き上げた。
「デートをしよう」
今朝早くに目を覚ますと、ベッドの縁に腰掛けたビクターがそう提案してきた。
「お前が俺を好きだと言うなら、俺にも考えがある。俺のためにお前の時間をくれるだろう?」
するりと髪を持ち上げられ、香りを楽しむようにそこへキスを落とされ───私は即答していた。
もちろんよ、何なら残りの人生全ての時間を貴方にあげる。
ああ、ビクターとデートする日が来るなんて。出会った頃は考えもしなかった。彼を好きになるということも、あの絶望から抜け出し、再び……いえ、それ以上に幸せな気持ちになれる日が来るということも。
最後に薔薇の香りのコロンを振りかけ、準備は完了。あとはビクターが迎えに来るのをまつばかりだ。デートっぽい雰囲気を出すために、彼は馬車で迎えに来ると言った。
あんまり準備を早く始めたせいで、まだ約束の時間には早く、手持ち無沙汰でそわそわする。
部屋のドアがノックされ、入ってきたのは専属侍女のティナだった。
「迎えの馬車が来たかしら?」
「いえ、それはまだ──」
なんだ、まだなのね。落胆の色が濃く出てしまったのを見て取ったのか、ティナが苦笑する。
「本日お約束の殿方はお嬢様のお気に入りなのですか?」
「別に、そういうわけじゃないけど」
今日のお相手は、外国から視察に来られていたところを、夜会で出会った貴族の殿方ということになっている。その名も、ニコラス・パーシー。実は実在する人物だったりする。お父様に怪しまれないように、お名前を拝借したかたちだ。
「てっきり、お嬢様はキッド・エンデ様を懇意にされているのかと思っておりました」
キッド様……
ここ最近は、お手紙のやりとりも減ってきた。彼からはデートのお誘いが頻繁に来ているけれど、私が返信を遅らせてしまっている。ビクターを好きになったことで、キッド様への罪悪感は上限に達し、私の筆を重くしているのだった。
そろそろ、正式にお断りを申し上げなければならないわね………
これ以上、変に期待を抱かせるようなことはすべきでない。あと20日で人生を終える恋人より、末永く連れ添えるお相手の方が彼にとってもありがたいに決まってるのだから。ビクターの命令とはいえ、彼を利用し私に縛り付けてきたことが今更ながらに悔やまれる。
「それで、何か用があったんじゃなくて?」
「あ、そうでした。これを」
ティナが手紙を手渡してくる。
「フェルナンデス様からお手紙です」
「まぁ、お兄様から……!」
最近、お兄様から届く手紙の量はめっきり減っていた。最後は、そう、私とアレクの婚約破棄を知っての、私を慰める手紙が届いて、それっきり。
急いで封を開け、目を通す。
【愛する妹、フィオリアへ
やぁ、元気かな。まずは返信が遅れたこと、すまない。私も会えなくて寂しいよ。毎日君を思わないときはないのだから。本当だよ? 返信が遅れたのは、こちらで少し忙しくしていたからなんだ。本当にごめんね。そして、もうひとつ謝らねばならない。私はまだ、あと数年はそちらに戻れそうにない。こちらでの仕事が忙しいというのもあるが、そればかりじゃない。父上からのお達しなんだ。ほとぼりがさめるまで帰ってくるなと。父上が何を始める気か知らないが、危険な橋を渡ろうとしているのは確かだ。私に、その罪──罪、といっていいかわからないが、たぶん、貴族位が危なくなるような危険を犯す気だと思うからあえて罪という表現を使った──のとばっちりが来ないように、私が変わらずディンバードの跡取りでいられるようにとの配慮だろう。こっちにいれば、そちらで何か起こっても、何も知らなかったで通せるからね。そちらでは、王家の後継者争いが起きていると聞いている。父上が関与しようとしていなければよいのだが。それから、フィオリア、君もこちらに来ないか? 父上が決めたことならば私はそれに従うが、フィオリア、君の身だけは心配だ。父上が危険を犯す気ならば、君をそちらに置いたまま、みすみす巻き込ませるわけにはいかない。こちらで忙しくしていたというのは、実は君を迎える準備をしていたからなんだ。こちらはいつでも君を迎えることができる。君は頷くだけでいい。何も心配はらない。お兄様と一緒に暮らそう。賢い君ならばきっと頷いてくれると、信じているよ。
妹を愛してやまない兄、フェルナンより】
お兄様………
私を悲しませたすべてを捨てて、異国の地でお兄様と幸せに暮らす。それもいいかと、以前の私なら考えたかもしれない。絶望以外は何も知らなかった、あの夜の私なら。
でもね、私はもうすぐ死んでしまうのよ。
20日後、右も左もわからない異国の地で死にたくはない。
それにきっと、そちらに行ってすぐに命が尽きれば、無理に国を出したせいだと、優しいお兄様は自分を責めるでしょう? お兄様一人に看取らせて、私の死の責任を押し付けたくないの。
お兄様……ごめんなさい。
私はそちらへは、行けないわ。
手紙をぎゅっと胸に抱いた。
私はきっと、死ぬまでにお兄様と再び顔を合わせることは叶わない。もう、二度と会えない。
最後に一目、会いたかった。
本音で言えば、何とかしてお兄様を呼び寄せたい。私はもうすぐ死ぬの……そう手紙に書けば……いえ、それはできない。私の息災はお兄様も伝え聞いているはずで、そんなに元気なのに、どうして死ぬものかと疑われてしまう。あるいは私がこれから重い病気になったふりをすれば、知らせを受けたお兄様は飛んで帰ってきてくれるかもしれない。
だけど………
お父様が、何かを始めようとしている。お父様がお兄様を遠ざけているのはきっと何かお考えがあってのこと。それなのに、私のわがままでお兄様を呼び寄せてしまえば、お父様の計画を邪魔してしまう可能性がある。ただでさえ、アレクとの婚約破棄で、お父様を失望させ、ディンバードの家名に傷をつけてしまったのだ。私はもうこれ以上波風をたてず、静かに、何も残さず、消えなければならない。
アレクの心を取り戻す気も、婚約者に返り咲く気も、もうない。
憎しみや嫉妬からの行動は、悪い結果しか生まないのだと、気づいた。ルルを殺しそこね、自殺。そんな最後では、ますます家に迷惑をかけてしまう。
ビクターには感謝してる。彼が私の人生に関わってくれたことで、そんな最悪の未来は回避されたと思う。今のところ、ルルを殺そうという気も、自殺する気もないのだから。
でも、
『死の運命は変えられない。事故か、他殺か、何かでお前は死ぬ。命は終わる』
ビクターは最初の頃、そう言っていた。私が自殺しなくても、20日後、私は必ず死ぬ。
どういう最後かしら。事故に、他殺。願わくばビクターの胸の中で穏やかに死にたいわ。痛いのは嫌。
最愛の妹の亡骸を前にしたお兄様を思い浮かべると、お兄様の心中を慮って胸が痛くなる。数年はこの国に戻れないのならば、私の亡骸に一目会うこともできないかもしれない。
「お兄様………」
もう一度手紙を抱きしめ、返信を書き始めた。
【愛するお兄様へ…………】
これが私にとっての遺書となるかもしれない。幼い頃の思い出や、これからのお兄様の幸せを願う気持ちを書き連ねていけば、手紙は数ページにもわたるものとなった。
書き終え、少しして、再びティナがやってきた。今度こそ、"ニコラス・パーシー"からの迎えの馬車が到着したという知らせだった。
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