死神は悪役令嬢を幸せにしたい

灰羽アリス

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[65]幻の王子

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 なぜ、今なのか───

 ルルを見た瞬間、叫びだしそうになった。扉から彼女と共に入ってきた冷たい空気が喉にまとわりつき、息苦しい。

 まるで図ったように、どうして、というような完璧なタイミングで、いつもルルは現れる。そうして、その場は彼女を中心に、劇的に展開されていく。彼女は、素晴らしい演出家だった。

 彼女は、そう、話し合いが一段落するこの時を待っていたのだ。そして、壊しに来た。今、この場に流れるほっとした空気を。

 ヴィが私のすぐ横に来ていた。私の腰にそっと手を添え、兜がルルを見据えている。彼からは、警戒と緊張が伝わった。

 いますぐに、ヴィの手を引いて逃げ出したい。
 私はこれまで、ルルからひどい仕打ちを受けすぎた。私の、不幸の象徴。彼女を見れば条件反射で、腰が引けてしまう。どんな生き物より、ルルが恐ろしい。

「ルル?どうして、ここに……」

 縄で繋がれ、地面に膝をついた状態のままのアレクが、ルルを見上げるようにして言った。

 そうよ、どうしてここにいるの。アレクと婚約破棄して王家と何の関係もなくなったはずの貴女が。

 ルルは答えない。ただ一人の男以外、誰の顔も見ない。

「んー、フィオリアさんと一緒にいるってことは、仲直りしたのかな?」

 ねぇ、ヴィ。とルルの唇が弧を描く。ゾクリと、鳥肌が立った。ヴィの腕をぎゅっと握る。もう、限界。視線で訴えると、無機質な鉄の兜が一度頷く。よかった、伝わった。彼が私を連れ出してくれる。これで逃げられる。安心感したのも束の間、

「全部話しちゃったの?」

 ルルの言葉に弾かれたように、ヴィが彼女を見た。

「ああ、話してないんだね」

「よせ」

 喉の奥で唸るように、ヴィが言う。信じられない。いつも飄々としている彼が、焦ってる。───ルルは、ヴィの何を知っているの。ヴィは、何を隠しているの。
 私の知らないことを、ルルは知っている。こんな時なのに、嫉妬が胸を焦がす。

 ストロベリーブロンドのふわりとした髪を揺らし、ルルが近づいてくる。そして、

「言わないよ。言ってほしくなかったら、どうすべきか、わかるよね?」

 ヴィの耳元で囁いた。彼は───動かない。

「ねぇ、何の話? ヴィ、答えて。ルルは何を言ってるの」

 ヴィの肩を揺らすも、彼はただ俯くだけだった。

 何か、良くないことが起ころうとしている。痛いほど感じるのに、どうすればいいのかわからない。何もできず、ただ恐怖だけがつのる。

 その時、2つのことが同時に起こった。

 ルルが、ヴィの鎧に覆われた腕に金のブレスレットのようなものをはめた。その瞬間、ヴィの兜が砕け、地面に落ちた。──波打つ黒髪と、白く美しい顔、赤い瞳。ヴィの容姿が晒された。

 ヴィの兜を破壊した犯人の行動を、私は見逃さなかった。ジークだ。後ろ手に縛られた手が陛下達に見えない位置にあることをいい事に、指先から何かを放った。ジークが魔法使いであることを知らなければ、誰も彼がやったとは気づけないような、ほとんど目に見えない一瞬の出来事だった。
 ヴィが魔法で抑えている限り、ジークは魔法を使うことはおろか、言動の一つも自由にならないはずだった。
 ルルがヴィにはめた金のブレスレット。もしかしたらこれが、魔法使いの力を封じる道具なのかもしれない。ヴィの力が封じられ、だから、ヴィがジークにかけていた拘束の魔法が解けたのかも。

 やめて、という悲鳴は、既に手遅れだった。

 皆、呆然とヴィを見つめている。彼の美しくも異質な容姿を。

 ───私のせいだわ。どうしよう。ヴィが殺されたら、どうしよう……!

「違うの!」

 違う、違う!そう叫び、ヴィを彼らの視線から隠すように抱きしめる。身長が足りないせいで、ヴィの胸にしがみつくばかりで彼の顔はちっとも隠せない。
 違うの。何に対して言い訳しているのかもわからず、ただ訴える。

「父上!見てください!こいつは悪魔です!悪魔の言い分に耳を貸してはなりません!」

 ジークが喜々として言い放つ。先程まで項垂れていたのが嘘のよう。

「フィオリア嬢を誘拐したのはこの悪魔の仕業です!私はその罪を着せられただけだ!私が先程言ったことは、この悪魔に操られて喋ったまで。何かの衝撃で私にかけられていた呪いは解けましたが、ああ、お可哀そうに。フィオリア嬢はまだ操られているようだ!」

「黙りなさい!この嘘つき!」

 泣き叫ぶように、言い放つ。拘束が解けたからって調子に乗って。ジークがしたことは何一つ変わらないのに。ここぞとばかりに罪から逃れるつもりね。なんて卑怯な。ああ、いま手が自由になるのなら、彼の髪の毛をすべてむしり取ってやりたい。だけど、ヴィの側を離れるわけにもいかない。この場でヴィを護れるのは、私だけだ。

 キッとルルを睨む。彼女は楽しそうにしている。
 貴方はヴィを愛しているんじゃないの? それなら、彼を危険に晒すような真似が、どうしてできるのよ!

「すまない、フィオリア」

 ヴィが謝った。それから、私の耳元で囁く。

「しばらく側にいられなくなる。俺がいない間、困ったことがあれば親父の元へ行け。事情はすべて話してある。あの人なら助けてくれる」

「何を言っているの、ヴィ」

「側にいると約束したばっかりなのに、ごめん。やっぱり俺は嘘つきだな」

 そう言って、諦めたように微笑む。ヴィがいなくなる。恐怖で頭が爆発しそう。

「嫌よ。だめ、今すぐ逃げましょう!」

「無理だ。魔力を封じられた。今の俺には、ほとんど魔法が使えない。逃げきれない」

 兵士たちが周囲を囲んだ。ディンバードの兵士も、王家の兵士もだ。

「さぁ、離れるのです、フィオリア嬢!」

 ジークが言う。いつの間にか、縄も解いている。驚きに固まったまま沈黙する陛下や王妃、お父様を背に、兵士たちの指揮を取りだす。

「行け、フィオリア」

「嫌!絶対、離れないから……!」

 兵士たちが一斉に踊りかかろうとしたその時、

「おやめなさい……!!!」

 叫んだのは、クラリス王妃だった。ほとんど、絶叫に近かった。およそ王妃が出してよい声ではない。

「何をしているの……」

 ふらりと、王妃が上座から階段を下ってくる。ただでさえ大きな瞳が、端が避けてしまうのではないかというほど大きく見開かれている。

「何をしているの……!早く武器を下ろしなさい!誰に向かって刃を突きつけていると思っているの!」

 兵士たちは困惑している。王族を護ろうと動いているのに、その王族から非難されている。意味がわからず、悪魔を前にして命令に従うべきか、考えあぐねているようだ。

 王妃からその言葉が発せられたときも、彼らはまだ困惑の中にあったはずだ。けれど、その言葉が示す事実の重大さに、彼らは弾かれたように武器を収めることとなった。

 クラリス王妃は、言った。

「あの子は、私の最初の息子!貴方たちが護るべき、この国の第一王子よ……!」

 クラリス王妃が息子と指し示したのは、人々が悪魔と呼ぶのと同じ容姿を待つ、黒髪に赤い瞳の青年。────それは、ヴィ、だった。





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