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蜜月編
4 走れヨル(ス)
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時間は少し前に遡る。
ネネットのカフェにやってきたヨルは、かすかに残る匂いに顔を顰めた。
ウサギ族の青年ヨル。ひょろりと高い背にありふれた茶色と髪と瞳を持つ彼は、ミミナの幼馴染みでもある。
涙もろくてお人好しが取り柄だと言われていた彼だが、このたび妻を二人娶ったことにより周囲からの認識はがらりと変わった。
現在の彼の評価は、「ウサギ族の妻二人を満足させる男」である。
そんなヨルの鼻が、カフェに残るミミナのフェロモンの変化を感じ取った。
実のところ、ウサギ族の嗅覚はかなり優れている。元来が臆病な種族だからか、異変をいち早く察知することができるのだ。
「ネネット、ちょっとまずいかもしれない。ミミナの匂いがいつもと違うんだ」
「そういえば、今日は朝から体調が悪そうだったわ。それと関係あるのかしら」
「もしかしたらだけど、発情期が来たのかもしれない」
「あら! あのミミナが!」
それはおめでたいと手を打とうとしたネネットは、はたとあることに気がついた。
「ねえ、そんな状態でオオカミの巣の中に飛び込んだら……かなりまずいわよね?」
「それだけじゃない。迎えに来たっていう女の人からイヌの匂いがプンプンするんだ」
「まあなんてこと!」
ウサギ族にとってイヌ族は天敵のような存在である。身体に染み付いた太古の記憶がそうさせるのか、イヌ族にはかなり苦手意識があるのだ。
真っ青になったネネットに、ヨルは任せろとばかりに大きく頷いた。
「大丈夫。僕がオオカミ族の屋敷に行って様子を見てくるよ。もしかしたら途中でミミナに会えるかもしれないし、そうしたら注意できるから」
「ヨル、頼んだわね」
「任せて!」
ヨルはぶるんと両脚を振り、矢のごとく店を走り出た。
ヨルはいたって普通のウサギ族の若者だ。難しいことはわからない。妻と三人仲良く暮らせればそれでいい。
だがミミナは大事な幼馴染みだ。かつてはプロポーズしたことだってあるのだ。今までずっと見守ってきただけに、ミミナに迫る危険に対しては誰よりも敏感であった。
(ミミナには初めての発情期だ。自分のフェロモンをコントロールできないに違いない。そんな状態でイヌ族の男に会ったりしたら、きっとあんなことやこんなことを……クソっ!)
ヨルは走る。途中で何度も咽せながら走った。脚はもつれ、こけつまろびつしながらも走りに走る。
やがて無我夢中でオオカミ族の屋敷にやってきたヨルは、自分の鼻だけを頼りにとある部屋に駆け込む。そして大声で叫んだ。
「ミミナ……ッ! 大丈夫!?」
「……ぁあ?」
そこにいたのはミミナの匂いをたっぷり纏ったオオカミ族の次期族長、ロルフだった。
「俺の前で番の名を堂々と叫ぶとはいい度胸だな。今日を貴様の命日にしてやろう」
「ち、違うっピ、これにはちゃんと理由が……」
「ぁあん?」
ロルフに胸ぐらを掴まれたヨルは、なす術もなくプルプルと頭を振ることしかできなかった。
ネネットのカフェにやってきたヨルは、かすかに残る匂いに顔を顰めた。
ウサギ族の青年ヨル。ひょろりと高い背にありふれた茶色と髪と瞳を持つ彼は、ミミナの幼馴染みでもある。
涙もろくてお人好しが取り柄だと言われていた彼だが、このたび妻を二人娶ったことにより周囲からの認識はがらりと変わった。
現在の彼の評価は、「ウサギ族の妻二人を満足させる男」である。
そんなヨルの鼻が、カフェに残るミミナのフェロモンの変化を感じ取った。
実のところ、ウサギ族の嗅覚はかなり優れている。元来が臆病な種族だからか、異変をいち早く察知することができるのだ。
「ネネット、ちょっとまずいかもしれない。ミミナの匂いがいつもと違うんだ」
「そういえば、今日は朝から体調が悪そうだったわ。それと関係あるのかしら」
「もしかしたらだけど、発情期が来たのかもしれない」
「あら! あのミミナが!」
それはおめでたいと手を打とうとしたネネットは、はたとあることに気がついた。
「ねえ、そんな状態でオオカミの巣の中に飛び込んだら……かなりまずいわよね?」
「それだけじゃない。迎えに来たっていう女の人からイヌの匂いがプンプンするんだ」
「まあなんてこと!」
ウサギ族にとってイヌ族は天敵のような存在である。身体に染み付いた太古の記憶がそうさせるのか、イヌ族にはかなり苦手意識があるのだ。
真っ青になったネネットに、ヨルは任せろとばかりに大きく頷いた。
「大丈夫。僕がオオカミ族の屋敷に行って様子を見てくるよ。もしかしたら途中でミミナに会えるかもしれないし、そうしたら注意できるから」
「ヨル、頼んだわね」
「任せて!」
ヨルはぶるんと両脚を振り、矢のごとく店を走り出た。
ヨルはいたって普通のウサギ族の若者だ。難しいことはわからない。妻と三人仲良く暮らせればそれでいい。
だがミミナは大事な幼馴染みだ。かつてはプロポーズしたことだってあるのだ。今までずっと見守ってきただけに、ミミナに迫る危険に対しては誰よりも敏感であった。
(ミミナには初めての発情期だ。自分のフェロモンをコントロールできないに違いない。そんな状態でイヌ族の男に会ったりしたら、きっとあんなことやこんなことを……クソっ!)
ヨルは走る。途中で何度も咽せながら走った。脚はもつれ、こけつまろびつしながらも走りに走る。
やがて無我夢中でオオカミ族の屋敷にやってきたヨルは、自分の鼻だけを頼りにとある部屋に駆け込む。そして大声で叫んだ。
「ミミナ……ッ! 大丈夫!?」
「……ぁあ?」
そこにいたのはミミナの匂いをたっぷり纏ったオオカミ族の次期族長、ロルフだった。
「俺の前で番の名を堂々と叫ぶとはいい度胸だな。今日を貴様の命日にしてやろう」
「ち、違うっピ、これにはちゃんと理由が……」
「ぁあん?」
ロルフに胸ぐらを掴まれたヨルは、なす術もなくプルプルと頭を振ることしかできなかった。
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